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第15回「小説でもどうぞ」選外佳作 光る糸/猫壁バリ

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作文・エッセイ
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小説でもどうぞ
第15回結果発表
課 題

表と裏

※応募数212編
選外佳作
「光る糸」
猫壁バリ
 一万人が僕と亜希子を取り囲んでいた。
 テーマパーク内の広場にドーナッツ状の人だかりができ、中心に僕ら二人は立っていた。
「翔平、これ何が起きてるの……?」
 亜希子は目をぱちくりさせる。
 驚くのも無理はない。恋人とテーマパークに来たら、突然大勢に囲まれたのだ。
「驚かせてごめん。これは今日のために用意したサプライズなんだ」
 超大規模なフラッシュモブだ。僕がプロポーズし、彼女のYESの答えとともに一万人の人々が祝福の歌とダンスを披露するのだ。
「こんな大人数、どうやって集めたの?」
「これには、ちょっとした秘密があってね」

 それは先月のことだった。街を歩いていると、道端に丸いレンズの眼鏡が落ちていた。
 落とし物かもしれないと思った僕は眼鏡を拾い上げ、何気なくレンズを覗き込んだ。すると妙なものが見えた。通行人の背中から光る糸のようなものが伸びていたのだ。眼鏡をどけて肉眼で確認すると糸は見えない。しかしレンズを通すと、やはり糸がある。道行く全ての人の背中から糸が生えており、全て同じ方向へ伸びていた。糸はどこまでも続いていて、終着点は見えなかった。
 振り返ると、自分の背中にも糸がある。
 この糸はどこへ繋がっているのだろうか。
 気味悪さもあったが好奇心が勝り、僕は糸を辿り始めた。
 眼鏡をかけて歩くと、街では大量の糸が交差していた。絡まりそうなものだが、糸はどんなものもすり抜けるようで、糸同士が絡まったり、ものに引っかかることはないようだ。
 一時間歩いても糸の端は見えず、疲れた僕はタクシーに乗って糸を辿った。そして、ついに終着点に到着した。そこは何かの研究所のようだった。四方八方から集まった糸が壁をすり抜けて、建物の中へと伸びている。
「あなた、ここの従業員じゃありませんね」
 振り返ると、警備員の男が立っていた。
「なぜその眼鏡を持っているんですか」
 低い声に気圧されながら、眼鏡を拾ったことを説明した。警備員は無線で誰かと話し、「こちらへどうぞ」と僕を促した。
 警備員につれられて建物内を歩いていると、膨大な数の筒状の機械が回転していた。筒にはあの光る糸が巻きついている。
 通された部屋では、初老の男が待っていた。
「眼鏡を拾ってくださったそうですね」
 男はそう切り出した。
「従業員が落としてしまったようで。拾っていただき大変助かりました」
「この眼鏡や光る糸は、一体何なんですか?」
 僕の質問に男は溜息をつく。
「隠しても仕方ありませんね。あの糸は国が秘密裏に開発したもので、糸を通じて人間の言動を制御することができます。国民の大多数に糸がつけられていて、社会が上手く回るように国民を適宜制御するのです。その制御をその眼鏡とここの設備でおこなっています。我々は政府のもと、裏で糸を引く組織なんです」
「まさか、そんなことが」
 信じがたいが、あの不思議な糸を目にした後では、あり得ないとも言い切れなかった。
「とにかく眼鏡が戻ってきてよかった」
 その時、ふと考えが浮かんだ。
「眼鏡をお返しするのはよいのですが、お願いがあります。今度、彼女にプロポーズするつもりなんですが、糸を使って人を集めて、演出してくれませんか」
「糸を私的に使うことはできませんので……」
「大切な眼鏡なんですよね。それを届けた僕に謝礼があってもいいんじゃないですか」
 男はしぶしぶ携帯電話で通話を始めた。電話が終わると、僕を見て言った。
「上の許可がおりました。本来なら私的に糸を使うことは許されません。しかし人間を制御するこの施設では、善意を重んじます。眼鏡を届けてくださったあなたの善意に感謝し、ご希望に応えましょう」

「……というわけなんだ。糸のチカラでこの一万人を集めたんだよ」
 僕の説明を聞いても、亜希子は状況を飲み込めないようだった。
「とにかく、亜希子。僕と結婚してくれ」
 僕と一万人が亜希子の回答を待つ。
「ごめんなさい、糸とか眼鏡とか、もうあなたのことが分からない。別れましょう」
 亜希子は走り去ってしまった。

 数日後、僕はもう一度、糸の施設へ向かった。亜希子の糸を利用して縒りを戻そうと考えたのだ。
 しかし二度と辿り着くことはできなかった。前回は糸を辿って行ったが、眼鏡を返した僕にはもう糸が見えないのだった。
(了)