第10回「小説でもどうぞ」選外佳作 デイドリーム/木戸秋波留紀
第10回結果発表
課 題
夢
※応募数291編
選外佳作
「デイドリーム」
木戸秋波留紀
「デイドリーム」
木戸秋波留紀
夏樹はパジャマ姿で廃墟の中に立っていた。辺りを見回すと、どうも自分の家のリビングだということが分かった。液晶テレビの画面は割れ、テーブルは濃い茶色に変色し、汚れた窓からは夕暮れの光が射しこんでいる。掛け時計は二時五十分の位置で止まっていた。夏樹はとても大事なことを忘れていると感じた。壊れたテレビをじっと見る。その下にある棚の中。夏樹はそこまで早足で歩き、棚の扉を開いた。やはり中にはゲーム機が入っていた。彼が最も大切にしているそれは、何もかもが取り残された廃墟の中で、唯一の新しいものだった。夏樹はゲーム機を入れるものを探してリビングを歩きまわった。廃墟の中のはずだが、なぜか埃っぽくはなかった。
ゲーム機を入れるものは見つからず、夏樹はキッチンへと向かった。黒ずんだコンロと乾ききった流しの間の空間に、飲みかけのペプシコーラのボトルがあった。お姉ちゃんがいるのかな。彼は思った。お姉ちゃんはいつもペプシコーラを飲んでいる。ペプシが好きなお姉ちゃん。流しの下にコンビニの袋が落ちていた。多分、お姉ちゃんは学校の帰りにペプシを買ったんだろう。袋の中にゲーム機を入れて、夏樹はお姉ちゃんを探しに二階へ向かった。
二階には誰もいなかった。夕暮れの光がお姉ちゃんの部屋に射しこんでいる。さっきからずっと夕暮れのままだ。「静か」ではなかった。「音」が無かった。夏樹はお姉ちゃんもいなければ、お父さんもお母さんもいないということにようやく気が付いた。もう一つ気付いたことは、お姉ちゃんの部屋は意外と何もないということだった。廃墟にしてはきれいな部屋だったが、何もないからそう見えるだけかもしれない。橙色の光が直に夏樹の眼に入った。窓が開いていた。その下にはお姉ちゃんの学校の制服が脱ぎ捨ててあった。制服を足でどかして、夏樹は窓の外から首を出して外の世界を見渡した。誰もいない、廃墟の街がそこにあった。夏樹は窓から離れてお姉ちゃんのベッドに座ると、これからどうするべきか考えた。お姉ちゃんの服が入っている棚の扉は明け放されていて、急いで何かを取った形跡があった。
一人になったことに、夏樹は何とも思わなかった。ただ、これからは一人で色々しなきゃいけないなと、少し憂鬱な気分になっただけだった。とりあえず外に出てみよう。お姉ちゃんの部屋を出て、階段を降り、玄関の扉を開けて、夏樹は外に出た。先ほど窓から見た廃墟の街が今は目の前にあった。自分以外誰もいない街は彼にとって気楽だった。夕暮れの光の中、夏樹は自分の学校へ行こうと思った。お母さんから、地震とか何か大きなことが起こったらまず学校に行きなさいと言われていたからだ。彼は歩きながら、地震が起こったんだと思った。でなければ街はこんな風になっていない。影は一定の濃さを保っていた。
夏樹が驚いたのは、学校に人がいたからだ。しかしそれは家族でも友達でも先生でもなかった。正面玄関の階段にその人物は座っていた。青い競泳水着のような衣装に赤く大きなマント、そして鳥の顔を模したマスクをつけていた。
「やあ、待っていたよ」
体つきから気付いていたが、声で明らかに女性と分かった。
「スーパーマン?」
「似ているが少し違う。私はバードマンだ。彼は超人だが私は鳥人だ」
ちょうじん、ちょうじん。何を言っているのだろう。
「のどが渇いただろう。飲まないか?」
バードマンはどこから取り出したのか分からないがペプシコーラの缶をくれた。夏樹はバードマンの隣に座ってペプシコーラを飲んだ。ぬるかった。
「おんなだけどバードマンなの?」
「『マン』という言葉には『人間』という意味も含まれる。つまり『鳥人』という意味なのだ」
「ちょうじん?」
「鳥人間ということさ」
「とべるの?」
「もちろん。君をこの世界から救うために私は飛ぶのだ」
自分を救うためとはどういうことなのか。バードマンの顔をじっと見る。マスクで隠れていて素顔は分からないが、なぜか見慣れた顔のような気がした。
「この世界には何もない。皆、何もない世界で生きているのだ。そんな世界で生きている人を一人でも救うために私は飛ぶのだ。特に、君はこの世界にいてはいけない」
「なんで?」
少し間を置いたあと、バードマンは言った。
「君は私の大切な人だからだよ」
そしていきなり夏樹を抱きかかえると「行くぞ」と叫んで、飛んだ。赤いマント越しに夕陽が見えた。バードマンの腕の中は、少し居心地が悪かった。
夏樹はお姉ちゃんの「ただいま」の声で目が覚めた。リビングには夕暮れの光が射しこんでいる。
「お姉ちゃん、バードマンって知ってる?」
お姉ちゃんは寝起きの夏樹をじっと見てから、「知らない」と答えた。そして、冷蔵庫からペプシコーラのボトルを出して、一気に飲んだ。
(了)
ゲーム機を入れるものは見つからず、夏樹はキッチンへと向かった。黒ずんだコンロと乾ききった流しの間の空間に、飲みかけのペプシコーラのボトルがあった。お姉ちゃんがいるのかな。彼は思った。お姉ちゃんはいつもペプシコーラを飲んでいる。ペプシが好きなお姉ちゃん。流しの下にコンビニの袋が落ちていた。多分、お姉ちゃんは学校の帰りにペプシを買ったんだろう。袋の中にゲーム機を入れて、夏樹はお姉ちゃんを探しに二階へ向かった。
二階には誰もいなかった。夕暮れの光がお姉ちゃんの部屋に射しこんでいる。さっきからずっと夕暮れのままだ。「静か」ではなかった。「音」が無かった。夏樹はお姉ちゃんもいなければ、お父さんもお母さんもいないということにようやく気が付いた。もう一つ気付いたことは、お姉ちゃんの部屋は意外と何もないということだった。廃墟にしてはきれいな部屋だったが、何もないからそう見えるだけかもしれない。橙色の光が直に夏樹の眼に入った。窓が開いていた。その下にはお姉ちゃんの学校の制服が脱ぎ捨ててあった。制服を足でどかして、夏樹は窓の外から首を出して外の世界を見渡した。誰もいない、廃墟の街がそこにあった。夏樹は窓から離れてお姉ちゃんのベッドに座ると、これからどうするべきか考えた。お姉ちゃんの服が入っている棚の扉は明け放されていて、急いで何かを取った形跡があった。
一人になったことに、夏樹は何とも思わなかった。ただ、これからは一人で色々しなきゃいけないなと、少し憂鬱な気分になっただけだった。とりあえず外に出てみよう。お姉ちゃんの部屋を出て、階段を降り、玄関の扉を開けて、夏樹は外に出た。先ほど窓から見た廃墟の街が今は目の前にあった。自分以外誰もいない街は彼にとって気楽だった。夕暮れの光の中、夏樹は自分の学校へ行こうと思った。お母さんから、地震とか何か大きなことが起こったらまず学校に行きなさいと言われていたからだ。彼は歩きながら、地震が起こったんだと思った。でなければ街はこんな風になっていない。影は一定の濃さを保っていた。
夏樹が驚いたのは、学校に人がいたからだ。しかしそれは家族でも友達でも先生でもなかった。正面玄関の階段にその人物は座っていた。青い競泳水着のような衣装に赤く大きなマント、そして鳥の顔を模したマスクをつけていた。
「やあ、待っていたよ」
体つきから気付いていたが、声で明らかに女性と分かった。
「スーパーマン?」
「似ているが少し違う。私はバードマンだ。彼は超人だが私は鳥人だ」
ちょうじん、ちょうじん。何を言っているのだろう。
「のどが渇いただろう。飲まないか?」
バードマンはどこから取り出したのか分からないがペプシコーラの缶をくれた。夏樹はバードマンの隣に座ってペプシコーラを飲んだ。ぬるかった。
「おんなだけどバードマンなの?」
「『マン』という言葉には『人間』という意味も含まれる。つまり『鳥人』という意味なのだ」
「ちょうじん?」
「鳥人間ということさ」
「とべるの?」
「もちろん。君をこの世界から救うために私は飛ぶのだ」
自分を救うためとはどういうことなのか。バードマンの顔をじっと見る。マスクで隠れていて素顔は分からないが、なぜか見慣れた顔のような気がした。
「この世界には何もない。皆、何もない世界で生きているのだ。そんな世界で生きている人を一人でも救うために私は飛ぶのだ。特に、君はこの世界にいてはいけない」
「なんで?」
少し間を置いたあと、バードマンは言った。
「君は私の大切な人だからだよ」
そしていきなり夏樹を抱きかかえると「行くぞ」と叫んで、飛んだ。赤いマント越しに夕陽が見えた。バードマンの腕の中は、少し居心地が悪かった。
夏樹はお姉ちゃんの「ただいま」の声で目が覚めた。リビングには夕暮れの光が射しこんでいる。
「お姉ちゃん、バードマンって知ってる?」
お姉ちゃんは寝起きの夏樹をじっと見てから、「知らない」と答えた。そして、冷蔵庫からペプシコーラのボトルを出して、一気に飲んだ。
(了)