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第9回「小説でもどうぞ」最優秀賞 マジ勇者/樺島ざくろ

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作文・エッセイ
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小説でもどうぞ
第9回結果発表
課 題

冒険

※応募数260編
「マジ勇者」樺島ざくろ
 冒険が終わりに近づいている。
 勇者と呼ばれるようになって一年余り。私にとっては長い旅だった。
 不器用で腰抜けで、我ながら勇者だなんて名前ばかりだった。敵に出くわせば怯えて逃げ出すし、木の実集めに熱中しすぎて日が暮れる。重たい剣には最後まで慣れなかったなぁ。矢の命中率は相変わらず致命的だし。
 こんな私をあなたは呆れて見ていたね。それでも新米勇者を見捨てずに、最後まで共に旅をしてくれた。
 ここまで来れたのが奇跡のようだ。魔王を前に、不思議なほど心静かにそう思い、ふっとこの一年が蘇る。
 小さなさびれた村を出て、初めて見た外の世界はどんなに鮮やかだったことか。バザールの喧騒、神秘的な天空の城、麗しい姫君。
 道に迷い、謎に翻弄され、宝を探し。そして数限りなく敵と対峙した。ときに砂漠や雪原の過酷な環境と戦いながらも、私たちは流れ星を探し、失われた泉を見つけ出し、ドラゴンを追いかけた。
 岸壁から見た、あの水平線の朝焼け。そして聖なる山の頂に吹いていた心地よい風を、私は忘れない。
 はじめはなにもかもが面倒で、旅に出るのさえ億劫だったのに。あなたは我慢強く私に戦い方を教え、旅を導いてくれた。あなたがいなければ、私はここに立つことなどできなかっただろう。
 ありがとう。感謝と万感の思いを込めて、私は金色(こんじき)の矢を番えた。
「行けえ、ばあちゃん! 魔王の弱点は額だ。額のど真ん中を狙うんだ!」
 孫の慎介の助言が今日もありがたい。
 私はコントローラーのボタンを押して金の弓を引きしぼると、魔王の眉間を狙った。金色の弓矢は、伝説の武器シリーズのひとつ。入手の難しいレアアイテムだ。
「ああ惜しい、外れた! でも大丈夫だよ、魔王の動きが一瞬止まるタイミングがあるから、それを待つんだ」
「うん、わかった」
 ゲームなんてしたことがなかった。一生することはないと思っていた。慎介がやろうやろうと誘ってくれても、コントローラーの操作は覚束ないし、目が疲れるだけで特におもしろいとは思えなかった。
 それなのに毎週のようにやってきてはしつこくゲーム指南をするものだから、付き合いのつもりで仕方なく始めたのだ。気がつくと、私は自分からスイッチを入れるようになっていた。
 現実では足腰は痛いし疲れやすいのに、軽々と絶壁をよじ登ることができるし、見上げるような怪物とだって互角に戦える。パラセールでの滑空は何度やっても胸が躍った。それに思わぬ場所で宝を見つけた嬉しさは、格別なのだ。
 冒険なんて無縁の人生だったのにねえ。まさか冒険が日課になるなんて。
 私はすっかりこの世界のとりこになった。
「よし! チャンスだ、ばあちゃん!」
 魔王の攻撃を交わして死角に逃げ込んでいた私に、慎介が声をかける。あわてて矢を放つが、タイミングが遅くて、なかなかダメージを与えることができない。
「ばあちゃん落ち着いて。矢がある限りは何度でも挑戦できるからね。あっ待って、金の矢はあと何本あんの?」
「えーっと、二百本くらいかね?」
「すっげえ! そんなに集めた人、見たことないよ」
 慎介が目を丸くする。
「ふふふ。ばあちゃんは自分が下手くそだってよく知ってるからね。この最後の戦いのために、しこたま貯めたんだよ」
 わずかな攻撃が積み重なり魔王の動きがようやく鈍ってきたのは、金の矢が半分に減った頃だった。
「今だ! さあ、ばあちゃん、世界を救うんだ!」
 私は魔王の前に躍り出ると、眉間めがけて思いっきり矢を放った。矢はまっすぐに飛んでいく。
「よし、命中だ!」
 急所を射抜かれた魔王は、断末魔の叫びを上げて黒い霧となって消えていった。それと同時に世界に光が戻っていく。
 ああ、やった。
 私がこの国に平和をもたらしたんだ。
 エンドロールに涙があふれる。振り向くと、慎介も泣いていた。
「やだね慎ちゃん。あなたまでなに泣いてんのよ」
「だってさあ。じいちゃんが死んでから、ばあちゃん、ずっとしょんぼりしてたじゃん。一時期、ご飯も食べられなかったじゃん。それなのにちゃんと復活してさ、ゲームもクリアしちゃうとかマジすげえよ! ばあちゃん、マジ勇者だわ!」
 慎ちゃん違うよ。あきらめずにずっと私に寄り添ってくれた、あんたこそがマジ勇者だよ。涙が止まったらそう言ってやろうと思う。
(了)