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齊藤 想

#第34回どうぞ落選供養 400字原稿用紙5枚と思い込んで投稿してしまいました。手書き以外は2000字前後だったのですね。 スタッフの皆様にはご迷惑をおかけして申し訳ありません……。 <落選作> 『最終話』 齊藤想 現役プロデューサーは、ある種の感慨をもって会議室をを眺めていた。 国民的人気を誇った時代劇も、もうすぐ最終回を迎える。この国民的時代劇の最終回をどうまとめるのか。歴代のプロデューサーたちが会議室に呼ばれ、喧々諤々の議論を続けていた。 最初に口火を切ったのは、当番組の初代プロデューサーだ。定年退職して老人ホームで余生を過ごしていたが、この会議のために呼び出されたのだ。 初代は重々しく口を開く。 「最終回であるからには、熱心なファンからの疑問や質問に答える脚本としたい。それがファンへの礼儀であり、ドラマとしてあるべき姿だと思う」 ベテランの話は納得のいくものだった。さすがの観点だと、全員がうなずく。 「それで、うちの孫が聞くんだよ。なぜ、小柄なおじいちゃんが印籠を出しただけで、悪い人たちが土下座するのかって」 それを言ったらダメだろう。会議の流れが変な方向に進みそうになったので、現役プロデューサーが慌てて止めに入る。 「そこを考え出したら脚本はまとまりません。ファンは印籠のご威光に悪人がひれ伏す瞬間を楽しみにしているのですから」 「いや、そうとも言えぬぞ」 今度は四代目プロデューサーが発言する。 「ワシは印籠が見えない盲目の剣士を登場させたことがある。あの回は、放送後の反響がすごくてなあ」 反響と言っても悪評のほうだ。なにしろ、ご老公が印籠を出しているのに、悪人は「ワシにはそんなもの見えぬわ」と大暴れを続けて、主人公三人組を滅多打ちにしてしまうという伝説の回だ。 そもそも、四代目は国民的時代劇の視聴率を大幅に下げた戦犯だ。なぜ彼を会議に呼んだのだろうか。 続けて五代目が自信満々に立ち上がる。 「諸先輩方には申し訳ありませんが、いまの視聴者はもっとドライです。印籠に平伏する納得できる理由が必要です」 嫌な予感しかしない。五代目はお色気路線に舵を切り、僅かな新規ファンの獲得と引き換えに往年のファンを離れさせた、これまた戦犯のひとりだ。 「ご老公たちが”印籠に平伏すれば吉原に招待する”というビラを配っていたのはどうでしょう。ラストは歴代ヒロインが吉原に集まっての大宴会です」 長老たちが妙な盛り上がりを見せている。 「ほほほほ、それはいい」 「まさに目の保養ですなあ」 「もちろん衣装は露出が多めでのう」 現役プロデューサーは頭が痛くなってきた。時代錯誤もはなはだしい。コンプラ上の問題もありそうだ。その気配を悟ったのか、先代の女性プロデューサーが語気を荒げる。 「みなさん考えを改めてください。時代は変わったのです。これからのドラマは、世界同時配信を見据えないといけません。日本国内だけで勝負していてはダメなのです」 おおさすがだ。これは期待が持てる。 「まず主人公をトランスジェンダーのヴィーガンにします」 期待が瞬時にしぼんでいく。いったい彼女は何を言い出すのか。 「もちろん相棒の二人はボーイズ・ラブの関係にします。さらに越後屋もechigo-yaに改名して店主をアフリカ出身の黒人女性にします。これが多様性時代のドラマなのです」 もはや時代劇でもなんでもない。時代についていけない自分が悪いのか、それともこの会議室の空気が悪いのか。 そう迷っていたら、長老軍団が急に話を振ってきた。 「ところで、現役プロデューサーは印籠問題をどう解決するつもりなのかね」 現役はパニックになった。変な案ばかり聞かされてきて、思考がついていけない。 「そうですねえ。ご老公たち3人は、印籠を見せたら全てが解決する異世界に転生していたというのは、どうでしょうか」 会議室中の白い目が一斉に集まる。現役は空気に飲まれたことを悟った。もはや、この会議において発言権はないも同然だった。 このような調子で会議はダラダラと続き、ついに社長が立ち上がった。 「最終回をどうするかは、議論百出で決めがたい。よって時代劇は放送を延長して、最終回は来シーズン以降とする。なにしろ、国民的時代劇であるから中途半端な最終回は作れないからなあ」 社長の決断に、歴代のプロデューサーたちはほっと胸をなでおろした。 こうした理由で、某国民的時代劇はまれにみる長期シリーズになったという都市伝説がある。

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