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第10回「小説でもどうぞ」佳作 禁断症状/長谷部達也

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作文・エッセイ
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小説でもどうぞ
第10回結果発表
課 題

※応募数291編
「禁断症状」長谷部達也
「夢? 無いね。そんなもの」権蔵は電話の調査員にまくし立てた。
「一年前はそれなりに幸せだった。夢は家族で世界旅行。今は何もない。流行病、そして政府が俺から全てを奪ったからな!」
 調査員はもごもごと何か言いかけたがそれを無視して乱暴に受話器を叩きつける。
 しばらく肩で息をしていたが冷静になると妻と孫の遺影に水をお供えし、冥福を祈る。これが権蔵の数少ない日課だ。
 流行病で外出が原則禁止されるようになり食料などの必需品も不足するようになったが政府の配給ではとてもたりない。そうこうするうちにもともと病弱だった妻に先立たれた。
 市民たちのデモやストライキが相次ぐようになった。そして政府は最悪の選択をした。国内の不満を外にそらすために戦争を始めたのだ。
 権蔵の二人の孫、優と裕司も戦争にかり出され、優は戦死し裕司は行方不明。家族を次々と失ったことは権蔵の生きる力を奪うには十分すぎた。今の彼はただ惰性で生きているだけにすぎない。
 わずかばかりの保存食で食事を済ますと彼は早々と布団に入る。どうせ起きていてもやることもない。しまった。薬を飲むのを忘れていた。何を忘れてもこれだけは飲まなければ。飛び起きて薬を流し込むとあっという間に意識が遠くなった。
「あなた? もう起きる時間よ」うるさいなあ、どうせ起きてもやることなどないんだから放っておいてくれ。
「今日は、家族で花見に行くって話していたじゃない」花見? 外出は原則禁止のはずだ。なにかがおかしい。慌てて飛び起きると妻がびっくりした顔で権蔵を見ている。
「全く、なんて顔をしてるんですか。 まるで死人でも見るように」いや、お前死んだはずだろ。と思ったが眼の前の妻は元気そのものだ。さらにびっくりしたことに居間に降りると優と裕司が食事をしている。徴兵されたはずではなかったのか?
「徴兵? なにそれ」
「お父さん、ボケるのは早すぎるよ」
 真面目な顔で心配されてしまう。試しに自分の頬をつねってみたがあまりの痛さに涙がでた。
「大丈夫? なんか今日の親父変だぞ」
「い、いや変な夢を見ただけだ。大丈夫」
 豪華な食事を済ませると、孫の運転する車に乗り込む。公園に屋台が立ち並び、人々が普通に行き交う様は平和そのもので戦争や流行病の気配はまったく見られない。権蔵は微笑みながら情景を眺めていたがやがて眠くなりうとうとし始めた。
はっとして目が覚めると布団の中だった。もちろん、妻も子どもたちもいやしない。
 窓から外を眺めても警察がそこかしこで外出者を見張っているのが見えるだけだ。いつもの灰色の現実がそこにあった。
 権蔵はだんだんと眠る時間が多くなっていった。そして眠る前には必ず妻と孫の遺影の水を変え、粗末な食事をして薬を飲むのだった。
 夢では権蔵は家族と一緒で楽しい時間を過ごしていた。彼にとってもはや夢を見ることが唯一の楽しみといって良かった。そういえば、遺影の前の水を変えたのはいつだろう。もうすっかり忘れてしまった。
「じいちゃん、起きて! じいちゃん」
 突然何者かに体をゆすられ権蔵は灰色の現実に戻ってきた。眼の前にはぼろぼろの軍服をきた裕司がいる。
「良かった! 戦争が終わってようやく帰ってきたとおもったらじいちゃん寝たきりで全然起きなかったし」
「ここは?」
 ふらつく頭で周りを見回すとどうやら自分が病院にいるらしいという事がわかる。
 裕司の話しでは独裁政権が終わり、戦争が終わったらしい。それで家に戻ると権蔵が衰弱状態で眠っていたとのこと。
「あと、非常に言いにくいんだけど。おじいちゃん夢ミール中毒なんだって」
 病院でみてもらったところ。権蔵が服用していた薬が闇市で流通していた「夢ミール」という薬で自分の望む夢を見ることができるが中毒になるものが多く、最後には夢と現実の区別がつかなくなるという代物で薬が抜けるまで病院で軟禁状態とのこと。
「それで、俺はいつまで入院すればいいんだ?」
「半年はかかるって、幸い今ならまだ間に合うから療養と思って我慢してよ」
 辛い現実から逃げようとした結果がこれか。
 せっかく新しい生活がはじまろうとしていたのに。
 権蔵は薬に頼ったことを後悔した。
(了)