第52回「小説でもどうぞ」選外佳作 聖夜の侵略者たち 有川ライト


第52回結果発表
課 題
ゲーム
※応募数361編
選外佳作
聖夜の侵略者たち 有川ライト
聖夜の侵略者たち 有川ライト
深夜三時半、暗澹とした夜空のもと。工藤と斎藤は、田中という表札が掲げられた、やけに立派な一軒家の扉の前にいた。
「なんで俺がこんなことやらなきゃいけないんですか、工藤さん!」
斎藤は今にも泣きだしそうな声で囁く。久しぶりの仕事で心配しているようだ。
「そんなこというなよ。十年前は俺ら二人で毎日やってたじゃねえか」
針金を両手に、鍵穴を必死に覗き込みながら言う。かなり鈍ってるな、と眉根を寄せる。
工藤と斎藤は、十年前、天才空き巣コンビとして、業界で二人を知らない者はいなかった。
それが、工藤は子供が生まれてから、息子に自慢できない仕事はしない、父親として間違っている、と言い残し、突如として姿を消した。
工藤を崇拝していた当時十八歳の斎藤は、そんな工藤の言葉に、かっこいい、と感銘を受け、工藤の背中を追って引退した。
事の始まりは、先週の工藤宅でのことだった。
「どうしたんだよ、守」
学校から帰宅するや否や、
「クラスの田中君にね、僕がSwitch2持ってないの馬鹿にされたんだ、ダサいって笑われた」
少し落ち着いたものの、ばつが悪いのか、俯き、指と指を必死にこすり合わせている。
「それは最新のゲーム機のことか、心配するな、お父さんが何とかしてやる」
工藤は、笑顔を張り付けたが、強く握った掌には爪が深く食い込んでいた。
クリスマスプレゼントに買ってやろうと、さっそくインターネットで調べる。
どうやら大人気で、当分手に入れるのは難しそうだ。
正規ルートが無理なら、裏ルートだ。かつての手口で。
そう思うと、気づいたら斎藤に電話をかけていた。
「ええ!? 盗みはやめたんじゃないですか?」
「息子は最新のゲーム機が欲しいみたいなんだ、ついてきてくれないか」
「子供の願いをかなえてやるのが、父親として正しい行為だろ?」
工藤はおどけたように言う。
「人ん家に入ってもの盗むのは父親として間違ってる、って言ってたのあなたですよ!?」
「いいじゃないか、一日ぐらい」
「工藤さんに誘われたら断れませんよ」
仕方なさそうに言う斎藤の声は、どこか弾んでいた。
ガチャッ。
「よし、開いたぞ」と囁くと、工藤は扉の中に入り、それぞれ寝室の扉が閉まっていることを手際よく確認した。
「うわぁ」
工藤の仕事姿を十年ぶりに見た斎藤は、憧れのプロ野球選手を間近で見た少年さながら、うっとりして立ち尽くす。
「おい、寝ぼけてんのか。早く奪ってずらかるぞ」
我に返った斎藤は、久しぶりの仕事が、子供のゲーム機を盗むことだと思い出し、つい笑ってしまいそうになる。
工藤は、頭に入れた間取り図をもとに、目標が位置しているであろうリビングを目指す。歩くときは、手は常に少し前に出しておく。かかとはつけない。ドアの前では、呼吸を止める。十年前に、右も左もわからない斎藤に繰り返し教えたことを、今度は自分が思い出す。
テレビがうっすらと見え、一息つく。待っていろよ、守。父さんが仇を取ってやる。
一歩踏み出したその時、ちょうど手の位置に髪の毛のようなものが触れ、同時に小さな悲鳴が上がる。
「ヒャッ!」
まずい、田中のガキか! 扉は閉じていたはずだが!
踵を返して斎藤を押して逃げようとする。しかし、月明かりに照らされたその子供の顔は見覚えがあった。
「守なのか?」
「お父さん?」
「お前、こんなところで何をやってるんだ!」
工藤は、声を押し殺して怒鳴る。
守は涙目で答えた。「だって、悔しくて……自分で盗んでやろうって……」守は申し訳なさそうにつぶやく。
「お前、一人でここまで来たのか? カギはどうした」
守はポケットから、歪んだヘアピンを取り出した。
「ユーチューブの動画を真似して……」
「お前、才能あるな……」
工藤は、目を見開き、震える守の肩に手を置く。
「感動してる場合じゃないですよ!早くここから出ましょうよ!」
斎藤は周りをキョロキョロ確認しながら怯えている。
結局、三人は手ぶらで田中家を後にして、近所の公園のベンチに座っていた。
「泥棒の子は泥棒、ですね」
斎藤はどこか嬉しそうに口を綻ばせた。
「お前のクリスマスプレゼントのためにいじめっ子から盗んで来ようと思ったんだがな」
「まさかお前と考えが被るなんて」
工藤は照れ臭そうに頭をかく。
「ごめんな、こんな父親で。結局ゲーム機も手に入らなかったし」我が子に自分が泥棒だとバレて情けないのか、視線を落とした。
だが、守は満面の笑みを浮かべた。
「ううん、今日はすっごくドキドキして楽しかった! 最高のクリスマスプレゼントだよ!」
「そうか! やっぱりお前は俺の子だな! 泥棒の素質がある。明日から俺がみっちり一流の泥棒に鍛え上げてやる!」
工藤は勢いよく腕をまくる。
「工藤さん、今日ので懲りなかったんですか?」
しんとした肌寒い公園で、斎藤の呆れ声が響いた。
(了)