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W選考委員版「小説でもどうぞ」第1回 佳作 約束/猫壁バリ

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作文・エッセイ
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小説でもどうぞ
「約束」猫壁バリ
 撃ち抜かれた。音楽に。
 中学のクラスメイトの中村さんが休み時間にイヤホンをしているから「何聴いてるの」と訊ねたら、中村さんはイヤホンを俺の耳に入れて「ロック」と答えた。その曲はザラザラしてギラギラして、歌声はしゃがれていた。とにかく全てが格好良かった。昔の英国のバンドらしい。その音は耳から俺の心を捕らえた。思わず「このCD貸して」と頼み、CDプレイヤーが家に無いことに気づいて「プレイヤーも」とお願いする。
「いいよ。うち、もう一つCDプレイヤー持ってるから」
 俺は早く放課後になれなれと思いながら授業をやり過ごし、下校しながらそのアルバムを聴いた。最高だった。自宅マンションに着いても家に入らず、階段に座り込んで繰り返し聴いて、母さんが俺の肩を叩いた時には陽がすっかり暮れていた。
 将来はロックミュージシャンになる。ロックミュージシャンになって、中村さんをライブに招待するのだ。俺の人生を導いてくれた恩人として。翌日そのことを中村さんに伝えると「楽しみにしてるね。その時まで、CDとプレイヤーは貸してあげる」と微笑んでくれた。ああ、音楽の女神ミューズ!
「ライブの時に、必ず返すから」
 こうして俺は、ロックという「運命」と出会った。
 俺にはギターが必要だった。父さんに頼み込んで、車の洗車を手伝う代わりに、リサイクルショップでエレキギターを買ってもらった。安物だけど、音は出る。ビャーン、ジャゴジャゴ、ジュワーム。「はじめてのエレキギター」なる教本を読み、中村さんのCDの曲をコピーし、他にもロックを聴きまくってコピーし、中学を卒業する頃には作曲も始めた。高校は中村さんと違う学校へ進学した。中村さんは頭が良かったし、俺はまるで勉強しなかったから当然だ。高校が違っても構わない。いつか俺のライブで再会できる。ライブをするために、バンドを組まなければ。
 高校に入学した俺は全学年の全クラスへ行き、ロックに興味がある生徒を探した。音楽好きを自称する同級生に俺が作った曲を聴かせたら「こんな泥臭い曲は今時流行らないよ」とか言ってたけど、そんな奴は無視。二年の先輩に小学生の頃からベースを弾いている人がいて話してみたら意気投合。「ロックはラブ&ピースだよな!」と大騒ぎしてバンドを組むこととなり、ドラムとボーカルもその人の紹介でメンバーに加わった。
 俺たちは練習に明け暮れた。俺の曲にメンバーの演奏が加わり、ボーカルが歌詞を乗せる。三曲を完成させた俺たちは、初ライブをおこなった。でも、中村さんには連絡しなかった。ライブは飲み屋の片隅にある小さなステージ。中村さんを呼ぶのは、何百人ものキャパシティがある大きなライブハウスで演奏する時だ。その後も俺たちは小規模のライブを重ね、いくつものオーディションを受けては落ち、高校を卒業してアルバイトで生計を立てるようになり、数年が経過し、そしてついにオーディションを勝ち抜いて大きなライブハウスで演奏する機会を得た。俺がロックと出会ってから、実に十年が経過していた。
 中村さんへ連絡しよう。そう思っていた矢先、ライブは開催中止となり、バンドも活動休止となった。戦争が始まったからだ。
 何年も前から開戦の兆候はあったらしいけど、俺や多くの人にとって、戦争の始まりは唐突だった。街の様子や社会が目まぐるしく変わった。これもまた運命との出会いなのだろうか。情報処理が追い付かない脳の端っこで、俺は思った。
 もし俺の街が攻撃されたら、中村さんにCDとプレイヤーを返すことはできなくなる。
 ゴワゴワした肌触りの迷彩服に身を包みながら、俺は空を見上げた。
(了)