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第13回「小説でもどうぞ」最優秀賞 プロポーズの夜/猫壁バリ

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作文・エッセイ
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小説でもどうぞ
第13回結果発表
課 題

あの日

※応募数219編
「プロポーズの夜」猫壁バリ
 今夜、僕はプロポーズする。不安だ……。どうなるかわからないけど、きっと忘れられない夜になるんだろう。
「美味しい。これがマティーニかぁ」
 そう言って真紀が微笑む。僕らは六本木の高層ビルにあるバーでカクテルを傾けていた。薄暗い店内で真紀と話しながら、僕は腕時計デバイスで何度も時間を確認する。あと九分、五分、二分四十秒……。
 タン、と爆ぜる音が遠くで鳴った。ガラス張りの窓が赤く染まり、続いて青、黄色へと移り変わる。東京湾から上がった花火だ。
「すごい。今日、花火大会なのね」
 爆ぜる音のたびに、真紀の瞳が色づく。雰囲気づくりは申し分ない。あとは僕が勇気を出すだけだ。周りの客は花火に夢中だったが、僕は落ち着きなく店内を見まわしていた。深呼吸して、バッグから婚約指輪を収めたケースを取り出す。意を決して、口を開く。
「あのさ、真紀」
 花火を見ていた真紀がこちらを向く。
「えっと、つまり、結婚してください!」
 僕らの横を人が通り、花火の光が遮られる。鮮やかに照らされていた真紀の顔がふっと暗くなる。真紀の唇が、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
 思わず身体が動いていた。テーブルを払いのけ、真紀を椅子ごと突き飛ばす。床に倒れた真紀に覆いかぶさる。真紀を抱きしめながら、強く目を閉じる。爆ぜる音が聞こえた。

 ■Retry:Time=18:28-Aug-14-2032
 今夜、僕はプロポーズする。不安だ……。どうなるかわからないけど、きっと忘れられない夜になるんだろう。
「美味しい。これがマティーニかぁ」
 そう言って真紀が……。

 ■Skip
 ……い。今日、花火大会なのね」
 爆ぜる音のたびに、真紀の瞳が色づく。雰囲気づくりは申し分ない。あとは僕が勇気を出すだけだ。周りの客は花火に夢中だったが、僕は落ち着きなく店内を見まわしていた。

 ■Detail
 僕は落ち着きなく店内を見まわしていた。真紀の肩越しにうしろの席が目に入る。男が一人で座っていた。バケットハットを目深にかぶり、黒いマスクを顎に掛けて呑んでいる。足元には薄汚れたリュックがあった。何か妙な感じがしたが、頭を振って気を取り直す。プロポーズに集中しなければ。
 深呼吸して、バッグから婚約指輪を収めたケースを取り出す。意を決して、口を開く。
「あのさ、真紀」
 花火を見ていた真紀がこちらを向く。
「えっと、つまり、結婚してください!」
 僕らの横を人が通り、花火の光が遮られる。

 ■Detail
 僕らの横を人が通り、花火の光が遮られる。通ったのは真紀のうしろで吞んでいた怪しい男だった。一瞬、男と目が合う。男は顎に掛けていたマスクで口元を隠すと、小走りで去っていった。真紀に視線を戻すと、先ほどの男の席が見えた。テーブルの上にリュックが置かれてある。音がする。リュックの中から着信音が流れていた。昨日のニュースを思い出す。連続爆破テロ事件。正体不明の犯人は爆発物を設置し、通話で起爆させる。
 真紀の唇が、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「プロポーズありがとう。結婚しよう、雄太」
 その返答を喜ぶ余裕は無かった。思わず身体が動いていた。テーブルを払いのけ、真紀を椅子ごと突き飛ばす。床に倒れた真紀に覆いかぶさる。真紀を抱きしめながら、強く目を閉じる。爆ぜる音が聞こえた。

 ■End:System
「松木雄太さん。警視庁の山岡です。昏睡状態という状況ですが、ご報告させてください。
 刑事訴訟法に基づき、松木さんの脳内記憶をシステムで出力し捜査利用いたしました。結果、連続爆破犯の相貌が判明し、既に逮捕に至っています。ご協力に感謝いたします。瀬田真紀さんは軽傷です。あなたの行動が彼女を救いました。……あなたが昏睡状態から快復するのは難しいと担当医から聞きました。余命も僅かだと。残念です。あなたには瀬田真紀さんと結ばれてほしかった」

 ◇End:File
 記憶データの再生を止める。ゴーグル型の端末を外し、目の前の仏壇に手を合わせる。二十五年前、警察から渡されたという記憶データ。そこにプロポーズの様子が映っていたから、昏睡状態での入籍と人工受精が認められた。そして、わたしが生を享けた。
「お父さん、明日はわたしの結婚式だよ」
 あの夜のことを、わたしはずっと忘れない。
(了)