公募/コンテスト/コンペ情報なら「Koubo」

第11回「小説でもどうぞ」選外佳作 僕は十八歳/宇田川千鶴子

タグ
作文・エッセイ
投稿する
小説でもどうぞ
第11回結果発表
課 題

別れ

※応募数260編
選外佳作
「僕は十八歳」
宇田川千鶴子
 僕は北極圏、シベリア極東に住むウエル。十五歳の時、初めて飛行機に乗って日本に相撲取りになるために来た。
 なぜ相撲取りになったかというと、入門先の親方が北極フリークで、観光客向けに始めたイヌゾリツアーが大層気に入ってしまい、数日だけ一人の時間が出来るとすぐに飛んできて、僕たち家族のテントにやって来ては楽しんでいたの。
 そんなある日、見回しても地平線だらけの白夜の真ん中で、親方が僕の肩とお尻を褒めながら言った。
「日本で相撲チャンピオンにならないか」
 この大自然の中で生きた子だし、相撲向きの体も持っている。君ならいけるよ、だって。
 パパは息子がジャパンで働くって喜んじゃうし、ママはお兄ちゃんがスターになって稼ぐって弟達に言うし、隣のテントの叔父さんや、もっと遠い一族までやって来て、すごいことになったってワアワア騒いでいるうちに、僕の日本行きが決まっちゃった。
 日本は寒くて暑くて家が小さくて電気だらけの生活で驚いたけれど、僕は若いから、全てが面白いのと怖いのとで夢中だった。
 来ちゃった僕は、稽古もたくさんしたし、言葉も覚えていったし、言いつけもよく聞いて嫌われないようにがんばったよ。
 それでも引っぱたかれもしたけれど、僕ってコロコロして肌もモチモチで笑うと笑窪が出てちょっと可愛いの。だから新弟子の中でも可愛がってもらったんじゃないかなあ。泣いてばっかりの子だっていたからね。
 ほんとは泣いたり逃げたりもしたかったけれど、パパやママや地元の事を考えると、帰る方がややこしいから、辛抱していた。
 お使い当番の荷物を持ったまんま、北極はどっちかしらってよく道に迷ってしまい、帰り道を聞きながら時間もかかって、最悪な時が多かったよ。辞めていく子も出てきてさ、それでも帰れる子はいいなぁって思った。
 僕の一番大事な事だけど、僕は強くなんかなれないってわかっていたの。だって、負けても悔しさが薄いの。致命的よ。
 北極の大自然相手だったら必死で向かっていくけれど、日本に来てわかった事は、自分は勝負師じゃないってことなの。
 もっと言うとね、取り組みの相手力士をほんとに好きになっちゃう癖があることだと思う。
 勝負よりも相手のことばかり気になって、呼び出しの時からドキドキして汗の匂いやお肌が気になって、行司の声で我に返っても、踊りだしたくなるのを抑えるのが大変だった。
 これじゃあ勝てないでしょ、無理だよね。
   親方は呆れるし、故郷の誇りはどうしたとか言われて、部屋の誰からも相手にされなくなって、勝手にせいって自由にしてくれた。
 特に好きな三人の力士に辞めることを伝えに行ったら、楽しかったよって言われた。これだけでいいやって思った。
 故郷に帰るって嘘ついて、両国から浅草橋まで荷物を背負って歩きながらどこに行こうかわからなくて、僕の三年間も消えていて、日本で迷子になってしまった。
 足元から寂しさが上ってきて、怖くて立ち止まったら、太った僕が美容院のガラス窓に映っていた。
 日本に来た時より二回りは大きくなって、背も伸びて色白でぷくぷくで、髪は肩でツヤツヤに光っていた。
「そうか、僕はがんばった」
 ギイって扉を押して美容院に入った。
 光るハサミを持ったお姉さんが椅子を回転して、僕に座るように言った。そして、どうしますかって聞いてきた。……。
「どうしますか」
 今一番困っている言葉だよ。
 僕は髪を切っていい自由に驚いた。
(自分がわかりません)
 心の中で大きな鏡に話しかけたら、顔が歪んできて涙が出ていた。髪切りのお姉さんは僕を見て、髪の毛も明るく染めましょうか、パーマもかけて、爪のお手入れもついでにどうですかって陽気に言った。
 僕はぶっ飛んで気絶しそうだった。ここは天国かと思った。ずっと前から相撲を取るよりもダンスが好きだった。綺麗なドレスを着て好きな力士と踊りたかった。
 東京で何か仕事を見つけて仕送りすれば、パパは許してくれるかな。日本に来たのは、本当は別の何かが待っていたと決めようかな。
 少し笑顔になったら、お姉さんがグッドって、金色になった僕の襟足を見せてくれた。
 美容師さんって僕にでもなれるのかしら。後で聞いてみよう。自分が動いて場面が変わるのなら、何回でも別れて行こうかな。
 僕はまだ十八歳だ。
(了)