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第9回「小説でもどうぞ」佳作 桃太郎/齊藤想

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作文・エッセイ
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小説でもどうぞ
第9回結果発表
課 題

冒険

※応募数260編
「桃太郎」齊藤想
 なぜ、このような劇になってしまったのだろうか。ヒカリ先生は、奇妙なお遊戯会を舞台の袖から観察しながら、ため息をついた。
 今年のテーマは桃太郎だった。3年前の衣装をそのまま使えるし、前任者が作ったシナリオもあるし、あとは配役を決めて何回か練習すれば準備は万端のはずだった。
 それが、まつ組のリーダー的存在だった雪菜ちゃんの一言から迷走が始まった。
「キジより七面鳥がいいと思います。だって、キジにはなじみがないし」
 純粋な日本人であるヒカリ先生としては、むしろ七面鳥の方がなじみがないと思うのだが。まさか、クリスマスのディナーではあるまいし。
「だって、これは昔話だから」
「だから何だと言うのですか。そのような因襲にこだわるべきではないと思います」
 いきなり園児らしからぬ難しい言葉をぶつけてくる。ちょっと、と思っていると、別の園児からつぎつぎと声が上がる。
「犬よりアルパカがいいと思います。だって、かわいいから」
「サルの役は、サルにそっくりな園長先生がいいと思います」
「桃太郎に攻め込まれる鬼たちがかわいそうです。ぼくは戦争反対です」
 ヒカリ先生は、頭が痛くなってきた。
「あなたたち何を言っているのよ。桃太郎はキジと犬とサルを連れて、鬼退治にいくと決まっているの」
 ここでまた、リーダー的存在の雪菜がぶっこんでくる。
「ヒカリ先生は、もっと園児の自主性や個性を尊重すべきだと思います。ヒカリ先生は私たちの思いを踏み潰そうとしています」
 ぐぬぬ。こやつはろくな大人にならない。 それとも大物の片鱗を見せたというべきか。
 こうなると園児たちは止まらない。アイデアがどんどん飛び出してくる。ヒカリ先生がシナリオを書き直すたびに、劇は桃太郎から離れていく一方だった。

 そうして、いま舞台では、桃太郎とは思えないストーリーが展開している。
 辛うじて主人公は桃太郎だ。しかし、桃太郎が引き連れているのは、七面鳥とアルパカと、サルの恰好をした園長先生だ。
 ざわめく保護者席。これから何が始まるのか、という顔をしている。
「桃太郎さん、冒険たのしみですね」
 園長先生が中腰で桃太郎にいう。練習のたびに腰を痛めて大変そうだ。担任として申し訳なく思う。
 桃太郎は保護者席に向かって、こう高らかに宣言する。
「うむ、そうだな。これから冥界の世界に旅立ち、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんを連れてかえるぞ!」
 保護者席からの視線が痛い。いったい、これは何の劇なのかという保護者からの疑問がひしひしと伝わってくる。
 クラスで話し合っているうちに、鬼ヶ島に攻め込むのは平和的ではないという意見で一致した。かといってアマゾンを冒険するもおかしいとなり、なぜか唐突に「死んだお祖父ちゃんとお祖母ちゃんに会いたい」と泣き出す園児があらわれ、そのあげくがこの奇妙な劇だ。
 冥界に旅立った桃太郎と七面鳥とアルパカと園長が、地底を支配する鬼たちと戦う。わあわあ言いながら、鬼たちがバタバタと倒れていく。
 ほどなくして鬼たちは桃太郎たちに屈服した。高らかに桃太郎たちが勝利を宣言する。
「よし、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんと連れて帰るぞ。いいな」
「すみませんでした~」
 鬼たちが平伏する。
 それと同時に、舞台の袖からぞくぞくと老人たちが現れた。保護者たちがあっけに取られている。
 老人たちの正体は、友情出演してくれた園児の祖父母たちだ。中には連れ合いの遺影を掲げている祖父母もいる。
 このアイデアが出たとき、園児たちよりむしろ祖父母たちがノリノリだった。孫と一緒に舞台に立つのが心から嬉しかったらしい。しかも両親には秘密にするという約束を全員が守ったので、保護者からすれば思わぬサプライズとなった。
 舞台では孫と祖父母が抱き合っている。
 主人公が桃太郎ということ以外、どこにも桃太郎的な要素はない。
 けど、たまにはこんなお遊戯会も良いのかな、と腰をさすっている園長先生を横目で見ながら、ヒカリ先生は思った。
「園長先生来年もよろしくね」とヒカリ先生は心の中で思った。
(了)