第7回「小説でもどうぞ」最優秀賞 同窓会フリマ/猫壁バリ
第7回結果発表
課 題
写真
※応募数327編
「同窓会フリマ」猫壁バリ
東京に出て五年、煮過ぎたもやしのようにクタクタな社会人となった僕のもとに、高校の同級生からメールが来た。同窓会をするという。大学進学を二浪した時点で友人との縁は微塵切りしており、同窓会なぞ謹んでご辞退申し上げるところだが、宮地さんが来るらしい。宮地さんは三年間同じクラスだった女子生徒で、僕は密かに恋心を寄せていた。心は寄せていたが物理的な距離は遠く、意識し過ぎるあまり彼女を避け、宮地さんを点A、僕を点Bとした時の線分ABの最大値を求め続ける日々であった。「同窓会で会っても仕方なかろう」僕の中の常識的な僕が言う。もう一人の非常識な僕が言う。「うるさいボケ」
こうして僕は同窓会へ馳せ参じた。同窓会の趣向は妙なもので、同級生で集まってフリーマーケットをするという。主催者曰く、上京した者の不用品が実家に残っている場合が多く、実家のスペースと両親の心を狭くし、ホコリとストレスが積もった結果、最悪の場合両親の熟年離婚に至るのだとか。大げさである。さりとて不用品は捨てたいし心なしか両親も不仲だとの声に応え、フリマが開かれる運びとなった。僕も実家の本棚から書籍を数冊持ってきている。会場となった公民館の一室はかなり混みあっていた。売りに出されている品も様々で、黄ばんだゲームボーイ、真偽不明の松坂大輔のサインボール、自作の曲を録音したMD、高齢の親が乗らなくなったホンダ・フィットを駐車場で売る者もいた。賑々しさは文化祭のそれである。
僕は書籍を並べた自分のブースにただ座っていた。二浪時代に一切の関わりが嫌になり携帯のアドレス帳を全消去した僕には、同級生との間に乗り越えがたい深淵があると思われた。しかし「よお草野」「草野じゃん久しぶり」「全然変わらんな草野」「この本面白そうー買うわ」とヒョイヒョイ深淵を飛び越えられ、いつの間にか僕も同窓会に溶け込んでいった。
気が付くと一人の女性が僕の書籍を手に取っていた。それはなんと、宮地さんであった。緊張のあまり甘酸っぱい記憶と共に酸っぱいものがこみ上げてくる心地がした。宮地さんは古いファンタジー小説の五巻セットを指して「これください」と言う。「それと、これも草野くんの本?」それは先ほど伊藤に売った新書だった。「伊藤くんがくれたの。これが本に挟まってて」宮地さんが取り出したのは一枚の写真だった。写真? 刹那、自分のアホさが思い出された。写真の中央で微笑むのは高校時代の宮地さんである。背後では、偶然写り込んだ僕が足を滑らせて尻モチをつかんとしている。写真部の小森が「お前無重力だぞ」と嬉々として渡してきた写真だった。宮地さんの照れた笑顔が可愛くて、でも親に見つかるのが恥ずかしくて、文庫本に挟んで隠していたのである。僕はその本を売ったらしい。自滅ここに極まる。
「これって自分が転んでる写真?」宮地さんが写真を指さす。「それとも私が笑ってる写真? 草野くんにとってはどっち?」「いや、その写真は…」自分の下心がルミノール反応のようにボワアと浮かび上がっている気がした。すると宮地さんは僕の肩を小突き、優しく微笑む。「連絡先交換しない? 高校の時から話してみたいと思ってたんだ」水を打ったような静寂、そして頭を打ったような衝撃。奇跡と呼ぶしかない。写真のおかげだ。あの日アホの僕が転んで、写真を撮られなければ起きなかった奇跡だ。
ふと見ると、宮地さんは写真を持っていない。「あれ、写真は?」「写真? 何のこと?」連絡先の交換は写真のおかげなのに、写真が無い。いや連絡先など交換していない。宮地さんもいない。僕の書籍が消え、同級生が消え、公民館が消え、そして視界から全てが消えた。
目を開くと、実家の自室だった。倒れていたらしい。部屋は荒れていた。過去問や書籍が散乱し、無残に破かれた模試結果シートは涙で濡れてみぞれ雪のごとく床に積もっている。そうだ。僕はまだ大学に進学できていない。今日は二浪目の大晦日。絶望的な模試の結果に我を忘れて暴れだし、書籍やらを壁に投げつけたあげく、赤本に足を滑らせて気絶したのだ。滑らぬための赤本ではないのか。
床に写真が落ちていた。高校生の宮地さんが微笑み、僕がコケている。先ほどの夢が思い出された。いつか本当に宮地さんと話すことがあるだろうか。「あれは妄想だ」常識的な僕が言う。現実を見ろ。写真も赤本も受験票も捨ててしまえ。
「うるさいボケ。オレにはいい未来が待っとるんじゃ!」
そう呟いて、僕は部屋を片付け始めた。
(了)
こうして僕は同窓会へ馳せ参じた。同窓会の趣向は妙なもので、同級生で集まってフリーマーケットをするという。主催者曰く、上京した者の不用品が実家に残っている場合が多く、実家のスペースと両親の心を狭くし、ホコリとストレスが積もった結果、最悪の場合両親の熟年離婚に至るのだとか。大げさである。さりとて不用品は捨てたいし心なしか両親も不仲だとの声に応え、フリマが開かれる運びとなった。僕も実家の本棚から書籍を数冊持ってきている。会場となった公民館の一室はかなり混みあっていた。売りに出されている品も様々で、黄ばんだゲームボーイ、真偽不明の松坂大輔のサインボール、自作の曲を録音したMD、高齢の親が乗らなくなったホンダ・フィットを駐車場で売る者もいた。賑々しさは文化祭のそれである。
僕は書籍を並べた自分のブースにただ座っていた。二浪時代に一切の関わりが嫌になり携帯のアドレス帳を全消去した僕には、同級生との間に乗り越えがたい深淵があると思われた。しかし「よお草野」「草野じゃん久しぶり」「全然変わらんな草野」「この本面白そうー買うわ」とヒョイヒョイ深淵を飛び越えられ、いつの間にか僕も同窓会に溶け込んでいった。
気が付くと一人の女性が僕の書籍を手に取っていた。それはなんと、宮地さんであった。緊張のあまり甘酸っぱい記憶と共に酸っぱいものがこみ上げてくる心地がした。宮地さんは古いファンタジー小説の五巻セットを指して「これください」と言う。「それと、これも草野くんの本?」それは先ほど伊藤に売った新書だった。「伊藤くんがくれたの。これが本に挟まってて」宮地さんが取り出したのは一枚の写真だった。写真? 刹那、自分のアホさが思い出された。写真の中央で微笑むのは高校時代の宮地さんである。背後では、偶然写り込んだ僕が足を滑らせて尻モチをつかんとしている。写真部の小森が「お前無重力だぞ」と嬉々として渡してきた写真だった。宮地さんの照れた笑顔が可愛くて、でも親に見つかるのが恥ずかしくて、文庫本に挟んで隠していたのである。僕はその本を売ったらしい。自滅ここに極まる。
「これって自分が転んでる写真?」宮地さんが写真を指さす。「それとも私が笑ってる写真? 草野くんにとってはどっち?」「いや、その写真は…」自分の下心がルミノール反応のようにボワアと浮かび上がっている気がした。すると宮地さんは僕の肩を小突き、優しく微笑む。「連絡先交換しない? 高校の時から話してみたいと思ってたんだ」水を打ったような静寂、そして頭を打ったような衝撃。奇跡と呼ぶしかない。写真のおかげだ。あの日アホの僕が転んで、写真を撮られなければ起きなかった奇跡だ。
ふと見ると、宮地さんは写真を持っていない。「あれ、写真は?」「写真? 何のこと?」連絡先の交換は写真のおかげなのに、写真が無い。いや連絡先など交換していない。宮地さんもいない。僕の書籍が消え、同級生が消え、公民館が消え、そして視界から全てが消えた。
目を開くと、実家の自室だった。倒れていたらしい。部屋は荒れていた。過去問や書籍が散乱し、無残に破かれた模試結果シートは涙で濡れてみぞれ雪のごとく床に積もっている。そうだ。僕はまだ大学に進学できていない。今日は二浪目の大晦日。絶望的な模試の結果に我を忘れて暴れだし、書籍やらを壁に投げつけたあげく、赤本に足を滑らせて気絶したのだ。滑らぬための赤本ではないのか。
床に写真が落ちていた。高校生の宮地さんが微笑み、僕がコケている。先ほどの夢が思い出された。いつか本当に宮地さんと話すことがあるだろうか。「あれは妄想だ」常識的な僕が言う。現実を見ろ。写真も赤本も受験票も捨ててしまえ。
「うるさいボケ。オレにはいい未来が待っとるんじゃ!」
そう呟いて、僕は部屋を片付け始めた。
(了)