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W選考委員版「小説でもどうぞ」第1回 佳作 真っ暗な箱/ミナミショウタ

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作文・エッセイ
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小説でもどうぞ
「真っ暗な箱」ミナミショウタ
 俺はひどく疲れている。
 ぼーっと自宅マンションのエレベーターの中で階数表示を眺めていた。ディスプレイには小さく23:57と時刻の表示がされてあった。きょうも午前様帰宅でマジ辛い。
 ここ何日も徹夜を重ねて作ったプレゼン資料は、部長から却下をくらった。俺は明朝までに資料の再提出を命じられ、確実に今夜も眠れない。不眠のせいで朦朧とした意識の俺は、気休めばかりにと大量の栄養ドリンクをコンビニで購入していた。
 階数表示が2から3、そして、3から4に変わった時に、突然エレベーター内が真っ暗になった。ヒューンという力が抜ける音が聞こえると、上昇していたエレベーターの動きが止まった。
 最悪や、停電や。
 よりによってこんな夜に。今夜は一刻も無駄にはできぬというのに。
 真っ暗な中、ポケットを弄るがお目当てのものがない。
 わちゃあ、スマホ会社に忘れとるやんけ。
 トラブルが重なるときは徹底的に重なる。俺はガクリと首を傾けた。
 静寂で真っ暗な箱の中で立ち尽くしていると、何か不可解な音が鳴っているのに気づいた。か弱いすすり泣きのような声がしている。
「怖い」
 女性のか細い声がはっきりと聞こえた。
 俺はエレベーターに一人で乗りこんだはずだ。あまりの疲れのせいで、誰かが乗ってきたことに気づかなかったのだろうか。
「暗くて怖い……」
 やはり女性の声がした。
「大丈夫、大丈夫。あなたはひとりじゃない」
「え? 誰かいるんですか?」
「あなたラッキーですね。俺がいればもう安心ってもんです」
 いや、これは俺にとってのラッキーである。エレベーターの停電という不幸に見舞われても、神は俺に運命的な出会いを与えてくれた。
「ねぇ、すごく怖いわ。わたしどうすればいいの?」
「心配しないで見ててごらん」
 俺は真っ暗な空中に手を差し出して、暗闇を引っ掻いた。
 すると、暗闇が破れ落ちて、太陽が燦々と輝く原野が見渡す限りに広がった。
 一気に明るみが広がると、横には美人な女性が立っていた。俺にとって、一目惚れするに充分な超好みのタイプの女性だった。
 俺は女性の手を取り、原野に飛び出した。
 季節は春頃か? 暖かい日差しの気持ち良さに意識を失いそうだ。木々の枝にはウソ鳥が一羽止まっている。たしか、不幸を嘘に変え、幸運をもたらす鳥といわれていたはずだ。今がまさにその状況じゃないか。
「何も見えない闇の中だからこそ、俺たちの想像力次第で何処にでも行けるんだよ」
 俺は普段じゃありえないキザな言葉をいう。女性は俺に羨望の眼差しを向けていた。
「素敵な原野。ここなら怖くないわ」
「だろう? さ、俺たちの出会いに祝杯でもあげようじゃないか」
 俺は彼女に小さな小瓶を渡した。
「これは?」
「シャンパンさ。少しぬるくなっちゃったけどね」
 俺と彼女はあたたかい草原の上に並んで腰を下ろした。
「俺たちの出会いに乾杯」
 俺たちは瓶を少し掲げて口に運んだ。
 美味しい。最高の女性とのどかな原野で飲むシャンパンは格別だった。
 恋と酔いのパワーなのか? 体から熱い力がみなぎってくる。
 俺は彼女とキスがしたくなった。
 すると、彼女は俺の肩に頭を寄せた。すかさず俺は彼女の肩に手を回す。
 彼女と目が合った。俺は彼女に顔を寄せようとした。
 カァーっ!
 突然、背後から金切り声が聞こえた。
 見ると、木の枝のカラスがこちらを見て鳴いていた。
「あれー? ウソじゃなかったの?」
「ウソは終わりだよ、バァカ」
 カラスがそういうと、地が激しく揺れて天に昇っていくような感覚がした。
 
 エレベーターは元通り電灯が灯り、階数表示が4から5へと変わった。時刻は0:00になっていた。
 再び上昇をはじめたエレベーター内には、空になった栄養ドリンクの瓶が二本落ちていた。
 彼女の姿はなかった。
「すべて妄想だったのか」
 俺はやはりひどく疲れているようだ。
 三分間の停電の間、俺は妄想に興じていたらしい。それにしてもリアルな体感だった。
 原野の草のあたたかみは尻に残っている。原野で彼女と飲んだシャンパンも美味しかった。しかし、実際に俺が飲んでいたシャンパンの正体は栄養ドリンクだったのだ。
 うん?
 俺はシャンパンの瓶を一本開けただけだ。なぜ、空になった栄養ドリンクが二本落ちているのだろう?
 階数表示が、俺が住むフロアの7になった。そして、エレベーターの扉が開いた。
 扉が開いた向こうには先ほどの原野が広がっていた。
 疲れている俺には眼前の原野がリアルなのか妄想なのかも判別がつかない。
「お帰りなさい」
 先ほどの女性が原野に立ち俺に微笑んだ。
「まったくもう! 明朝までにプレゼン資料を仕上げなくてはならないのに」
 といいつつ、俺は原野に足を踏み出していた。
(了)