第52回「小説でもどうぞ」選外佳作 ゲーム依存症 イリシマサトル


第52回結果発表
課 題
ゲーム
※応募数361編
選外佳作
ゲーム依存症 イリシマサトル
ゲーム依存症 イリシマサトル
世の中は、理不尽だ。ゲームでは許されることが、現実では許されないことが多すぎる。そんな世の中に生きる僕は、今、まさに理不尽に襲われている。
「いい加減にゲームをやめなさい」
母さんが今日で何回目かもわからない説教、もとい説得に挑んでくる。
「いい加減に」は僕のほうが言いたい。いい加減に諦めてほしい。しかし、これを言ったところで火に油を注ぐだけなので無視を決め込むのが一番だ。なにせ、これまでもそうして、いなしてきたのだから。
「期末テストの成績、前回よりも下がっているじゃない。あんた、ゲームばかりして勉強に一切手をつけてないでしょ。食事のときもゲームをしているし。その調子だと、あんたお風呂でもゲームしてるでしょ」
正解。しかし無視は続ける。それより、さっさと部屋から出て行ってほしい。丁度これからボス戦だっていうのに、これじゃあまともに集中ができない。
「お母さんね、別にお医者さんでも、そのあたりの専門家でもないけど、それでもあんたが『ゲーム依存症』ってことぐらいは分かるよ」
なんてひどい言いようだ。ゲーム依存症とくるとは。せめてゲーム好きと言ってほしいものだ。一言ぐらい言い返したいがそれでも無視は継続する。どっかの偉い人も「継続は力なり」って言っていたし、間違いはないはずだ。
「あんたがそういう態度をとるなら、こちらもこうするから」
一体何をするつもりなんだ。横目でそれとなく見ていると、母さんの横から一人の老婆が部屋に入ってくる。真っ黒で、所々ほつれたローブを身にまとい、腕にはこれでもかというほど数珠をたくさん着けている。学校で教わる「不審者」というのはこういった者だろう。流石にこんな人物を連れてこられたら、無視を続けるわけにはいかない。
「だれ? そのおばあさん」
「催眠術師」
「…は?」
「催眠術師。催眠術で、あんたのその『ゲーム依存症』を治してもらうから」
サラっととんでもないことを言い放った。催眠術師? 母さんは正気なのだろうか。こんなヘンテコな人を連れてきて。もしかして、変な宗教なり何なりに騙されているんじゃないだろうか。それに催眠術師って言っていたけど、どうみても胡散臭い占い師にしか見えない。
「この子のゲームに対する関心を抑えればいいんだね?」
「はい。あ、あと勉強に励むようにしてください」
「はいはい、わかりましたよ」
呆然としている僕を尻目に、母さんと催眠術師の老婆はどこ吹く風といった態度で話を進めている。どうやら、母さんは本気のようだ。
「よいしょっと」
老婆が僕のすぐそばに腰をおろし、僕を凝視してくる。
「さて、いいかいボウヤ、私の言うとおりにするんだよ」
どうしよう、帰ってほしい。けど、ここまで拒絶しようものなら母さんが烈火のごとく怒り狂うに決まっている。効果があるとは思えないけど、ここはおとなしく従うとするほうが賢明だ。それに、催眠術なんてかけられたことがないから、どんなものかちょっと興味もあるし。
「いいかいボウヤ、まずは目を瞑るんだ」
老婆の大きくも小さくもない、静かな声が耳にすんなり入り込んでくる。すると眠たくもないのに、自分の意志とは関係なく瞼がゆっくりと落ちて、視界を暗闇に染め上げる。
「どこまでも広がる海を思い浮かべるんだ。波ひとつない、見渡すかぎり凪いだ海を」
暗闇がじっくりと晴れていくのが分かる。そうして現れたのは、青空を映し、宝石のように輝く美しい海がそこにはあった。どこまでも静かで、眠ったように落ち着いた大海原がどこまでも広がっている。
「ボウヤはゲームなんてどうでもよくなる。そうして、勉強に向き合うようになる」
老婆の声は優しく、子守歌のように全身を包んでくるようだ。ずっとこの時間が続けばいい。そう思えるほど温かく、心地がいい。
「さぁ、目をあけな」
言葉に従い、ゆっくりと目をあける。そこには先ほどまでの海景色はなく、いつもの見慣れた自室が視界に飛び込んでくる。
「どうだい?今の気分は」
どう?と言われても、どうなんだろう。うまく言語化できる自信がない。でも、一つだけ確実に言えることがある。
「とりあえず、ゲームで遅れた分の勉強をしようかな」
それを聞いた母さんは、目に涙を浮かべ何度もおばあさんに頭を下げていた。
それからひと月が経ち。
「ねぇ、いい加減にやめて」
いつものように、母さんが今にも泣きそうな顔で懇願してくる。何か悪いことでもしたのかと思い返してみるが、別に僕がやっているのは勉強で何も悪くないはずだ。
まぁ一日中部屋にこもって、目的もなくひたすらに勉強をしているのは、母さんからすれば異常に見えるのかもしれないな。でも、仕方がないだろう。
だって、勉強が面白すぎるのが悪いんだ。そして、それを伝えてもきっと母さんは理解してくれない。
だから僕はいつも通り、無視を決め込む。
(了)