月初はつくログが賑わっております。(^^) 1日でこんなに…読むも返信するもひと仕事ですね。まさにうれしい悲鳴。(笑)ではまず、落選供養から。よろしければ合掌してやってください。 #第37回どうぞ落選供養 「湯船から来た男」 そいつは湯船の中から突然現れた。銀色の半液状。そう、かの有名なSF映画の敵役にそっくりな感じ。映画では警官に変身した怖い奴だ。そいつは、のんびりした気分で湯船につかっていた僕の両足の間から、ニョロっとでも形容するしかない感じで現れ、たちまち人間の顔になった。どこかで見たことがある間抜け面だと思ったら、それはまるっきり僕の顔だった。 そいつが悠々と湯船から出て洗い場で仁王立ちするまで、僕はただ茫然と見ていた。 「風間健くん、こんばんは。驚かせて済まない」そいつは意外にも何の敵意も感じさせない親しみある声で、挨拶をした。僕にそっくりなのは顔だけで、声は全然違うと思ったが、よくよく考えたら、それは子供の頃、親が撮った動画の中で何度か聞いたことのある、僕の声だった。 「どなたですか?」間抜けな問いかけをした僕のうわずった声が、風呂場に響いた。 「私はT100。君がさっき思い浮かべたSF映画に敬意を表して名付けられた、液状型アンドロイドだ。これから君が要領悪く投げかける質問にいちいち答えていたのでは、時間が無駄になりそうだから、私から手短に説明しよう。面倒なので、一度で理解して欲しい。それから、そのままではきっとのぼせるから、君は洗い場に、私が湯船に入ろう。そう、場所の交代だ。これでいい。では始める」そいつは僕を洗い場に追いやり、自分は湯船の中に気持ちよさそうにつかると、続きを話し始めた。 「私は、遥か未来から来た。未来から来たアンドロイドなら高熱を帯びているか、もしくは、机の引き出しから出てくるはずだと、今、君は思ったね。それは思い込みだ。それに、私は猫型じゃない。君の子孫が、今の君のために送り込んだものでもないから、君を助けるための道具も貸さない。私の目的は観光だ。今、21世紀の日本がブームなのだ。私をこの時代のこの場所に送り込んだ主人は、私がここで体験することを、まるで自分が時間旅行をして体験したように感じることが出来る。残念ながら、私の時代の科学力をもってしても、人間がわが身で時間旅行をすることは出来ない。生身の身体では、時空間のゆがみに耐えられないからね。私が、湯船から出て来たことに他意はないが、ある理由で、私の主人がこの家を選んだのだ。そこはあまり深く考えないように。私は今から観光旅行に出かける。一週間くらいでここに戻る。その間、君は、いつも通りの生活を続けるように。そして、私のことは絶対に口外しないように。いいね、命に関わるよ。私は、出来れば君を傷つけたりしたくない。ああ、それから、一つだけお願いだ。君の服から靴まで、一揃い貸して欲しい。断るわけはないよね。だって、裸の君が外をうろつくと、困るのは君だからね。話は以上だ。質問は受け付けない」 全く手短に、すらすらと必要な話を終えると、そいつは湯船から出た。僕はそいつに追い出されるように風呂場を出て、言われたとおりに一揃いの服と、履き古したスニーカーをそいつに貸した。 「ありがとう。では、また」そいつはそう言い残すと、僕の部屋を出ていった。服と靴と言ったくせに、ソファの上に置きっぱなしにしていたデイバックも勝手に持って行った。 そいつが部屋を出ていってから、ようやく僕は身体が震えてきた。自分でも嫌になる程、反応の遅い頭と身体だ。どうしよう? 警察に言うか? 何て? 「銀色のアンドロイドが湯船から現れて、僕の服と靴とデイバックを持って行きました。観光旅行に行くから、一週間後には戻ってくると言って部屋を出ていきました。僕とそっくりに変身したアンドロイドです」これを警察に信じてもらえるほどには、僕の社会的地位は高くないし、財産もない。運よく応対した警官が優しければ、多少は憐れんで、どこかいい病院を紹介してくれるかも知れない。だめだ。言えない。それに、「口外すれば、命に関わる」みたいなことをあいつは言ったじゃないか。それは殺すという意味だ。相手は未来から来たアンドロイドだ。絶対逃げられない。流し台の下に液体窒素の買い置きなどあるわけないし、近所に溶鉱炉などもない。ならば、どうする? 「君は、いつも通りの生活を続けるように」そうだ、あいつの言うとおりにしよう。それがいい。誰にも言わず、いつも通りに過ごしていれば、きっとあいつは機嫌よく未来に帰るはずだ。帰る時に、ちょっと風呂場を貸してやればいい。それだけだ。それにしても、未来の科学文明はすごい。SF映画がそのまま実現しているなんて。 一週間後、そいつは約束通りに僕の部屋に現れた。僕は慌てて湯を張った。 「ありがとう。楽しかったよ。では未来に帰る」そいつは服を脱いで裸になると、さっさと風呂場に入った。僕はようやく安心した。 「未来はほんとにすごいな。君みたいなのが現れるなんて」 率直に驚きを伝えた僕にそいつは、湯船の中に消える直前、手短に答えた。 「すごいのは君だ。過去に来る時に一番注意しなければいけないのは、過去を変えて未来に悪影響が出てしまうことだ。特に過去に到着した瞬間が一番危ない。万一その空間に人間がいたら、その人間を殺してしまう。だから、運悪く当たって死んでしまっても、未来になんの影響も与えない人間の家を出口に選ぶのだ。でも、そんな条件に合致する人間は滅多にいない。だから、すごいのは君だ」
karai