公募/コンテスト/コンペ情報なら「Koubo」

W選考委員版「小説でもどうぞ」第2回 選外佳作 マスク美人/山崎こうせい

タグ
作文・エッセイ
投稿する
小説でもどうぞ
選外佳作
「マスク美人」
山崎こうせい
 あたしの悩みはほうれい線が深いこと。
 こいつのせいで、今までどれほど傷ついてきたことか。目は二重のパッチリで、メイクすればかなりの見栄え。鼻や口は普通かな。
 でも、このほうれい線が全てを台無しにする。幼いころから老け顔のコンプレックス。小学校の時のあだ名が「バアヤ」だもん。
 高校生の時、バイトで稼いだお金で、ヒアルロン酸やレーザーもやったけど、殆ど効果なし。今は三十を超えたばかりというのに、いつも十は上に見られちゃう。
 これまで、数人の男と付き合ったけど、どいつもこいつも、すぐに音信不通。まったく、あたしの人生、どこへ向かうのやら。
 でも、あたしにも運が向いて来た。不謹慎かもだけど、数年前からのコロナで、どこに行ってもマスク、マスク。マスクをつけて街を歩けば、男どもの熱い視線が追いかけて来る。すれ違いざまに振り返る男たち。思わずぞくっとしちゃう。久し振りのナンパも軽くあしらって、残念そうな男の顔を見れば、女のプライド、エベレスト。
 そう、あたしはマスク美人。
 マスクに隠されたほうれい線の秘密。目はメイクテクも相まって魅惑の眼差し、ロングの茶髪はサラサラなびく。マスクだって凝っちゃう。ピンクの花柄、紫のスパンコール、キリリと際立つブラック。スタイルは普通だけど、露出高めの服を着れば、お水顔美人の出来上がり。  声をかける男どもを振り切って、ひとり悦に入ってマスクの中で微笑む。うん、うん、人生最大のモテ期がやって来た。

 会社が終わって電車で帰る。いつもの時間の、いつもの車両の、いつもの位置に立ってると、背中越しに感じる熱い視線。あたしだけを見つめる男のギラつく視線。濃い眉毛に奥二重、肩幅が広くて、半袖のワイシャツから突き出た太い二の腕は逞しくって。マスクで顔全部は見えないけど、けっこうタイプっぽい。
 ちらちら覗くと、ピタッと目が合ってしまう。こっちも気があると思われちゃうのがイヤで、プイと横を向く。少し時間を空けて目を向けると、見てる、見てる、あたしを。
 あたしのことが気になって仕方がないって感じ。でもどうしよっか。いけ好かない男ならシカトですむけど、タイプの男だとそうもいかない。
 でも付き合うとなると、やっぱ、ほうれい線。隠し通せるわけがない。あの男はあたしのホントの顔を知らない。マスクの顔から、
 勝手に美人を想像してるだけでしょ、きっと。またふられちゃったら、もうイヤ。
 いつもの駅で降りて、急ぎ足で帰る途中、
「あのう、よろしかったら、お食事でも」
 振り返ると、あの男が目の前に。心の中でガッツポーズ。やっぱ、待ってたのよね、あたし。でもどうしよう。食事はマスクを外さなくっちゃいけないし。
「映画ならいいけど」
 思わず言っちゃった。
 映画を見ながら、「今のセリフ、いいよね」とか「冷房、寒くない?」とか、何かと気遣ってくれるけど、「コーヒーでもどう?」はお断り。マスク外したくないもん。
 でも待って。彼の顔はどうなん? もしかして、マスク外したら、がっかりだったりして。あたしと同じでほうれい線が深い? 髭がゴワゴワもやだな。頬にキズのヤクザならすぐ逃げなくっちゃ。そう思い始めると、もう、彼の顔が見たくてたまんない。
 映画のラブシーンでテンション高め。ここは仕掛けるか。彼の手にサラリと手を重ね、得意の上目遣いで彼を見つめる。彼もじっとあたしを見つめる。見つめ合うふたり。うん、いい雰囲気。彼が彼のマスクに手をかけた。彼の顔が見れる。ちょっとドキドキ。あら、いい感じのイケメン。ほっそりとした顎のラインに上品な口元。やった、もろタイプ。
 でもすぐに不安が渦巻く。あたしの顔を見たら、どうなるんだろう。彼の手があたしのマスクにかかる。ああ、どうしよう。マスクが外され、ついに、あたしの顔が露わに。
 でも、来たよ、来た。彼の唇が近づき、優しくキスしてくれた。これって、あたしの顔を受け入れたってことだよね!
 唇を離し、恥ずかしそうに笑う彼。あれ、なにその顔。歯ぐきがこってり、目尻も頬もシワだらけ。
 あたしの見開いた目を見て察したのか、
「がっかりした? 俺、笑うとダメなんだ。
 子供の頃のあだ名が『サルジイ』だよ。自分でもいやんなっちゃうよ」
 うなだれる彼。誰でもコンプレックスはあるもんだ。イケメンのままだったら、あたし、すっごい不安だったに違いない。この恋、もしかして、うまくいくかも。彼の腕にしがみつき、今度はあたしからキスをした。
(了)