第15回「小説でもどうぞ」選外佳作 どうにでもなるコイントス/ササキカズト
第15回結果発表
課 題
表と裏
※応募数212編
選外佳作
「どうにでもなるコイントス」
ササキカズト
「どうにでもなるコイントス」
ササキカズト
二人でテレビを見ていた。彼女が好きな恋愛ドラマ。俺はスマホでゲームをしながら、流し見していた。
ドラマは、互いに好きな気持ちをはっきり言えないというようなシーンがダラダラと続き、急にラストで「結婚しよう」と男が言い出して、次回に続くとなった。テレビで《結婚》という言葉や状況が出てくると、そのあと彼女があまりしゃべらなくなる。
同棲を始めて五年。彼女も俺も二十八歳になった。彼女とは結婚したいと思っている。……思ってはいるが、なんとなく踏み出せない。もし彼女が出産すると考えれば、年齢的にもそろそろギリだというのもわかっている。結婚の重みというか、プレッシャーがあるのも確かだ。正直まだしたくないという気持ちもある。
彼女は、早く結婚しようとか、結婚どうするのとかは言わない。話題にしないから、どう考えているのか、はっきりとはわからない。
だが、テレビを見ながらよくしゃべる彼女が、結婚情報誌のコマーシャルを見るだけで、しばらく静かになる。これは無言のアピールなのだろうか……。
ドラマが終わると、サッカー中継が始まった。どこのファンというわけでもないが、サッカーの試合を見るのは好きだ。
キックオフ直前、審判たちとキャプテン二人が集まる。主審がコイントスをした。指ではじいたコインは、上ではなく前方に飛んで地面に落ちた。主審は笑いながら、もう一回やり直していた。
「失敗することあるんだな、コイントス」
「ほんとね」
「今、手の平のほうでキャッチしてたけど、映画とかだと、手の甲で受けるのよく見るよな」
「そう?」
「なんでだろう? ……って、一瞬で俺、答えわかったんだけど、言っていい?」
「アハハ、いいよ」
「本来は手の甲でキャッチすべきなんじゃないかな」
「なんで?」
「だって手の平だと、開け方によって表にも裏にも出来るじゃん」
「どういうこと?」
「これがコインだとして、こう……」
俺は片方の手の指をコインに見立て、手の平でひっくり返して説明した。
「全然わからない」と彼女。
俺は財布から百円玉を出した。
「コインってさ、片方の手だけで、こう裏返すこと出来るじゃん」
俺は、手の指側に乗せた百円玉を、平側にひっくり返して見せた。
「なんか、すごくぎこちない」
「いや、慣れた人がやれば、開け方によってどうにでも出来るって話だよ。俺だって練習すればもっと、こう……」
百円玉が床に落ちて、彼女のほうまで転がっていった。彼女は百円玉を拾ってこう言った。
「これでコイントスして何か決めようよ」
「お、いいね。何にする?」
「表が出たら結婚しよ。裏が出たら……別れよ」
俺は驚いた。結婚を言い出したのにも驚いたが、別れるという言葉は、彼女の口から初めて聞いた。そんなにも思い詰めていたのか……。
「ウソウソ。冗談よ」
彼女は笑いながら百円玉を俺に渡した。
「いや、やろう」
「え……」
「表なら結婚な。絶対に表を出して見せる」
彼女は黙って俺を見ている。
「100って数字が表、花の絵が裏。100なら結婚、花ならお別れ。いいね?」
俺は、彼女の同意を待たずに、指で百円玉をはじいた。キーンといういい音。百円玉はクルクルときれいな回転をしながら、まっすぐ上に上がった。落ちてきた百円玉を、左手の《平》でキャッチした。
一瞬の沈黙。
「あ……これ、表裏が見えないから、ひっくり返せても意味ないや。どうにでも……は、出来ないな」
彼女の落胆するような表情。
俺はゆっくりと、手を開いた。
……花だった。
「裏じゃん」と彼女。
「この前、テレビで見たんだけどさ。硬貨って、年号が書いてあるほうが裏なんだって。この花のほうは年号が書いてないから本当は表。……結婚しよう」
彼女が黙って、かわいいパンチで攻撃してきた。こんなふうに決めるのもいい。俺は、きっかけがほしかっただけなんだ。
(了)
ドラマは、互いに好きな気持ちをはっきり言えないというようなシーンがダラダラと続き、急にラストで「結婚しよう」と男が言い出して、次回に続くとなった。テレビで《結婚》という言葉や状況が出てくると、そのあと彼女があまりしゃべらなくなる。
同棲を始めて五年。彼女も俺も二十八歳になった。彼女とは結婚したいと思っている。……思ってはいるが、なんとなく踏み出せない。もし彼女が出産すると考えれば、年齢的にもそろそろギリだというのもわかっている。結婚の重みというか、プレッシャーがあるのも確かだ。正直まだしたくないという気持ちもある。
彼女は、早く結婚しようとか、結婚どうするのとかは言わない。話題にしないから、どう考えているのか、はっきりとはわからない。
だが、テレビを見ながらよくしゃべる彼女が、結婚情報誌のコマーシャルを見るだけで、しばらく静かになる。これは無言のアピールなのだろうか……。
ドラマが終わると、サッカー中継が始まった。どこのファンというわけでもないが、サッカーの試合を見るのは好きだ。
キックオフ直前、審判たちとキャプテン二人が集まる。主審がコイントスをした。指ではじいたコインは、上ではなく前方に飛んで地面に落ちた。主審は笑いながら、もう一回やり直していた。
「失敗することあるんだな、コイントス」
「ほんとね」
「今、手の平のほうでキャッチしてたけど、映画とかだと、手の甲で受けるのよく見るよな」
「そう?」
「なんでだろう? ……って、一瞬で俺、答えわかったんだけど、言っていい?」
「アハハ、いいよ」
「本来は手の甲でキャッチすべきなんじゃないかな」
「なんで?」
「だって手の平だと、開け方によって表にも裏にも出来るじゃん」
「どういうこと?」
「これがコインだとして、こう……」
俺は片方の手の指をコインに見立て、手の平でひっくり返して説明した。
「全然わからない」と彼女。
俺は財布から百円玉を出した。
「コインってさ、片方の手だけで、こう裏返すこと出来るじゃん」
俺は、手の指側に乗せた百円玉を、平側にひっくり返して見せた。
「なんか、すごくぎこちない」
「いや、慣れた人がやれば、開け方によってどうにでも出来るって話だよ。俺だって練習すればもっと、こう……」
百円玉が床に落ちて、彼女のほうまで転がっていった。彼女は百円玉を拾ってこう言った。
「これでコイントスして何か決めようよ」
「お、いいね。何にする?」
「表が出たら結婚しよ。裏が出たら……別れよ」
俺は驚いた。結婚を言い出したのにも驚いたが、別れるという言葉は、彼女の口から初めて聞いた。そんなにも思い詰めていたのか……。
「ウソウソ。冗談よ」
彼女は笑いながら百円玉を俺に渡した。
「いや、やろう」
「え……」
「表なら結婚な。絶対に表を出して見せる」
彼女は黙って俺を見ている。
「100って数字が表、花の絵が裏。100なら結婚、花ならお別れ。いいね?」
俺は、彼女の同意を待たずに、指で百円玉をはじいた。キーンといういい音。百円玉はクルクルときれいな回転をしながら、まっすぐ上に上がった。落ちてきた百円玉を、左手の《平》でキャッチした。
一瞬の沈黙。
「あ……これ、表裏が見えないから、ひっくり返せても意味ないや。どうにでも……は、出来ないな」
彼女の落胆するような表情。
俺はゆっくりと、手を開いた。
……花だった。
「裏じゃん」と彼女。
「この前、テレビで見たんだけどさ。硬貨って、年号が書いてあるほうが裏なんだって。この花のほうは年号が書いてないから本当は表。……結婚しよう」
彼女が黙って、かわいいパンチで攻撃してきた。こんなふうに決めるのもいい。俺は、きっかけがほしかっただけなんだ。
(了)