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第52回「小説でもどうぞ」選外佳作 ゲームミート 橋本良純

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小説
小説でもどうぞ
第52回結果発表
課 題

ゲーム

※応募数361編
選外佳作 

ゲームミート 
橋本良純

 その店は繁華街から少し離れたところにあった。祝日ということで個人店が多いその一帯は明かりもあまりついていなかった。そのためか夜空の満月が一層明るく見えていた。
「ほんとにここであってるの?」
 彼女が不安そうに聞いてくる。
「地図ではこの辺のはずなんだよ。看板ないかな……。あった。このビルの二階だ」
 見つけた目的のお店はビルというよりは二階建てのハイツのような建物の二階であった。確かに看板には“ジビエのお店 ビストロ タロー”と書いてある。建物からしてちょっと怪しそうなお店ではあるが、思い切って扉を開ける。
 扉の先には狭いけど明るくて清潔な空間が広がっていて、僕達が今日最初の客の様だった。僕たちは胸を撫でおろし、呼び掛けてみる。
「すみません、予約した依田ですが」
「はーい。いらっしゃいませ。窓側のお席にどうぞ」
 厨房の奥から出てきた主人に促され“予約席”と書かれた札が置いてある窓側の席に座る。窓の外はベランダになっており、本当に住宅を改造しているお店の様だった。主人はひげを蓄えた筋肉質の男性で年の頃は四十代前半に見えた、初めての来店である僕たちに丁寧にメニューを説明してくれる。獣肉を食べるのは初めてではないが、メニューにある熊には驚いた。ぜひ食べてみたいものだ。店の主人が言うには元々は日本の山奥で育ち、いわゆるジビエ等もよく食べていたそうだ。その後料理人を志し、修業先のフランスではジビエを出すレストランに勤めていたが、修業が終わり、日本に帰ってきたということらしい。
「日本に帰ってきた当初は普通のフランス料理を作っていたんですがね、日本人にもジビエの美味しさを広めたくて三年ほど前に猟銃取得の許可を取ったんです。その後、地元の猟友会に所属して、ジビエを出すようになりました」   
「全部地元の山で獲れたジビエなんですか?」
「いえいえ、元々食料として売ることを目的に狩猟しているわけではないですから、私や猟友会が仕留めた獲物だけでなく、全国いろんなところから仕入れていますよ。今日のおすすめの鹿肉のステーキは小田原で取れたものです。あ、でもタヌキと猪は少し前に地元の山奥で仕留めたのを冷凍してるので今日お出し出来ますよ」
「タヌキ?」
 一瞬、彼女の顔が固まる。
「はは、タヌキは食べたことないですか? かわいいイメージですが癖が強くて。でも人によっては病みつきになるって言いますよ」
 店主は笑いながらドリンクの注文を聞いて厨房に下がっていった。
「どう思う? 当たりだと思うんだけど」
 彼女に聞くと、彼女はタヌキという言葉に少し動揺しながらも同意する。
「そうね、シェフ自ら狩猟をしてるって言ってたし、間違いない感じね」
 そうして待っているうちにドリンクが運ばれてきた
「さて、お料理は何にしましょうか?」
 僕たちはシェフおすすめのコースを頼んだが、流石にタヌキだけは抜いてもらった。
 料理は全て美味しく、熊の肉も堪能することができた。調理を終えたシェフが食後のコーヒーを持ってきて僕たちに話しかける。
「どうでした? お口に合いましたか?」
「大変美味しかったです。特に熊は初めて食べましたが、美味しいものですね」
 僕が感想を言うと、
「それはよかったです。今度来たときにはタヌキもぜひ」
 シェフがいたずらっぽく笑って言うが、僕たちはドン引きしている。
「こういう料理の肉ってフランス語ではジビエだけど、英語圏ではゲームミートって言うそうですね」
 それまで黙っていた彼女が口を開いた。
「よくご存じで。狩猟のことを英語でゲームと呼んだりもするので、それで仕留めた獲物のことをゲームミートと言います。先日、タヌキを仕留めたときも実は標的は三匹いたんです。なかなかすばしっこくて苦労しました。やっとのことで一匹仕留めたのですが、二匹は逃したので、ゲームだとしたら百点満点中三十三点ってところですか」
 それを聞いた彼女の目が吊り上がり、口角がぞろりと上がる。
「狙われる獣にとっては命がけで逃げているのに、ゲームなんて言われたら、死んだタヌキも浮かばれませんわね」
「え? ええまあ……」
 雰囲気の変わった彼女に困ったように返事をするシェフの前で、僕たちは徐々に獣の本性を現す。
 僕たち以外誰もいない店内がさっきまでとは異質なものに変わり、シェフの顔がこわばり白くなっていく。
「今日は待ちに待った満月でね。人に化けたり、誰も入ってこられないよう結界を張ったり、このように体を大きくしたり、僕たちが特別な力を使えるのは満月の日だけですから。弟の敵討ちができる日を妹と一緒にどれだけ待ちわびたか。僕たちも肉食だから人間の食生活にケチをつける気はないですが、家族となると話は別です」
 僕たちの影はもはやシェフの姿を覆いつくすほど大きい。恐怖におびえるシェフに向かってむき出しになった牙を向けた。
 今度は僕たちがゲームをする番だ。
(了)