第52回「小説でもどうぞ」選外佳作 敵との遭遇 瀬島純樹


第52回結果発表
課 題
ゲーム
※応募数361編
選外佳作
敵との遭遇 瀬島純樹
敵との遭遇 瀬島純樹
このバーチャルリアリティの戦闘ゲームは、絶対クリアできないかもしれないが、やってみる? と父さんはつぶやきながら、ゲームのカードとVRゴーグルを、ぼくの机の上に置いた。そんなゲームがあるだろうかと疑いながら、いざ試してみると、たしかに難易度が高い。すぐにゲームオーバーになる。本当にクリアできないのかと、ついつい、のめり込んでしまった。母さんも関心があるのか、VRゴーグルを触っていた。
舞台はなんの変哲もない、どこにでもありそうな街。目の前には人々が行き来する日常の風景がひろがる。
突然、画面が急に暗くなると、あたりの雰囲気はガラッと変わる。空に閃光が走り、爆発音が響くと、ビルの間に黒い煙があがる。いきなり合成されたような声のアナウンスが流れる。外敵の侵入が始まった。緊急に地下壕に避難するように、制限時間経過後、扉は閉ざされると。そんな混乱のただ中で、ゲームはスタートする。
状況を判断する情報はなにも与えられない。パニックに陥った人々が、怒涛のように逃げて行く流れについていくだけで精一杯だ。外敵が何者で、何故攻撃されるか。地下壕がどこにあるのか、どんなところなのか、いっさい分からない。
そんなことに気を取られていると、敵の攻撃は、いきなり始まる。しかも、こちらには反撃する武器はなにもない。ただ物陰にじっと隠れて身を守り、襲いかかる攻撃をかわすしかない。銃弾に当たれば、ここまで逃げてきた努力は水の泡、そこで終了、振り出しの日常風景に戻らなくてはならない。いまいましいと思いながらも、現実の世界のショックを受けたように、なにも考えられず、最初は何度もゲームオーバーを繰り返していた。そのうち慣れてくると、だんだんコツが飲み込めてきた。
なんとか敵の攻撃をかわし、無傷で走行の距離を延ばせば、その距離に応じて、特典がもらえることが分かった。つまり反撃に転ずるための武器が与えられるのだ。それもいくつかの種類から選べるようになっていた。
ところが、どんなにすごい武器を手に入れても、その武器の重量が身体にかかる仕掛けになっている。画面に自分の装備した重量が表示され、動きが鈍くなるのだ。とにかく地下壕に逃げこむには、機敏な動きが欠かせない。重たい武器はもちろん、軽量のものでも邪魔でしかない。重量が命取りになる。武器は携帯せずに身軽に行動することが、有利な気がする。生きて無事に地下壕にたどり着くためには、それしかない。
このゲームは、種々の武器で、敵と戦闘を繰り広げるのが醍醐味なのかもしれないが、目的地に至るには、どんなに戦闘をそそのかされようが、それを避けて、右や左に敵の気配を嗅ぎ取りながら、進むしかない。攻撃が始まれば地面に死んだようにうずくまり、銃弾が止めば、慎重に前進する。いつでも身を投げだして、伏せることができるように、低い姿勢を保って走り抜ける。
どうにか、地下壕の表示のある建物の通りにたどり着いた。ただ、いま隠れているビルの廃墟から、地下壕の入り口までには、なにも身を寄せるものがない。もう制限時間も迫っている。考える余地はない。ここまで来て、いまさら武器を持つ気にはなれない。このこだわりが、もしかしたら致命傷になるかもしれない。
どうすればいい。なかばやけになって、帽子を脱ぎ捨てると、重量の表示が軽くなった。ジャケットを脱いで、靴も脱ぐとさらに軽くなった。はじめて画面に現れた秒針がせかすように残りわずかな時間を示している。迷ってはいられない。もうこれしかない。ズボンも下着も脱いで、何もかもかなぐり捨てた。ありがたいことに、うそのように軽くなっている。ちょっと動いただけで、瞬時に移動できる。許容時間は残りわずかだ。カウントダウンが始まった。ぼくは地下壕の入り口だけに視点を合わせ、全速力で走りだした。
もうすぐクリアできると思った、その時、棒か何かに足をすくわれた。地下壕の開いている扉の前で、ひっくり返った。
「ひとりでお先にはないだろう、このゲームはオレのだからな」と仕掛けてきた男が言った。父さんだ。ぼくはこの不意打ちに言葉を失った。
「しかし、まさか軽量作戦があったとは、まったく気が付かなかった。こっそり後をつけてきて、びっくりだ。悪く思うなよ、お先に失礼」と父さんが地下壕に入って行くと、まさに、その手前で銃弾を受けてしまった。あえなく倒れたと思うと、ぱっと消えてしまった。父さんは振り出しに戻ったのだ。父さんを狙った敵は後ろの、至近距離にいる。覚悟を決めて振り返った。
犯人は母さんだった。信じられないくらいの武器を抱えている。これを見たら外敵も交戦を避けていたかもしれない。
「母さん、なにしてんの?」とぼくはうわずった声で言った。
「一度、こんなことしてみたかったの、だって、これゲームでしょ?」
「母さん、ゲームなんかしないのに、父さんの、ど真ん中に当たってたね」
(了)