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第52回「小説でもどうぞ」選外佳作 シミュレーション・ワールド 桜坂あきら

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小説
小説でもどうぞ
第52回結果発表
課 題

ゲーム

※応募数361編
選外佳作 

シミュレーション・ワールド 
桜坂あきら

 大統領執務室の中、現状分析を聞いた大統領は、政府の中枢メンバーに向かって言った。
「よくわかった。要するに、世界中の人間が、今のように無気力で怠惰な生活を送るようになったのは、AIが高度に発達したために、人間は何もしなくても生きていけるようになったからだ、というのだな?」
「ええ、結論として、そのようですね」
 大統領補佐官が、皆の顔を見渡しながら言った。
「ですが、大統領……」
 AI担当大臣が、少し頬を膨らませながら、言葉を飲み込んだ。
「なんだね、大臣。言いたいことがあるなら、はっきり言えばいい。議論はオープンにだ。誰にも遠慮はいらない」
「はい、では。人間が無気力になったのは、単にAIが優秀であるためだけではありません。人々は、何かに挑戦する意欲や、競争心を失ったのです。生きるための闘争も、社会的な競争も、すべてAIが肩代わりしてしまった。残されたのは、退屈と空虚です。無気力にもなろうというものです」
 室内に沈黙が落ちた。大統領は椅子の背に深くもたれ、天井を見上げた。
「挑戦と競争心か……。それはそうかもしれんな。では、いったい、どうすればよい?」
「ゲームです」
 AI担当大臣の声は意外なほど力強かった。
「人間は本能的に競い合いたい。勝敗を求めたい。だからこそ、ゲームを国家的に導入すべきです。娯楽ではなく、社会制度として」
 その提案は、瞬く間に議論を呼んだ。経済大臣は「生産性を下げる」と反論し、教育大臣は「むしろ教育効果がある」と賛同した。やがて大統領は机を叩き、決断を下した。
「よし。国家プロジェクトとして〈究極のゲーム〉を開発しよう。人類の未来を賭けるに値するものを」
 ――数年後。
 そのゲームは「シミュレーション・ワールド」と名付けられた。
 参加者は仮想世界で国家を運営し、外交・経済・軍事を駆使して覇権を争う。だが単なる娯楽ではない。現実の国際紛争すら、このゲームで決着をつける仕組みが導入されたのだ。戦争はもはや現実に起こらず、ゲームの中でのみ繰り広げられる。
 最初は小さな領土問題だった。二国間の対立は「シミュレーション・ワールド」で解決され、勝者は現実の外交的優位を得る。敗者は悔しさを噛みしめながらも、血を流すことはない。世界は喝采した。人類はついに戦争を超えた、と。
 だが、ゲームは次第に過激化していった。各国はAIを駆使して戦略を練り、仮想空間での戦闘は現実以上に苛烈になった。人々は熱狂し、再び挑戦する心を見出した。勝敗は国家の威信を左右し、敗北は屈辱となった。

 そして――第5次世界大戦が勃発した。
 ゲームの中で小競り合いが、現実の世界の地域紛争に波及した。卑怯にも秘かに大量の兵器を隠し持っていた各国は、ゲームで培った戦略を駆使し戦いを展開した。
 ある国は同盟を組み、ある国は裏切り、争って資源を奪い合った。外交は破綻し、軍事衝突は連鎖した。ここまで戦争の規模が拡がってしまえば、最後には核兵器が投入されるであろうことは、ゲームの中での体験からも明らかであった。
「元帥閣下、もう他に手段はないと考えます」
 地下五百メートルの要塞の中。三軍の長である元帥に対して、軍令部長が進言した。
 大統領とその他の政府中枢メンバーは、先月、敵からの先制攻撃を受けた際に、すでに全員が亡くなっていた。今、この国の責任者の地位にあるのは、序列から、元帥であった。
「うむ。もはやここまでか」
「はい。先ほどの被弾で、我が国全土がすでに壊滅したと思われます」
 軍令部長の言葉に頷いた元帥の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
「愚かしいな、人間と言う奴は」
「はい。……元帥閣下、報復攻撃の許可を」
「全弾、発射。残らず発射せよ」
 元帥の声に、軍令部長は深く頷き、手元のキーボードを操作し、全国の地下要塞に向けて、全弾発射の指示を出した。
「軍令部長、今の攻撃での、敵の被害予想はどうだ」
「我が方のミサイルの半数は途中で撃破されます。残る半数が敵国に着弾したとすれば、彼の国の国民は、三度、死に絶えるでしょう。国土の形も大きく変わると思われます」
「互いに、国が滅んだというわけか」
「そうです」
「そうか……。ところで、軍令部長、この要塞にはあとどれくらいの生活物資があるのかね」
「ひと月分です。地上には出られませんから、我々の命もそれまでです、元帥閣下」

 その瞬間、画面が暗転した。
 ――システムメッセージ。
《シミュレーション・ワールド、終了。勝者なし》

 静寂の後、政府専用コントロール室の中で、安堵のため息が漏れた。誰もが理解していた。これは現実ではない。すべてはシミュレーション・ワールドの中での出来事だ。
 未来においては、愚かな戦争はなくなった。どうしても譲り合えない時は、当事国間でシミュレーション・ワールドを行って決着をつける。血を流す代わりに、仮想の戦場で汗を流す。人類はようやく、競争と平和を両立させる方法を見つけたのである。

 大統領は静かに戦況監視モニターを閉じると、ソファーに深く身を預けた。
 子供の頃、愛すべき母親が、まだ幼かった大統領にかけた言葉をふいに思い出した。
 「またゲームばかりして……。あなたは本当にゲームが好きなのね。いいわ、そんなに好きなら、どんどんおやりなさい。どんなことだって、徹してやり通せば、必ず何かを得られるはずよ」
(了)