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第9回「小説でもどうぞ」選外佳作 桃太郎異聞/山本岬

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作文・エッセイ
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小説でもどうぞ
第9回結果発表
課 題

冒険

※応募数260編
選外佳作
「桃太郎異聞」
山本岬
 むかしむかしあるところに、おじいさんとおばあさんと私が住んでいました。
 おじいさんは私のお兄さん、おばあさんは私のお姉さん。ですから、私もまあまあおばあさんです。
 その日、おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。私は家で機織りをしていました。
 しばらくすると、おばあさんが大きな桃を抱えて帰ってきました。「洗濯しよったら大きな桃が流れてきたけぇ拾ってきた!」と得意気に言いました。
 彼女の手には桃だけしかありませんでした。私は「洗濯物は?」と聞きました。洗濯物の中に私のお気に入りの着物があったからです。
「あっ、忘れた。洗濯も途中じゃった」本当にそそっかしい姉。いつものことだけど。
「私が行くわ。洗濯もしてくるわ」そう言って、私は川へ行き洗濯の続きを始めました。
 すると、上流から小舟に乗った老人が川を下って来ました。
「ここへ桃が流れて来んじゃったか?」と私に聞きました。私はまずいことになったと思いました。姉はこの人の桃を拾って勝手に持ち帰ってしまったのでした。
 私は正直に言うべきかどうか迷いました。とても強欲な姉が簡単に桃を返すとは思えなませんでした。きっと派手に揉めるでしょう。それが嫌だったので、つい「一緒に探しましょうか?」と言ってしまいました。
「そりゃ助かる、さあ舟に乗れ」老人が言うので、私は洗濯物を抱えて乗り込みました。実のところ、私は兄、姉との暮らしには飽き飽きしていました。どこでもいいから遠くへ行ってみたいと思っていました。きっかけがないまま、まあまあおばあさんになってしまって残念で仕方がありませんでした。ようやく巡ってきたチャンスです。逃す手はありません。
 川の流れは思いのほか速く、小舟は勢いよく川を下りました。爽やかな風が頬に当たり、私は急に晴れ晴れとした気持ちになりました。
 川を下りながら聞いた話によると、彼らの村では生まれた子どもが大きくならないうちにみんな死んでしまって困っている。それで有名な占い師に聞いたところ、この山の奥で神さまに桃を貰うといいと言われ、その通りにしたのですが、途中でうっかり桃を落としてしまったのだそうです。私はひとしきり桃を探すふりをしましたが、見つからないことはわかっていました。
「村へ連れて行ってもらえんか?」と私が言うと、老人は「何が出来るか?」と聞くので「機織りなら得意じゃ。薬草も採れる」と答えました。それなら一緒に行こうということになりました。
 川下りはとにかく気持ちが良くて、川幅が狭くなると流れは速くなり、いくつかの早瀬があり、落ち込みがあり、岩と岩の間をすり抜けて小舟は進みました。老人は川底に長い竿を差しながら器用に舟を進めます。初めて見る景色が目の前に現れてはどんどん背後に流れて行くだけで私は興奮しました。しばらくすると流れは緩やかになり、川幅も広くなり海が見えてきました。海を見るのは初めてでした。私はますます嬉しくなりました。彼について来て本当によかったと思いました。
 海を渡ると村に着きました。それは大きくて、人が大勢いて、私が住んでいた山奥とは比べものにならないくらい豊かでした。私は一生懸命女たちに機織りを教え、薬草を使って子どもたちの病気を治しました。以前よりも毎日が充実しているように思えましたが、新しい生活にも慣れると、私はまた退屈するようになりました。
 そんなある日「桃から生まれた桃太郎」と名乗る少年が犬と猿とキジと一緒に村にやって来ました。私は一目見て、あの日、あの桃からこの少年が生まれたのだと理解しました。彼が腰に付けているきびだんごは間違いなく姉が作ったものでした。
 私はあの日、姉が桃を持ち帰ったことを村人たちに正直に話しました。本当はあの少年がこの村へくるはずだったのに、私が来てしまったことを説明しました。すると私の体は桃の木になって元住んでいた山の奥の奥へ飛ばされて動けなくなってしまいました。
 村人たちは、真実を知りましたが桃太郎には「君はこの村に必要ない」と言いました。食べ物や私が織った布、薬草、私が持って来た洗濯物などを持たせて家に帰らせました。桃太郎は沢山のお土産を持っておじいさんとおばあさんのところへ戻りました。これがなぜか後に鬼退治の話に変わってしまいました。
 今、私は桃の木の姿になって山奥にいます。いつかもう一度あの川を下ることを夢見ています。どこかへ行きたいわけでもなく、ただあの爽快感をもう一度味わいたいのです。ときどき桃の実を川へ落としてみたりして誰かが来てくれるのを待ち続けています。
(了)