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第13回「小説でもどうぞ」選外佳作 緑の瞳の彼女/齊藤想

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作文・エッセイ
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小説でもどうぞ
第13回結果発表
課 題

あの日

※応募数219編
選外佳作
「緑の瞳の彼女」
齊藤想
「今日はあの日なの。だから、あなたには近づいて欲しくない」
 それが、彼女の答えだった。

 ぼくが苦労の末に彼女を発見したのは、車通りの多い道路から少し入った川沿いの草むらだった。彼女の最大の魅力である澄んだ緑色の瞳と逆三角形の顔は、どんなに遠くからでも見分けることができる。
 ヒスイのような彼女の瞳は、空を舞うモンシロチョウを追いかけていた。花の蜜を求めて飛び回る二枚の羽が、草むらの中で可憐に踊っている。
 彼女は狙いを定めると、音もなく二本の腕を伸ばした。しかし、モンシロチョウは彼女の腕をことなげもなくすり抜けていく。
「相変わらず下手だなあ」
 ぼくが彼女に近づくと、緑色の瞳がゆっくりと振り返った。
 ぼくと彼女は幼馴染だ。
 生まれも育ちもとなり同士で、毎日のように顔を合わせてきた。楽しい時も苦しい時も、二人で協力して今日まで生き抜いてきた。
 幼馴染の気安さで、ぼくは彼女の横に座り込んだ。そして、さっとモンシロチョウを捕まえてみせる。
「どうだ」
 モンシロチョウが、ぼくの手のなかでもがいている。逆三角形の顔が、不機嫌そうに横を向く。
「余計なことしないでよ。別にチョウが欲しいわけじゃないから」
 彼女の拗ねた顔も、また魅力的だ。
「それは、悪いことしたな」
 ぼくは笑った。手の力を弱めると、モンシロチョウは再び空を舞った。このモンシロチョウはあと何日生きられるだろうか。そんなことを、ふと、思った。
 ぼくが彼女のことを探し続けたのは、大事なことを伝えるためだ。
 ぼくに残された時間は少ない。そのことは自覚している。いま解き放ったモンシロチョウのように、寿命が刻一刻と迫っている。
 だから、今日という日を逃したくない。
 ぼくが近づくと、彼女は静かに足を草むらの外に向けた。さりげなく距離を取ろうとしている。
 一週間前も同じようなことがあった。せっかく彼女を見つけたのに、ぼくがバッタを追いかけている隙に消えてしまった。
 今日こそは失敗しない。
 ぼくは慎重に彼女の前に回り込むと、ありったけの思いを言葉にした。
「ぼくには君しかいない。君のことしか考えられない。君とひとつになりたい」
 彼女は戸惑いながら、首を横に振る。
「私の心は決まっているの。さようなら」
 彼女がぼくの腕をすり抜けようとする。ぼくがさらに追いかける。彼女が体をねじると、ぼくも体をひねった。
「いい加減にして。私のことを追いかけないで。今日はあの日なの。だから、あなたには近づいて欲しくない」
 ぼくは、彼女の肩に手をかけた。そして、緑色の瞳に向かい、語り掛ける。
「あの日だから、ぼくはここにきた。理由はそれだけだ」
 涼しい秋風が、ぼくの体をすり抜けた。寿命が間近に迫っていることを、嫌でも実感させられる。
 彼女は横を向いた。
「やっぱりダメ。ごめんなさい。私にはできない」
「ダメだ。決めてくれ」
「けど、そうなるとあなたは……」
「そんなこと、分かっている。だけど、後悔したくないんだ」
 彼女はうつむいた。緑色の瞳が宙をさまよう。空はどこまで青かった。
 この空を、いつまでも見ることができたら、とぼくは願った。永遠の命など存在しない。だからこそ、いまという一瞬を、必死になって生きるしかない。
 彼女の顎が、ガクリと落ちた。
「分かったわ。寂しいけど、あなたの気持ちをありがたく受け取る」
「ありがとう」
 ぼくは、彼女に感謝の言葉を伝えた。
 それからひととおりの行為を終えると、ぼくは静かに最後の準備を迎えた。いい人生だった。心から、そう思えた。
 もう何も思い残すことはない。清々しい感情に満たされたとき、彼女の牙がぼくの頭に突き刺さった。

 人気のない雑草の中で、産卵期を迎えたカマキリのメスが、交尾を終えたばかりのオスを頭から食べ始めていた。
 カマキリのオスは、この上なく幸せそうな表情を浮かべていたという。
(了)