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第14回「小説でもどうぞ」最優秀賞 ウロタ・マシラウ/紅帽子

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作文・エッセイ
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小説でもどうぞ
第14回結果発表
課 題

忘却

※応募数217編
「ウロタ・マシラウ」紅帽子
 ウロタが禁断の箱を開けた瞬間、白い煙がもうもうと立ち、彼はあっという間におじいさんになった。俺は誰なんだ、道行く人も見たことがない。記憶をなくしたのだろうか。
 ウロタは海に出てみた。
 亀がいたので、その背に乗った。
 亀はウロタを振り返り、「じゃ、出発するわよ。トータス初号機、発進!」とかっこよく告げた。なんだか、昔見たアニメみたいだ。アニメ? いや御伽草子だったかな。
 どんどん海を潜り、中華風の城に着いた。表札に「ryugujo」とあったがウロタには読めなかった。彼は寺子屋に通っていたがアルファベットはまだ習っていなかったのだ。
 若い女が出迎え、「あたしのこと、乙姫って呼んでね」とウインクをしてみせた。
「なんか、食べる?」
 ウロタはちょっとお腹が空いていたが、鯛もヒラメも食べる気がしなかった。さっき彼らが舞い踊る姿をみて情が移ったのだ。人間は極限状態になると別だが、ペットって食べられるものではない。
「暇だったら、セックスとか、する?」
 乙姫が枝毛を裂きながらそう言った。
 ウロタは寺子屋で論語や孟子を習っていたので人倫という言葉が頭にすぐ浮かび、乙姫のあけすけな発言に赤面した。
「あんた、けっこうウブなんだね」
 乙姫はそう言ってウロタをベッドに誘った。そのあと二人はどうしたのか、誰もわからない。正式な資料が存在しないのだ。
 ウロタはだんだんこの生活に飽きてきた。
 乙姫が「絵でも描けば」と言ったが、彼は寺子屋で美術が「2」だったので、「絵にも描けない美しさ」と言ってごまかした。
 ウロタはふらり旅に出た。亀、おいでと誘うと、気のいい亀がやってきて「背中におのんなさい」と言った。「おのんなさい」が「お乗りなさい」の撥音便だとすぐにわかった。ウロタは国語が最も得意だったのだ。
 亀はウロタを砂浜に上陸させ、「しからば拙者せっしゃこれにて御免ごめん」と海に潜って行った。最近、時代劇にハマっているらしかった。
 ウロタは砂浜をゆっくり歩いた。
 しばらくすると四人の若者に出くわした。キャップを後ろにかぶり、ぶかぶかのスウェットというスタイル。彼らはブレイクダンスの練習中だった。頭を地面につけたまま体全体でくるくる回るヘッドスピンというかなり高度な技を繰り返していた。
 こりゃあ、基本ができていないなとウロタはすぐに見て取り、まず初歩的な技からやるべきだと、足を使わず両手だけで地面を這うトータスという動きをやってみせた。
 すると若者たちは腹を抱えて笑った。
「キャハハ、だっせー。亀やんか」
 もちろん、トータスだから亀である。亀のようにゆっくり這う、それがベーシックだ。
「じっちゃん、それ、亀ちゃうか」
 こういうブレイクダンス好きはなぜか時々関西弁を使う。
「君たちは基本がなっていない。まず亀から始めるべきだ」
「そんなん、ブレークちげえよ」
 ウロタはすかさず「亀を馬鹿にするな」と怒鳴った。「君たちはこのまま高度なエアーだとかやってると、必ず大きな怪我をする」
 若者は大げさに手を叩きながら笑い転げた。お笑い芸人の真似らしかった。
 言ってもわからなきゃ体で示すしかない。
 ウロタは羽織っていた蓑をはらりと脱ぎ捨て、筋肉隆々の上半身を衆目に晒した。
「じっちゃん、ええ体してんねん」
 ウロタはそれを無視し、まずトータスからやって見せた。彼のトータスは目にもとまらない早さで地面を這い回った。
「やべえ。亀、すっげえはええ」
 さらに片手だけで脚を大きく回すスワイプス、片足で踏み切り、空中で回転するコークスクリューなど次々と大技を披露した。
 若者の声が止まった。圧倒的なパフォーマンスを見せられ、彼らは「まじ、カッケー」と小声で呟くのが精一杯だった。
 若者四人は土下座してウロタに弟子入りを頼んだ。ウロタはゆっくり頷き、ベーシックを大事にすること、亀をばかにしてはならないことなど諄々と説いて聞かせた。
「はい、先輩、よろしくお願いします」
 こういう若者は、けっこう単純に礼儀正しく変貌する。
 ウロタは片手を上げて別れを告げ、さきほど脱ぎ捨てた簔を拾って、だばっという音を立ててスローモーションで羽織った。その瞬間、ウロタの記憶が飛んだ。
 竜宮での生活。ちょっぴりエッチな乙姫、気立てのいい時代劇好きの亀、舞い踊る鯛やヒラメ、何もかも忘却の彼方に去っていた。
 なんかいいことをしたような記憶とこれからいいことがありそうな予感だけを残して。ウロタはゆっくり両親の住む家に向かった。
(了)