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第10回「小説でもどうぞ」佳作 わたしの夢/逸見めんどう

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作文・エッセイ
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小説でもどうぞ
第10回結果発表
課 題

※応募数291編
「わたしの夢」逸見めんどう
「この時間のニュースを終わります」
 カーラジオから明るい音楽が流れ出した。
「ここからは、視聴者の皆さまからのお便りを紹介します」
 アナウンサーの声も明るい。何の憂いもなさそうだ。今日のテーマは「わたしの夢」だという。
「メールやファクスで、どしどし皆さんの夢にまつわる投稿をお寄せください」
「便利な世の中になったものだ」
 私は後部座席で足を組み替えながら、ひとりごちた。
 車窓を、中高層のビル群が流れてゆく。夕暮れ時に差し掛かり、そろそろ車が混み始める頃だ。この分だと、帰社するのは遅くなるだろうか。私は再び足を組み替えながら、見るとはなしに窓外を見やった。
「ラジオ、お切りしましょうか?」
 助手席から、社長秘書のカシヅキが、斜め後方の私の様子をうかがっている。苛立っているのが伝わったのだろう。
「いや、かまわんよ」
 私は殊更おおように返事をした。音がある方が、幾分でも気が紛れる。
「私の夢は、宇宙に行くことです」
 アナウンサーが、投稿を読み上げている。
 宇宙飛行も、特別な訓練を受けなくても可能な世の中になりつつある。私が子どもの頃は夢のまた夢。宇宙は空想の世界だった。
 宇宙空間を独り漂う。何をしようと勝手気まま。人目など気にならない。ああ、なんて素晴らしいことだ。
 改めて窓の外を見ると、車、車、車。歩道を気忙しく行き交う老若男女。ボチボチ本格的に渋滞し始めたようだ。車は少し進んでは止まり、止まっては進みの繰り返し。
 私は再び足を組み替え、気まぐれに「お前の夢は何だ」とカシヅキに尋ねた。
「夢…ですか」
 小ざかしいサラリーマンなら、こんなたわいのない質問でも、おのれの会社人生を左右する場合があることを知っている。さほど間を置くでもなく、カシヅキが鼻を膨らませて私の方を振り向いた。
「僕には社長が夢そのものです」
 いかにも「待ってました」というような物言いだ。面白くもない。
「一代で会社を立ち上げ、ここまで大きく育てた社長の手腕には、どこまで行っても及ばないとは思いますが、男一匹、いつの日かひと旗挙げて国のお袋を喜ばせたいと…」
 イライラが、ますます募る。
「そんなこと、どうでもよくなる時があるものだ。分かるか」
 さあ、これにはどう返すんだ。
 カシヅキが返答に窮している。無意味に頭をかいては、ハンカチで額を拭っている。こいつは三十になったっけ。恥もかき捨ての年頃だ。それはそれで、うらやましい。
 車はなかなか会社に着かない。私は足を組み替えた。カシヅキは、機嫌を損ねたと思ったに違いない。「それに致しましても今日の契約交渉は勉強になりました」と別方向に話題を振った。後部を振り向き「さすが社長」と言い掛けて、慌てて前方に視線を戻す。さほどに私は厳しい顔をしていたのだろう。
 商談は難儀を極めた。せっかく先方まで足を運んでやったというのに、向こうは最後まで主張を曲げず、予想外に時間を食ってしまった。その間、うまくもない茶だのコーヒーだの、いったい何杯飲まされたことか。
 休憩が相次いだおかげで、食べ慣れない添え物の甘味類まで口にしてしまった。まだ口の中が甘ったるい。
「仕事中ですが、眠くて眠くてたまりません。今すぐ横になれるなら、どんなに幸せなことか」
 ラジオのアナウンサーが、笑いながら投稿を読み上げている。本人にとって、かなり切実な夢なのは理解するが、生っちょろい。
 車は進まない。私はフロントガラスを睨みながら、足を組み替える。すぐ先にコンビニがある。そうだ。ハッカ飴か何か、何でもいい、口あんばいを整えるものを買うことにしよう。こりゃ名案だ。
「この先のコンビニで停めてくれ」
「買い物ですか?」
「ハッカが舐めたいから買ってくる」
「それなら私が行ってまいります」
 車がコンビニの駐車場に入った。カシヅキが張り切って助手席を出ようとする。
「待て待て、私が行く」
「社長が、そんな…」
 その間に、運転手がそそくさと後部ドアを開けて、私をコンビニへと促した。
「行ってらっしゃいませ」
 そう言って片目をつぶる。
「……うむ。君は二階級特進だな」
 このやりとりに目を丸くするカシヅキを横目に、私は一目散にトイレを目指した。
(了)