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第13回「小説でもどうぞ」選外佳作 揺れない気持ち/さるきち

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作文・エッセイ
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小説でもどうぞ
第13回結果発表
課 題

あの日

※応募数219編
選外佳作
「揺れない気持ち」
さるきち
 天気の良いさわやかな日曜の午後、2歳の娘、ミミの手をひいて、近所の公園へお散歩。
 私の手の中の小さな小さな温かくやわらかい手。とても愛おしい。
 公園に到着するとさっそく、
「ぶらんこにのりたい」とせがむミミ。
 小さな背中をポンと押す。揺れるブランコ。ミミの背中が戻ってくると、またポンと押す。その度にミミが 「きゃっきゃっ」
 と可愛らしい笑い声をたてる。私まで嬉しくなってくる。
 それからブランコを押している間、お気に入りのアニメーション、アルプスの少女ハイジの歌を歌ってとミミが言う。雲のブランコにのるハイジの気分。
「口笛はなぜー」
 歌いながら背中を押すと、ミミがますます楽しそうに笑う。
 ミミの楽しそうな声を聞いて、砂場にいた男の子がブランコに近づいてきた。その後ろを、母親らしき、清楚で可愛らしい印象の女性があわててついてくる。
「こんにちは」
 私が声をかけると、その女性はホッとしたような表情になり、
「こんにちは」と笑い返した。
「ぼく、いくつ?」
 と聞くと、ぼうやがおずおずと小さな指を2本たてる。
「2歳?じゃあ、うちのミミと同じだね」
 子ども達はすぐに仲良しになり、2人で砂場で遊びはじめた。
 その傍らのベンチに母親2人で並んで座り、おしゃべりをした。女性の名前は山田さん、ぼうやはゆうすけ君。山田さんは2ヶ月前に越してきたばかりだった。
「まだこの辺のことがよくわからなくて。今日はお話できて、本当に嬉しいです」
 山田さんは見た目どおり、上品な人のようだ。最近駅前に建ったマンションに住んでいるという。
「平日にこの公園に来ても、全然子どもを見かけなくて。この辺は子どもが少ないのかなぁって思ってたんです」
「この辺は共働きの家が多いから、小さな子は日中は保育園に行ってるかも」
 私がそう言うと、山田さんはびっくりしたように目を丸くして、
「そうなんですか?」
 と答えた。
「私は専業主婦だから、ゆうすけはもう少し大きくなったら幼稚園に行かせるつもりなんです。河合さんは?」
「私は働いてます。ミミは1歳になる前から保育園に行ってます」
「じゃあ日曜はお仕事、お休みなんですね」
 うなずく私。
 それから山田さんは、今日はご主人が接待ゴルフで早朝から出かけていることや、日曜はしょっちゅうゴルフ、平日は残業で帰りが遅く、まるで母子家庭みたいというようなことを話した。
 そして、山田さんが
「今日は河合さんのご主人はお休み?」
 と聞いた。
 子どもを連れていると当たり前のように『ご主人』のことを聞かれるが、私にご主人はいない。ミミが1歳になる前に離婚したから。
 ご主人について答える時、私は瞬間的に本当のことを言うか、ウソをつくか判断しなければならない。山田さんとはこれからも付き合うかもしれない。本当のことを言おう。
「私、夫はいないの。離婚したから」
 こう言うと、みんなすまなさそうな顔をして、「ごめんね。」とあやまる。あやまらなくていいのに。私は今の生活に満足している。
 あの日、もし別れを決断しなかったら、私とミミは今頃どんな生活をしているだろうかと考えてみる。
 帰ってこない夫。悲しい気持ちを押し殺して、ミミと2人で過ごすアパート。イヤだ。ぞっとする。
 今はミミと自分のことだけ考えて過ごせる。ミミも別れる前より元気になった気がする。多分、小さいながらに何か悲しい気配を察して無意識に気を使っていたのだろう。
 あの日の自分の決断が正しかったのだと思える。自分偉いぞ。
 何となくしょんぼりしている山田さんに言う。
「あやまらないで下さい。私は離婚したことに満足してるんです。離婚するまでは離婚することが不幸だと思ってたけど、離婚してみたら、しない方が不幸だったってわかったんです」
 山田さんはまた目を丸くしていたけど、私は清々しい気持ちだった。
(了)