第52回「小説でもどうぞ」選外佳作 五枚目の白 昂機


第52回結果発表
課 題
ゲーム
※応募数361編
選外佳作
五枚目の白 昂機
五枚目の白 昂機
異常事態だ。白が五枚あるなんて。
俺は今しがたツモってきた牌をじっと睨む。麻雀卓の上にはすでに白が四枚出ている。麻雀においてすべての牌は四枚ずつだから、手中にあるこの白はどう考えてもおかしい。
「おーい、どうしたんだよ。長引かせんのはやめろ」
対面の鈴木がにやにやしながら俺を見ている。右手に座る田中も「早くしてくれ」と急かし、左手の渡辺さんはただ静かに座するのみだ。同僚の男四人、いつものメンツで集まったこの麻雀、正直に状況を話すべきか?
迷った挙句、俺は不要なイーピンを静かに切った。こんな事件は俺の麻雀人生で初めてで、異常事態を楽しむのも一興だと思ったのだ。五枚目の白はいつ混ざったのだろう? 考えられるのは、この回が始まる前のちょっとした休憩時間だ。打ち終わった牌をしばらく放置し、雀荘の店主であるおばあさんに淹れてもらったお茶を飲んで各々休憩していたから、事が行われたならその時間に間違いない。
問題は、誰がやったか。
全自動麻雀卓の性質上、牌が混ざるなんてまず起こらない。誰かが故意にこの白を混ぜたに決まっている。しかし誰が? なんの理由で? こんなことをしたってなんの得にもならないだろう。イレギュラーな事態によって卓が流れるだけだ。いや、裏を返せばこのハプニングで得するやつがいるのかもしれない。だとしたら、間違いなくそいつが犯人だ。
田中が四萬を切る。さっきから打ち方が攻めすぎだ。負けが込んでいるから、ヤケになっているのかもしれない。
もしやこいつが犯人か? どうせ負けているのだから、五枚目の白を潜ませこの卓をうやむやにし、なかったことにしたいのではないか。麻雀は幸運の女神に好かれることが重要なゲームだ。この一件で彼女の心を惹きつけようとしているのだとしたら?
「あ~全然こねえ……誰か持ってんのか?」
鈴木が九索を切り、苛立たしげに貧乏ゆすりしている。こいつも運に見放されているらしい。
犯人・鈴木説も大いにある。なんせこいつは埋もれている動画配信者だ。会社に黙って副業として始めたはいいが鳴かず飛ばず、いつもいいネタがないか探し回っている。もしかしたら『麻雀に白一枚紛れ込ませてみた!』なんてネタを動画にするため、今も隠し撮りしているのかもしれない。
騒がしい二人とは違って、渡辺さんは凪いだ海原のような目で卓を俯瞰している。店主のおばあさんが「お茶どうぞ」と勧めてきたのを断る低い声もクールだ。さっき淹れてもらったばかりなのに、おばあさんはどうも最近物忘れが激しいらしい。現在トップは渡辺さん、次いで俺が二番目。状況から見て渡辺さんが犯人である可能性は低いだろう。このまま場を乱さず、一位を死守したいはずだ。
「……どうかした?」
渡辺さんと視線がかち合った。俺は咳払い一つ、卓に目を戻す。
「いや、別に。もしかしてもういい手が入ってるんじゃないかって……」
「異常事態でも起きた?」
渡辺さんは独り言のように低く呟いて、ツモった牌をそのまま捨てる。
「な、なんで?」
「さっきから人の顔ばかり見ている」
自分の唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえた。田中と鈴木は卓の上を睨むばかりでこちらの会話を耳にすらしていない。渡辺さんは少し微笑む。
「どうした。お化けの牌でも見たみたいだ」
気付いているのか? この状況に。まさか、渡辺さんが犯人? 会社でいつも真面目に業務をこなす渡辺さんが?
落ち着け。冷静さを失ったら負けだ。そう思っているのに手はふるえ、俺は手牌の一部を倒してしまった。
「おいおい、何やってんだよ……ん?」
笑う田中の視線が、一点に集中する。
「なんで白がもう一枚あるんだ?」
「おいおい、マジかよ!」
鈴木が身を乗り出した。二人とも物珍しそうに俺が倒した白を見ている。ただの勘だが犯人の反応には見えなかった。案の定、鈴木は「これ動画のネタにしていいか?」と聞いてくる。
混乱の最中、雀荘の扉が開いた。
「いらっしゃいませえ」
おばあさんがヤカンのように高い声を出す。入ってきたのは客と思しき四人組だった。
「すみません、先ほど電話で予約した東ですけど」
「予約……?」
おばあさんはゆっくりと首を傾げ、しばらくしてから「ああ!」とにっこり笑った。エプロンのポケットから何か取り出す。麻雀牌の一つ、東だった。
「えっ、ばあさんそれ俺が欲しかった牌! なんで持ってんの?」
鈴木が立ち上がって指差した。
「ごめんねえ、さっき東さんから予約の電話があったとき、メモ帳が見つからなくて。そしたら東の牌が見えて、ちょうどいいと思って取っちゃったの。これで覚えていられると思って」
うふふ、とおばあさんは皺だらけの手を頬に当てる。
「で、他の卓から代わりに適当な牌を取って入れちゃった。足りなかったら大変だと思って」
「いや五枚ある方が大変だって!」
鈴木と田中はひいひい腹を抱えている。
「おばあさんが東を取って白を入れたの、俺はたまたま見ててね。面白そうだったから黙ってた」
渡辺さんまで笑っていた。つられて俺も吹き出してしまう。
幸運の女神ではなく、もっと身近な人を気に掛けるべきだったとは。
(了)