第54回「小説でもどうぞ」落選供養作品


編集部選!
第54回落選供養作品
第54回落選供養作品
Koubo内SNS「つくログ」で募集した、第54回「小説でもどうぞ」に応募したけれど落選してしまった作品たち。そのなかから編集部が選んだ、埋もれさせるのは惜しい作品を大公開!
今回取り上げられなかった作品は「つくログ」で読めますので、ぜひ読みにきてくださいね。
【編集部より】
今回は亜麻布みゆさんの作品を選ばせていただきました!
若い親子連れが、とある雑居ビルに次々と吸い込まれていきます。その先に待っているのは「先生」。人の目を見てその人の才能が何であるかを言い当てられる先生だと評判で、訪れる人があとを絶ちません。
子どもの才能がある部分を伸ばしてあげたい親、連れてこられた子ども、見えた才能を淡々と伝える先生。雑居ビルの一室は、ときに明るい声が、ときに悲痛な嘆きが響きます。
読み終えたあとにタイトルの意味をかみ締めつつ、先生と「私」の続きがもう少し読みたい作品でもありました。
惜しくも入選には至りませんでしたが、ぜひ多くの人に読んでもらえたらと思います。また、つくログでは他の方の作品も読むことができますので、ぜひお越しくださいませ。
課 題
才能
亜麻布みゆ
その雑居ビルは古びた外観に似つかわしくないほどの若い親子連れで溢れていた。子どもの方は親にくるまれて時々泣いているか、よちよち歩きをしているか、明らかに退屈そうにあくびをしているかのどれかであった。感情を露わにしているのは大体親の方であった。
この雑居ビルに入ろうとする親はいかにも緊張した面持ちだった。そして出てきた親の表情はさまざまである。高揚感に溢れた顔、落胆した顔、腑抜けたような顔……そんな親たちの顔を、それぞれの子どもたちは不思議そうに見上げるのであった。
親たちが向かうのはこの雑居ビルの五階、そこには「先生」と呼ばれる男がいた。小さいながらも会社なので、私は「社長」と呼ぶべきなのだろうが、周りに合わせて先生と呼んでいた。先生だからといって、何かを教えるわけではない。先生は子どもを、じっと見つめる。それまで騒いだり泣いたりしていた子どもも、先生と目が合うと黙って不思議そうに目をみる。そうして、しばらく黙ってから、先生は静かに口を開く。
「あなたのお子さんは、音楽。特に弦楽器の才能があります」
小綺麗な母親はぱっと顔を輝かせた。
「ちょうど、バイオリンを習わせようとしていたんです、ありがとうございます」
そうして、「ばいおいん?」と声を上げる2歳ぐらいの男の子の手を引いて、部屋を後にした。
国際ピアノコンクール、バレエコンクール、ジュニアオリンピック出場者、の中には、幼児期に先生に見てもらった子が何人もいるそうだ。ジュニア体操の選手のお母さんに教えてもらったんですよ、と一人の母親は誇らしげに語った。
「そうですか、それはなによりです」
先生はにこりともせずに答えるのが常だった。先生は売り込もうという意識がまるでない。ここの広告の宣伝文句なんていくらでも作れそうなのに、私がそれを提案した時は首を強く横に振った。やがて私もそういったことが不要であることが次第にわかってきた。親たちの間で自然に先生の噂は広まっていく。
「そ……そんな適当なことを言わないでください」
ある時、一人の父親が、声を震わせた。
「見えるものをお伝えしているだけです」
「……この子は、どう生きればいいんですか?」
「お子さんが決めることです」
「こんな才能なんてあったら……」
父親は悔しそうに拳を握りしめた。
「パパ、おうちかえる」
愛らしい声が部屋に響いた。父親はハッとしたように「ああ、そうだな」と言い、子どもを抱きかかえながら、うなだれた様子で部屋を後にした。
私はその声が忘れられなくて、先生に訴えた。
「警察官として犯人を早く見つける将来もあるとか、色々言えることがあったはずです」
「それは俺の役割じゃない」
先生は誰もいない時、声が一段低くなる。
「そうですけど……」
「才能があるだけ、いいじゃねえか」
先生はそう言って、遠い目になった。
「俺には才能がない」
それが先生の口癖だった。初めて私が先生と会った時、すなわち面接の時からずっと、そう言っていた。幼い頃から、友達の才能ばかり見えてしまったらしい。それを口にすると、驚かれたり、喜ばれたりして、いつの間にか進学や就活の相談まで持ち込まれるようになった、と。
「だから、それを仕事にすることにした」
先生は、誇った様子もなく淡々と言った。
ここの費用は、かなりの高額だ。先生は儲けようと思ってそうしているわけではなく、高額にしなければ人で溢れてしまうからだ。それでも予約が途切れない。才能のない習い事をあれこれ続けさせるより、最初に先生に見てもらった方が安くつくのだと、親たちは口を揃える。時々、先生に礼を言いにくる親がいる。手紙やお礼の品々なども、この部屋に山ほど届く。しかし、先生はそのすべてを受け付けないように、私に言った。私の仕事の大半がこの礼を丁重に断ることだと言っても過言ではない。
「少しは受け取ったらどうですか?」
私は言ったが、「興味がないんだ」と返された。
そんな先生との、忘れられない出来事がある。
ある日、ふと思い立って「先生、私の才能も見てくれませんか」と口にした。断られるかと思ったけれど、「ああ」と短く答えた。先生と向かい合わせで座るのは、面接の時以来だった。
先生は「失礼」と言い、近づいて額に手を当て、私の重たい前髪をかきあげた。ぬるくて少し乾いている手だった。先生と目が合う。どこまでも吸い込まれていきそうな瞳を、初めて見たような気がした。先生は、何歳なのか。そして何者なのか。どれだけ働いても全くわからなかった。しばらくして先生は、ケラケラと少年のように笑い「やっぱりな」と言った。
「ない。才能が。俺と同じだ」
後にも先にも、先生が笑ったのは、その時だけだった。
確かに先生の瞳には、何も映っていなかった。
(了)