第12回「小説でもどうぞ」選外佳作 両親は旅行/紺嶽志
第12回結果発表
課 題
休暇
※応募数242編
選外佳作
「両親は旅行」
紺嶽志
「両親は旅行」
紺嶽志
休暇を作った。休暇を作ってみた。
私はリビングで録画していたアニメを観る。なんでもない平日の朝五時。私は親の教育のおかげで、とても健康的な早寝早起きが習慣となってしまった。毎朝五時前には目が覚め、二十二時過ぎには眠くなる。
CMになったタイミングで私はソファから立ち上がり、台所にお茶を取りに行く。しかし冷蔵庫を開けると果汁100%のりんごジュースがあったので、それをグラスに注いだ。
冷蔵庫にラーメンと犬の磁石で留められたカレンダーに目をやる。昨日から来週の月曜日まで線が引かれており、「旅行」と母親の字で書かれてある。そう、昨日の夜から両親は旅行に出かけた。三月まで家にいた姉も、大学進学と共に引っ越した。今日から一週間、私はこの家で自由なのだ。
それで休暇を作った。まだ一学期は終わっていないが、学校を休むのだ。
CMが明け、再びアニメに目をやる。
私の親は少し厳しい。姉は勉強ができたし、とてもおしとやかな女性で、両親にとって自慢の長女だった。けれど次女は違う。勉強は普通だし、親の言うことを聞かない。私は親の言うことにうんざりしてしまうのだ。
女の子だから髪は長くなければならない。背筋はピンとしていなければならない。言葉遣いに気を付けなければならない。家族と出掛けるときはスカートを履かなければならない。料理、洗濯をできなければならない。アニメや漫画、ゲームはしてはいけない。毎日勉強した内容を父親に報告しなければならない。友人と出掛けるときは、友人の名前、出掛ける場所、帰宅時間を母親に報告しなければならない。
そんな決まりごとがたくさんある。姉はだいぶ忠実に守っていた、ように妹の私には見えた。実際しっかり守っていたのだろう。あんたはどうしてお父さんやお母さんのいうことを聞けないのかしらね、と私の頭を撫でながら微笑むのだ。
けれど、実家を出て三ヶ月。姉はきっと、随分変わっただろう、と私は想像する。あのままで大学生になっても、姉はきっとまた友達ができないままだ。
私たち姉妹には友達がいない。それは絶対に親のせいだ、と私は確信している。姉はいじめられなかったが、私はいじめられる。その違いは判らない。
テレビで私の好きな女の子が、姉と妹と三人で歩く姿が映る。
私は姉のことや両親のことを考えるのをやめ、アニメに集中した。せっかくの一人でのんびりできる時間だ。暗くなることを考えるのはやめよう。
再生が終わり、VHSを取り出す。続きのビデオを入れて、再生ボタンを押し、私はソファに戻った。
九時前に一度電話がかかってきた。ほぼ間違いなく高校からの電話だろう。出ないと怒られるだろう、出なければいけない、と思いつつ、鳴りやむのを待った。
担任は、私がいじめられていることをどう思っているのだろう。きっといじめが原因で休んでいると、今頃考えているのだろうが、それは少し違う。私は一人でゆっくりしたいのだ。
二本目のVHSの再生も終わり、私はようやく朝食の準備をする。食パンにジャムを載せて焼き、コーヒー牛乳を作り、三本目のビデオを見ながら食べる。とても贅沢な気分だ。今の姿を家族が見たら、どれほど怒られるだろう。一瞬そう考え、家族のことは考えないんだった、とまたアニメに集中する。そのうち、家族のことも学校のことも考えずに、全五十話のうち二十話を観、普段は禁止されている菓子を近所のコンビニで買って食べ、二十二時前に就寝した。
三日かけてアニメを観終え、VHSは自室の誰にも見つからない場所に隠す。その後は読書三昧だった。早朝や夜に散歩をした。カップ麺を食べた。昼間にシャワーを浴び、髪を自然乾燥で乾かした。昼寝をした。家族がいたらできないことをたくさんした。このまま両親が帰って来なければいいのに、と思ってしまう。そうしたら気兼ねなく不登校にもなれるのに、と。
休暇の最終日は最悪だ。今晩両親が帰宅する。明日からは学校にも行かなければならない。担任にいろいろ言われるのだろう。気が重いが、それ込みで休暇と言うのだろう。永遠に休めるわけではない。そうしたいわけでもない。休暇が短い方が、この負担も軽くなるのは事実だ。
それでも楽しかった。この一週間の、私が作った休暇。若干無理やりだったが、休暇は作れるのだということが分かり、随分気が楽になった。無理やり作る休暇も、きっと大切だ。そう考えながら、両親の帰宅に怯えていた。
(了)
私はリビングで録画していたアニメを観る。なんでもない平日の朝五時。私は親の教育のおかげで、とても健康的な早寝早起きが習慣となってしまった。毎朝五時前には目が覚め、二十二時過ぎには眠くなる。
CMになったタイミングで私はソファから立ち上がり、台所にお茶を取りに行く。しかし冷蔵庫を開けると果汁100%のりんごジュースがあったので、それをグラスに注いだ。
冷蔵庫にラーメンと犬の磁石で留められたカレンダーに目をやる。昨日から来週の月曜日まで線が引かれており、「旅行」と母親の字で書かれてある。そう、昨日の夜から両親は旅行に出かけた。三月まで家にいた姉も、大学進学と共に引っ越した。今日から一週間、私はこの家で自由なのだ。
それで休暇を作った。まだ一学期は終わっていないが、学校を休むのだ。
CMが明け、再びアニメに目をやる。
私の親は少し厳しい。姉は勉強ができたし、とてもおしとやかな女性で、両親にとって自慢の長女だった。けれど次女は違う。勉強は普通だし、親の言うことを聞かない。私は親の言うことにうんざりしてしまうのだ。
女の子だから髪は長くなければならない。背筋はピンとしていなければならない。言葉遣いに気を付けなければならない。家族と出掛けるときはスカートを履かなければならない。料理、洗濯をできなければならない。アニメや漫画、ゲームはしてはいけない。毎日勉強した内容を父親に報告しなければならない。友人と出掛けるときは、友人の名前、出掛ける場所、帰宅時間を母親に報告しなければならない。
そんな決まりごとがたくさんある。姉はだいぶ忠実に守っていた、ように妹の私には見えた。実際しっかり守っていたのだろう。あんたはどうしてお父さんやお母さんのいうことを聞けないのかしらね、と私の頭を撫でながら微笑むのだ。
けれど、実家を出て三ヶ月。姉はきっと、随分変わっただろう、と私は想像する。あのままで大学生になっても、姉はきっとまた友達ができないままだ。
私たち姉妹には友達がいない。それは絶対に親のせいだ、と私は確信している。姉はいじめられなかったが、私はいじめられる。その違いは判らない。
テレビで私の好きな女の子が、姉と妹と三人で歩く姿が映る。
私は姉のことや両親のことを考えるのをやめ、アニメに集中した。せっかくの一人でのんびりできる時間だ。暗くなることを考えるのはやめよう。
再生が終わり、VHSを取り出す。続きのビデオを入れて、再生ボタンを押し、私はソファに戻った。
九時前に一度電話がかかってきた。ほぼ間違いなく高校からの電話だろう。出ないと怒られるだろう、出なければいけない、と思いつつ、鳴りやむのを待った。
担任は、私がいじめられていることをどう思っているのだろう。きっといじめが原因で休んでいると、今頃考えているのだろうが、それは少し違う。私は一人でゆっくりしたいのだ。
二本目のVHSの再生も終わり、私はようやく朝食の準備をする。食パンにジャムを載せて焼き、コーヒー牛乳を作り、三本目のビデオを見ながら食べる。とても贅沢な気分だ。今の姿を家族が見たら、どれほど怒られるだろう。一瞬そう考え、家族のことは考えないんだった、とまたアニメに集中する。そのうち、家族のことも学校のことも考えずに、全五十話のうち二十話を観、普段は禁止されている菓子を近所のコンビニで買って食べ、二十二時前に就寝した。
三日かけてアニメを観終え、VHSは自室の誰にも見つからない場所に隠す。その後は読書三昧だった。早朝や夜に散歩をした。カップ麺を食べた。昼間にシャワーを浴び、髪を自然乾燥で乾かした。昼寝をした。家族がいたらできないことをたくさんした。このまま両親が帰って来なければいいのに、と思ってしまう。そうしたら気兼ねなく不登校にもなれるのに、と。
休暇の最終日は最悪だ。今晩両親が帰宅する。明日からは学校にも行かなければならない。担任にいろいろ言われるのだろう。気が重いが、それ込みで休暇と言うのだろう。永遠に休めるわけではない。そうしたいわけでもない。休暇が短い方が、この負担も軽くなるのは事実だ。
それでも楽しかった。この一週間の、私が作った休暇。若干無理やりだったが、休暇は作れるのだということが分かり、随分気が楽になった。無理やり作る休暇も、きっと大切だ。そう考えながら、両親の帰宅に怯えていた。
(了)