公募/コンテスト/コンペ情報なら「Koubo」

W選考委員版「小説でもどうぞ」第2回 佳作 失った秘密の場所/高橋大成

タグ
作文・エッセイ
投稿する
小説でもどうぞ
「失った秘密の場所」高橋大成
 ほら穴は二十年前から変わらず、ずっとそこにある。
 入り口を覆い隠す雑草が、私以外に訪れる者がいないことを物語っている。外から見ればそこに人が入れるようなほら穴があるなんて気づかない。
「最近は子供もほとんどいないからね」
 近くの畑で農作業をしていたおじいさんは、さっき私にそう言った。
「もうこの空き地で遊ぶ子供なんて、しばらく見てないよ」
 私は空き地を横切り、そのほら穴にたどり着いた。蝉が自分たちの声だけで空気を満たそうとしているかのように激しく鳴いている。
 私はハンカチで汗を拭いながら、入り口を覆い隠す雑草をかき分け、ほら穴に入った。まるで別世界のように空気は冷たかった。
 そこは私とケンちゃんの秘密の場所だった。私の生まれ育った地域は二十年前から過疎化が進んでいて、小学校の同級生はたったの十名程度しかいなかった。中でも、ケンちゃんと一番仲がよく、二人だけでよく遊んだ。家が近かったし、お互いに一人っ子だったことも影響していたかもしれない。空き地は同級生全員でよく遊ぶ場所だったが、その奥にあるほら穴は私とケンちゃんしか、しばらくその存在を知らなかった。
 そのほら穴は、ケンちゃんと遊んでいるときに偶然見つけた。私達は雑草をかき分けて中に入った。ほら穴は子供二人なら入れるほどの広さがあった。
「ここ、二人だけの秘密にしよう」
 ケンちゃんは私を振り返って言った。新しい発見に目が輝いていた。私は頷いた。
 それから私達はそのほら穴で遊んだ。お菓子やジュースを飲み食いしながらいろんなことを話したり、携帯ゲームを持ち込んで遊んだりした。
「今日もあそこね」
 ケンちゃんはみんなに聞こえないよう、私に耳打ちした。私はその言葉を聞くだけでわくわくした。
 一度その空き地で、同級生みんなで隠れ鬼をしたことがあった。ケンちゃんはそっと私に言った。
「あそこに隠れるのは禁止ね。みんなにばれるから」
 私は頷いた。そうだ、あそこは私達の大切な場所なのだ。それは分かっていた。だから、なぜ私はあんなことをしてしまったのか、未だにわからない。子供だったから? そうかもしれない。私とケンちゃんでは、秘密の重みが違ったのかもしれない。
 その日、私はケンちゃんではない別の同級生ふたりと空き地で遊んでいた。とにかく暑かったのを覚えている。どこか涼しいところに行きたいねと同級生が言い、私はほら穴のことを思い出した。どんなに外が暑くてもほら穴の中は涼しかった。私はいい場所があるんだ、と二人に言うと、ほら穴に案内した。私は得意になっていた。
 同級生たちはほら穴に入ると、涼しい、いい場所見つけたねと口々に私を褒めた。私は鼻が高かった。
「ケンちゃんとの秘密の場所なんだ」
 私は言った。
 しばらくすると、ほら穴の存在は同級生全員にひろまった。みんなこぞってそのほら穴に遊びに来た。ちょうどその頃、ケンちゃんは家の方でなにかあったらしく、学校が終わるとすぐに帰ってしまったので遊ぶことは少なかった。
 しばらく経ってそのほら穴ブームも去った頃、私はケンちゃんをほら穴に誘った。ケンちゃんは「うん、後で」と行ったきりだったが、私は愚かにもケンちゃんの変化にその時も気づかなかった。
 果たしてケンちゃんはほら穴にやってくると、中で座って待っていた私に言った。
「なんでみんなに言っちゃったの」
 私は最初、何を言われているのかよく分からなかった。
「ここ、僕とトオルだけの秘密だったのに。ここで二人だけで会うのが、楽しかったのに」
 私はやっと自分の過ちに気づいた。だが、もう遅かった。秘密は失われてしまったのだ。私は言葉もなく、ほら穴の中から入り口に佇むケンちゃんを見つめるしかなかった。光を背にしていたので、ケンちゃんの表情は分からなかった。
 ケンちゃんが引っ越したのはその直後だった。両親が離婚し、ケンちゃんは父親とともに遠くへ引っ越していった。
 私も進学を期にふるさとを離れたが、帰省する度にほら穴へ向かっている。ケンちゃんが現れるのではないか、ありもしないそんなことを考えながら。秘密は失われてしまったが、私にとって特別な場所であることには変わりない。ケンちゃんにとってもそうであることを、私は願っている。
(了)