第7回「小説でもどうぞ」佳作 サルベージ/小玉朝子
第7回結果発表
課 題
写真
※応募数327編
「サルベージ」小玉朝子
復興を遂げた故郷の町並みは、すっかり変わっていて、馴染みの風景をほとんど探し出せない私を、通りすがりの旅人にしてしまう。
もう「ただいま」を言っても、誰も「おかえり」とは返してくれない。ここで育ったのが、嘘みたいだった。
友だちもバラバラになってしまった。あったはずの帰る場所を失うことの心細さは、子供の手から離された風船のようだ。どこへでも飛んでいってしまえるが、その実、自分では何もコントロールできない。ふわふわと風に流されるまま、一体どこへたどり着くのか、心許ないことこの上ない。
しばらく、流れる白い雲をぼんやり見ていた。きれいな空だ。つい写真を撮りたくなって、カバンに手が伸びる。そして、気づく。
仕事道具で相棒の大事なカメラを置いてきたことを。あきらめるよりない。少しだけ残念な気持ちを抱えて、私は約束の場所に向かうことにした。
「杉本さん。出てきてくれたんだ、たまげた」
私を呼び出した植田くんは、高校の同級生で、写真部の仲間だった。けれど、昔も今も親しくはない。紅茶をストレートで頼んだ。
「呼んだのは、植田くんでしょ」
名前を呼んだものの、下の名前は覚えていない。卒業名簿で確認してきたのに、また忘れてしまった。クリームソーダが来た。植田くんのだ。
「ご家族は、残念だったね」
まずは当たり障りのない世間話でもと考えていた私に、植田くんは容赦がないなと思ったが、仕方のないことだった。何度も繰り返し聞いた追悼の言葉は、とっくに常套句になっていて、今さら心を動かされることはない。
紅茶はポットで来た。「砂が落ちるまで待って下さい」と砂時計が置かれた。
「まぁ、私だけじゃないしね。植田くんのところは?」
全員、無事なのは知っていた。
うらやむ気持ちがないわけじゃないが、そんなモノを持っていると心の疲労を溜めるだけだと、もちろんとっくに、経験済みだった。
植田くんの言葉を、私の耳はわざと素通りさせる。毒々しいピンク色の砂が、音も立てずに落ちていくのを見ていた。彼が正確になんと言ったかは、どうでも良かった。
「ずっと、こっちにいたの?」
間がもたず、どうでもいいのに聞いてみる。
「ううん。戻ったのは最近」
「そう」
砂が落ちきったのを見届けて、ポットの紅茶を注ぐ。砂時計をひっくり返す。また落ち始める砂を見つめて、黙って紅茶をすすった。
「これを見て欲しいんだ」
ようやく、本題だ。植田くんはおそらく写真だっただろう紙切れを何枚もテーブルに並べた。反り返ったり、変色したりしていて、何が写っていたかは、ほとんどわからない。
「これじゃ、確認できないよ」
どうしてこれらが、私の家族写真だとわかるのだろうと、首を傾げた。植田くんはかつて写真だった紙切れを裏返す。薄くはなっているが、文字らしきものが読める。年月日と場所、懐かしい家族の名前。
「僕、フォトサルベージのボランティアをしてるんだ」
災害で損なわれた写真の修復をするのが、フォトサルベージ活動だ。私も誘われたことがある。植田くんの活動に対する語りが熱い。
「アイス、溶けるよ」
昔から写真を撮ることにも撮られることにも興味を示さなかった彼は、部でも浮いた存在だった。知らない誰かが写っている古い写真を集めては眺めることを好んだ変わり者。
「きれいになる?」
「ここまで劣化がひどいと無理かな」
わざわざ呼び出して、期待をさせておいて、何がしたいんだと私は不機嫌になった。二杯目の紅茶の渋さにかこつけて、思い切り嫌そうな表情を浮かべてやった。
アイスが溶けて混ざって、濁ったクリームソーダを慌てて飲みながら、植田くんは言う。
「写真ってさ、昔は撮られると魂が抜かれて早死にするって、迷信があったよね」
「撮るのに時間がかかったからでしょ。ポーズをとり続けるのに、疲れ果てた人が倒れたりしたから。それが?」
私の言葉を無視して、植田くんは続ける。
「鏡が霊道なのって、姿を写すからでさ。写真も同じかなって。魂が抜かれるんじゃなくて、宿るんじゃないかな。僕、杉本さんの写真とても好きだった。これも見つけた。写真撮りに、こっちに帰ってきてたんだなって」
植田くんが壊れたカメラを取り出した。私のカメラだ! てっきり家に置いてきたと。
家に? 私の帰るところ?
「魂が消えるって書いて、魂消る(たまげる)なんだって。向こうでもいい写真を撮ってね。楽しみにしてる。ご家族にも会えるといいね」
(了)
もう「ただいま」を言っても、誰も「おかえり」とは返してくれない。ここで育ったのが、嘘みたいだった。
友だちもバラバラになってしまった。あったはずの帰る場所を失うことの心細さは、子供の手から離された風船のようだ。どこへでも飛んでいってしまえるが、その実、自分では何もコントロールできない。ふわふわと風に流されるまま、一体どこへたどり着くのか、心許ないことこの上ない。
しばらく、流れる白い雲をぼんやり見ていた。きれいな空だ。つい写真を撮りたくなって、カバンに手が伸びる。そして、気づく。
仕事道具で相棒の大事なカメラを置いてきたことを。あきらめるよりない。少しだけ残念な気持ちを抱えて、私は約束の場所に向かうことにした。
「杉本さん。出てきてくれたんだ、たまげた」
私を呼び出した植田くんは、高校の同級生で、写真部の仲間だった。けれど、昔も今も親しくはない。紅茶をストレートで頼んだ。
「呼んだのは、植田くんでしょ」
名前を呼んだものの、下の名前は覚えていない。卒業名簿で確認してきたのに、また忘れてしまった。クリームソーダが来た。植田くんのだ。
「ご家族は、残念だったね」
まずは当たり障りのない世間話でもと考えていた私に、植田くんは容赦がないなと思ったが、仕方のないことだった。何度も繰り返し聞いた追悼の言葉は、とっくに常套句になっていて、今さら心を動かされることはない。
紅茶はポットで来た。「砂が落ちるまで待って下さい」と砂時計が置かれた。
「まぁ、私だけじゃないしね。植田くんのところは?」
全員、無事なのは知っていた。
うらやむ気持ちがないわけじゃないが、そんなモノを持っていると心の疲労を溜めるだけだと、もちろんとっくに、経験済みだった。
植田くんの言葉を、私の耳はわざと素通りさせる。毒々しいピンク色の砂が、音も立てずに落ちていくのを見ていた。彼が正確になんと言ったかは、どうでも良かった。
「ずっと、こっちにいたの?」
間がもたず、どうでもいいのに聞いてみる。
「ううん。戻ったのは最近」
「そう」
砂が落ちきったのを見届けて、ポットの紅茶を注ぐ。砂時計をひっくり返す。また落ち始める砂を見つめて、黙って紅茶をすすった。
「これを見て欲しいんだ」
ようやく、本題だ。植田くんはおそらく写真だっただろう紙切れを何枚もテーブルに並べた。反り返ったり、変色したりしていて、何が写っていたかは、ほとんどわからない。
「これじゃ、確認できないよ」
どうしてこれらが、私の家族写真だとわかるのだろうと、首を傾げた。植田くんはかつて写真だった紙切れを裏返す。薄くはなっているが、文字らしきものが読める。年月日と場所、懐かしい家族の名前。
「僕、フォトサルベージのボランティアをしてるんだ」
災害で損なわれた写真の修復をするのが、フォトサルベージ活動だ。私も誘われたことがある。植田くんの活動に対する語りが熱い。
「アイス、溶けるよ」
昔から写真を撮ることにも撮られることにも興味を示さなかった彼は、部でも浮いた存在だった。知らない誰かが写っている古い写真を集めては眺めることを好んだ変わり者。
「きれいになる?」
「ここまで劣化がひどいと無理かな」
わざわざ呼び出して、期待をさせておいて、何がしたいんだと私は不機嫌になった。二杯目の紅茶の渋さにかこつけて、思い切り嫌そうな表情を浮かべてやった。
アイスが溶けて混ざって、濁ったクリームソーダを慌てて飲みながら、植田くんは言う。
「写真ってさ、昔は撮られると魂が抜かれて早死にするって、迷信があったよね」
「撮るのに時間がかかったからでしょ。ポーズをとり続けるのに、疲れ果てた人が倒れたりしたから。それが?」
私の言葉を無視して、植田くんは続ける。
「鏡が霊道なのって、姿を写すからでさ。写真も同じかなって。魂が抜かれるんじゃなくて、宿るんじゃないかな。僕、杉本さんの写真とても好きだった。これも見つけた。写真撮りに、こっちに帰ってきてたんだなって」
植田くんが壊れたカメラを取り出した。私のカメラだ! てっきり家に置いてきたと。
家に? 私の帰るところ?
「魂が消えるって書いて、魂消る(たまげる)なんだって。向こうでもいい写真を撮ってね。楽しみにしてる。ご家族にも会えるといいね」
(了)