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W選考委員版「小説でもどうぞ」第1回 選外佳作 フリーク・シーン/木戸秋波留紀

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小説でもどうぞ
選外佳作
「フリーク・シーン」
木戸秋波留紀
 プレシオサウルスが打ち上げられていたのは、晴れた土曜日の午後一時過ぎだった。浜辺に岩が?と思って近づくと、恐竜だったのだ。プレシオサウルスは腕に抱えられるくらいの大きさで、目は閉じられていた。死んでいるのかなとしばらく眺めていたが、息はしているらしい。波は穏やかで、日の光が海面にきらきらと輝いている。おそらく子供で、近くに親がいるのではないかと思った。しかし、見えるのは何億年も前から波に削られている岩ばかりで、海に浮かぶ恐竜のシルエットは見えなかった。わたしはその小さい恐竜を抱え上げてみた。眠っているのか、疲れているのか、それとも死にかけているのか分からなかった。そのままわたしは海に入って、浅いところに座った。腰から下は海水に濡れて、ジーンズはぴったりと足に張り付く。プレシオサウルスをしばらく海水につけてみると、ゆっくりと目を開けて、ひれをじたばたと動かしはじめた。水の冷たさを思い出したようだった。わたしは初夏の日差しと、海からくる風を全身に受けながらどうしようかと考えていた。
 波辺には様々なものが流れ着く。流木や不思議な形の海藻、クルミ、ウニの殻、サメの卵。そして色とりどりのゴミたち。青いペットボトルやコーラの空き缶に混ざって、それはあった。黄色の布バケツは半分砂に埋もれていた。拾い上げて逆さまにすると、砂が流れ落ちた。わたしはその中に海水を入れて、そして恐竜を入れた。恐竜はやはり疲れているのか、ゆっくりとひれを動かしていた。重くなった布バケツを持ってわたしは堤防に佇んでいる自転車を目指した。
 布バケツの水がこぼれないように、自転車は押してアパートまで戻ることにした。途中人に恐竜を見られたが、声を掛けられることもなければ、二度見されることもなかった。アパートに着くと、わたしはすぐにバスタブの水を張り、ありったけの食塩をその中に入れた。そして恐竜をその中にそっと入れて、「薄くてごめんね」とつぶやいた。恐竜はまばたきを繰り返しながらバスタブの中を漂っていた。しばらくその様子を見つめていたが、自分もまた恐竜と同じように疲れていることに気が付いて、部屋に戻りベッドに倒れ込んだ。まだ冷房をつけるほど暑くはなっていない。
 二時間ぐらい眠っていたのだろうか、部屋に差し込む光は夕方の色をしていた。(実際に一七時を過ぎていた)恐竜は落ち着いて泳いでいたが、窮屈そうだった、かりそめの海で今は許してください、恐竜の目を見ながらわたしはそう思った。ユニットバスの電気をつけておこうか迷ったが、結局つけないことにした。わたしはアパートを出て、自転者でスーパーへ行く。夕暮れの中で、恐竜は何を食べるのか、自分は何を食べようか、考えていた。
 刺身はほとんどが三割引きだった。海にいる恐竜だから、魚を食べるだろうと思ったのかもしれない。恐竜がいるから刺身にしようと思ったのかもしれない。わたしはすぐにかつおの刺身とたたきを買い物かごに入れた。ツナ缶とかも食べるかなとかごに入れようとしたが、油っぽ過ぎると思って、戻した。その代わり、サバの水煮を入れた。自分には久しぶりに日本酒を買った。外に出ると、海風が吹いていて涼しかった。
 恐竜は眠っているらしく、首を背中の方に回して目を閉じていた。そんな風に寝るのか。わたしは恐竜を起こさないようにそっと台所へ行くと、刺身を慎重に切り分けて皿に丁寧に盛り付けた。そしてユニットバスへ向かうと恐竜をつついて起こした。恐竜はけだるげに目を開けた。はしでかつおをつまんで恐竜に与えると、恐竜は奪い取るように一口で食べてしまった。そして恐竜は次々に刺身を食べていった。わたしは面白くなりたたきも与えてみた。しばらく嚙んでいたが、吐き出してしまった。恐竜には焦げたところが嫌だったらしい。わたしは「ちょっと待ってね」と恐竜に言ってから、サバの水煮と日本酒を持ってくる。サバの水煮を缶の中で崩して恐竜の前に差し出すと、ものすごい勢いで食べ尽くしてしまった。バスタブの中を満足気に漂うプレシオサウルスを見ながら、わたしはカツオのたたきを肴に日本酒をちびちび飲んでいる。カツオのたたきは塩をかけるとおいしいのだそうだが、持っている塩は全てバスタブの中に入れてしまっていた。
 翌朝、もう一度海に行くことにした。お母さんが心配しているかもしれないと思ったからだ。バスタブの水を入れた布バケツに恐竜を入れて外に出る。自転車置き場まで行くと、隅の方に何かがうずくまっていた。小さいが、それは明らかに恐竜だった。スマートフォンで「恐竜 トサカ」と調べてみると、パラサウロロフスだと分かった。恐竜はわたしとプレシオサウルスの方を見ると、てくてく歩いてこちらへやって来た。今日は暑くなりそうだった。
(了)