第11回「小説でもどうぞ」選外佳作 もう少しだけ一緒に/須堂修一
第11回結果発表
課 題
別れ
※応募数260編
選外佳作
「もう少しだけ一緒に」
須堂修一
「もう少しだけ一緒に」
須堂修一
「じゃあ、仕事に行って来る」
彼が玄関でベッドのあたしに声を掛ける。
ここはあたしの部屋、昨日の夜から泊まっていた彼が朝早く仕事に行こうとしている。
「もっと一緒にいたいな」
もう少しだけ一緒にいたかったあたしは彼の背中に呼び掛けた。
「ああ、ダメダメ、今日も忙しんだから」
背中を向けたまま、ぶっきらぼうに吐き捨てる。なにさ、忙しい忙しいって、いつもいつもそう言ってるじゃない。あたしだってあと三十分もしたら起きて会社行かなきゃいけないんだ。あと少し一緒にいたいだけなのに、どうしてそう嫌そうにするんだ、畜生。
「私と仕事、どっちが大事なの」
やばい、古典的にして男に言ってはいけないワード殿堂入りを口走ってしまった。
一瞬にして部屋の空気が凍り付く、玄関で彼の背中が動かなくなった。
「えっと、あの」
あたしが口を開こうとしたら、彼がゆっくりと振り返り「それもそうか、仕事よりお前のほうが大事だよな。そんな当たり前な事に気づかせてくれてありがとうよ」とゆっくり、噛んで含めるように言う。
あたしが何か言う前に彼はスマートフォンを取り出しどこかへ電話を掛け始めた。
「あ、私です、辞めます、そうです、ええ、今すぐです、え、何ですか、いえ、辞めますから、じゃあ」
彼は電話を切ると、一旦履いていた靴を脱ぎ、部屋に上がってきてベッドに座った。
「ずっと一緒にいる為に今仕事を辞めたよ」
え、こういう展開は考えて無かったなあ。
彼のスマートフォンが鳴っている。
「スマフォ、鳴ってるよ」
「いいんだ、どうせ会社からだ、辞めたんだから関係ない」
いやいや、あたしはずっと一緒にいたいわけではなく、あと少しだけ一緒にいたかっただけで、それもいきなり会社を辞めるなんて。そりゃあ『あたしと仕事とどっちが大事なの』なんて言ったのは確かにあたしだけど、勢いでちょっと口走っただけなのに、それを真に受けられてもなあ。
「もうこのまま、ずっと一緒だ」
などと言いながら迫って来る彼を何とか押しとどめ「あのね、今いる六畳一間のワンルームだと一緒に暮らすには狭すぎると思うの」と言ってみるが彼は「大丈夫」と言いながら迫って来る。どうしよう。
「あのさ、あたしそろそろ仕事に行かないと」
「なに言っている、お前も仕事辞めろよ、それとも俺だけ辞めさせてお前は辞めないつもりか、辞めなきゃ一緒にいられないだろうが」
やばい、目が座ってる。
「あ、うん、わかった、とりあえず、会社に行って退職届出すからさ、着替えさせて」
抱きしめようとする彼を押し返しながらあたしは言った「電話一本入れればいいだろう」と言う彼に「ダメダメ、今の上司うるさいし、せめて同僚にはきちんと挨拶をしておかないと。それにあなたの荷物とかもあるじゃない、一旦部屋に帰って当座の着替えとか取ってきたら」と言いくるめて一緒に部屋を出た。
駅前で分かれてすぐ、あたしは速攻で体調不良で今日は休むと会社に連絡を入れる。そのまま部屋に戻って戸締りをしてから、彼に別れてくれるようにLINEを入れた。 このまま大人しく別れてくれないかなと言う一縷の望みもむなしく彼が部屋の前にやってきてチャイムを鳴らす、無視していたら扉をたたき出したので、これ以上扉を叩いたり大きな声を出したりしたら警察を呼ぶとLINEを入れる、とりあえず大人しくなったけど、扉の前にじっと立ったまま動かないので、連絡先を聞いていた彼の両親に電話を入れ、事情を説明して彼を説得してもらった。
それで頭を冷やしたのか扉の前からいなくなり、大丈夫かなあと思っていたら数日後に彼から別れてもいいというLINEが届いて胸をなでおろした。このままだと彼がストーカーになりかねなかったのでまずは良かった。
後で彼の両親から聞いたところによると、仕事で行き詰っていて、精神的に追い詰められていた時にあたしがあんな事を言ったもんだから切れてしまったらしい。まあおかげでブラック企業を辞める事が出来て良かった。今は落ち着いて家の仕事を手伝っています。あなたのおかげですと感謝されてしまった。
いや、考えなしで言っただけだからな、感謝されるのちょっと、申し訳ないや。
今はまた新しい彼が出来た。
今朝彼が出かけようとしている時、つい「もっと一緒にいたいな」と言ってしまった。
それを聞いた彼がうんざりとした態度を取ったので思わず「あたしと仕事とどっちが大事なの」とまた口走ってしまった。
やばいよ、あたしの馬鹿。彼の顔色がみるみる変わっていく。表情が硬いよう。
「あ、あの、ごめん、あと少し一緒にいたいだけなんだ、それでつい、本当にごめん」
必死に取り繕ったら彼の表情が和らぐ。彼は時計を見て「あと五分ならいいぞ」と言ってベッドに入ってきた。あたしはほっとして彼の頭を抱きしめ、髪の匂いを嗅ぐ。彼は髪が乱れるのを嫌がって逃げようとする。あと少しの幸せにあたしは安心して彼を解放した。
(了)
彼が玄関でベッドのあたしに声を掛ける。
ここはあたしの部屋、昨日の夜から泊まっていた彼が朝早く仕事に行こうとしている。
「もっと一緒にいたいな」
もう少しだけ一緒にいたかったあたしは彼の背中に呼び掛けた。
「ああ、ダメダメ、今日も忙しんだから」
背中を向けたまま、ぶっきらぼうに吐き捨てる。なにさ、忙しい忙しいって、いつもいつもそう言ってるじゃない。あたしだってあと三十分もしたら起きて会社行かなきゃいけないんだ。あと少し一緒にいたいだけなのに、どうしてそう嫌そうにするんだ、畜生。
「私と仕事、どっちが大事なの」
やばい、古典的にして男に言ってはいけないワード殿堂入りを口走ってしまった。
一瞬にして部屋の空気が凍り付く、玄関で彼の背中が動かなくなった。
「えっと、あの」
あたしが口を開こうとしたら、彼がゆっくりと振り返り「それもそうか、仕事よりお前のほうが大事だよな。そんな当たり前な事に気づかせてくれてありがとうよ」とゆっくり、噛んで含めるように言う。
あたしが何か言う前に彼はスマートフォンを取り出しどこかへ電話を掛け始めた。
「あ、私です、辞めます、そうです、ええ、今すぐです、え、何ですか、いえ、辞めますから、じゃあ」
彼は電話を切ると、一旦履いていた靴を脱ぎ、部屋に上がってきてベッドに座った。
「ずっと一緒にいる為に今仕事を辞めたよ」
え、こういう展開は考えて無かったなあ。
彼のスマートフォンが鳴っている。
「スマフォ、鳴ってるよ」
「いいんだ、どうせ会社からだ、辞めたんだから関係ない」
いやいや、あたしはずっと一緒にいたいわけではなく、あと少しだけ一緒にいたかっただけで、それもいきなり会社を辞めるなんて。そりゃあ『あたしと仕事とどっちが大事なの』なんて言ったのは確かにあたしだけど、勢いでちょっと口走っただけなのに、それを真に受けられてもなあ。
「もうこのまま、ずっと一緒だ」
などと言いながら迫って来る彼を何とか押しとどめ「あのね、今いる六畳一間のワンルームだと一緒に暮らすには狭すぎると思うの」と言ってみるが彼は「大丈夫」と言いながら迫って来る。どうしよう。
「あのさ、あたしそろそろ仕事に行かないと」
「なに言っている、お前も仕事辞めろよ、それとも俺だけ辞めさせてお前は辞めないつもりか、辞めなきゃ一緒にいられないだろうが」
やばい、目が座ってる。
「あ、うん、わかった、とりあえず、会社に行って退職届出すからさ、着替えさせて」
抱きしめようとする彼を押し返しながらあたしは言った「電話一本入れればいいだろう」と言う彼に「ダメダメ、今の上司うるさいし、せめて同僚にはきちんと挨拶をしておかないと。それにあなたの荷物とかもあるじゃない、一旦部屋に帰って当座の着替えとか取ってきたら」と言いくるめて一緒に部屋を出た。
駅前で分かれてすぐ、あたしは速攻で体調不良で今日は休むと会社に連絡を入れる。そのまま部屋に戻って戸締りをしてから、彼に別れてくれるようにLINEを入れた。 このまま大人しく別れてくれないかなと言う一縷の望みもむなしく彼が部屋の前にやってきてチャイムを鳴らす、無視していたら扉をたたき出したので、これ以上扉を叩いたり大きな声を出したりしたら警察を呼ぶとLINEを入れる、とりあえず大人しくなったけど、扉の前にじっと立ったまま動かないので、連絡先を聞いていた彼の両親に電話を入れ、事情を説明して彼を説得してもらった。
それで頭を冷やしたのか扉の前からいなくなり、大丈夫かなあと思っていたら数日後に彼から別れてもいいというLINEが届いて胸をなでおろした。このままだと彼がストーカーになりかねなかったのでまずは良かった。
後で彼の両親から聞いたところによると、仕事で行き詰っていて、精神的に追い詰められていた時にあたしがあんな事を言ったもんだから切れてしまったらしい。まあおかげでブラック企業を辞める事が出来て良かった。今は落ち着いて家の仕事を手伝っています。あなたのおかげですと感謝されてしまった。
いや、考えなしで言っただけだからな、感謝されるのちょっと、申し訳ないや。
今はまた新しい彼が出来た。
今朝彼が出かけようとしている時、つい「もっと一緒にいたいな」と言ってしまった。
それを聞いた彼がうんざりとした態度を取ったので思わず「あたしと仕事とどっちが大事なの」とまた口走ってしまった。
やばいよ、あたしの馬鹿。彼の顔色がみるみる変わっていく。表情が硬いよう。
「あ、あの、ごめん、あと少し一緒にいたいだけなんだ、それでつい、本当にごめん」
必死に取り繕ったら彼の表情が和らぐ。彼は時計を見て「あと五分ならいいぞ」と言ってベッドに入ってきた。あたしはほっとして彼の頭を抱きしめ、髪の匂いを嗅ぐ。彼は髪が乱れるのを嫌がって逃げようとする。あと少しの幸せにあたしは安心して彼を解放した。
(了)