幼なじみの誕生日を祝った翌日、彼の「存在自体」が消えていた…。残された私は、彼の行方を追い続ける。 #pixiv 小説企画「執筆応援プロジェクト〜帰ってきたあの人〜」参加作品です。 応募できましたー! #執筆応援PJ24Oct #再会 #非日常 #失踪 #大学生 #数字 https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=23358894
- 希家由見子
- 土筆
#第36回どうぞ落選供養 テーマはアート。絵画を音楽にしてほしいと頼む画家の話を考えていましたが、どうにもまとまらず……。結果的に、美術部に所属する二人の恋のすれ違いを書いた作品になりました。大きなミスはページ番号をちゃんとふれていなかったことで、作品としての反省は、少々詰め込みすぎたことです。これを機に供養します。 【水面】 夜の水面に月が浮かぶ。白く眩しく、けれど少しの水しぶきで簡単に壊れてしまうのも、わかっている。ここには僕しかいないのに、 「月が綺麗ですね」 なんてつぶやいてしまう。返事はない。わかっている。なのにあの人のことばかり考えてしまうのは、まるで呪いだ。 月の輪郭が歪んだ。小魚の姿がちらと見えた。いとも簡単に月を喰らい尽くそうとしているが、消えはしないのだ。太陽がある限り、反射する。僕は愚かにも自分の恋心を重ねた。あの人の面影が太陽で、月は心だ。時に歪んで形も変わる、曇って色も違くなる。けど、確かに在るのだ。と、思わされる。 一途でありたいと思った。あの人への僅かな恋心だけが、高鳴る鼓動が、熱くなる体温が、湧き上がる少しの欲望が、この世が所有する僕自身を意識させる。恋とは何?愛とは、誰かを思うとはどういうことなんだろう。問いかける度に、僕はあの日々を思い出す。 高校生になった春。慣れない校内で右往左往していた時、その先輩は話しかけてきた。美しく艷やかな髪と、うつむきがちな瞳、綺麗な所作、聞きやすい高さの声。 「あの……。美術部に入らない?」 正直なところ、入る気なんてさらさらなかった。芸術なんて、わからない。絵なんて巧く描けないし、科目選択でも選んでいない。けれど、先輩の不思議な魅力に引き込まれて、 「ええと、考えてみます」 と答えた。 驚いたように、ちょっと嬉しそうに、一瞬だけ先輩の瞳孔がぱっと見開いた。 「じゃあ、またね」 その微笑みを見て、僕に向かって小さくふる手を見た時、なぜだろう、儚い人だと思った。 僕は結局、美術部に入った。 一年生は僕だけだった。二年生はいなかった。三年生はあと二人いた。あの先輩は、中村彼方という名前で、絵がとても美しかった。風景画ばかり描く人だった。雨の日も、風の日も、桜の散った大木や、綿毛を送り出したたんぽぽもそのままに描いていた。幻想的な「現実」がそこにあった。 「どんな世界も景色も、愛したいから描くんだ」 と言った。 いつの間にか僕は、彼方先輩に恋心を寄せていた。美しい風景を見た時、真っ先に先輩が思い浮かんだ。どんな風景も彼方先輩と見れたら、とても美しいのだろうと考えた。愛及屋烏という四字熟語がよぎった。一人の時間が苦しかった。隣に先輩がいないのに、綺麗な景色はやっぱり綺麗だから、それを認めたくなくて葛藤した。 ある塾の帰りのこと。空は心地よく暗く、蒼く、満月だけが夜を飾った。星たちは、その光にひれ伏し、星座をつなごうとした線はすぐ途切れてしまう。熱を保った昼間の眩しさとは別の、冷ややかな月の目線に世界の全てが支配された。その幻想的な世界を、彼方先輩と見たいと思った。 放課後の美術室。 「昨日の満月、先輩と一緒に見たかったです。とても、綺麗だったから」 それが僕の精一杯の、最大限の、恋の告白だった。次の満月も、いや、満月じゃなくたっていい、十六夜でも三日月でも。 「そう、なんだ」 彼方先輩は、一度手を止めて反応してから、僕に一つの提案をした。 「もし私が、君の絵をを描いてみたいって、ずっと描いていたいって言ったらどうする?」 僕は混乱して、答えられなかった。 「ごめんね。やっぱりなんでもないや」 その声は悲しげで、儚さを纏い、美しかった。 それがあの人なりの告白であり、僕の告白の返事だったのだと、僕は後から知ることになる。考えうる限り最悪なかたちで。 彼方先輩が失踪した。原因は失恋らしいと風の噂で聞いて、戦慄した。僕じゃダメだったのかと、何度思ったことか。不幸は不幸を呼ぶようで、同じ頃、僕の祖母の入院が重なった。風邪をこじらせてしまったらしい。もう誰も見失いたくない、その一心で、僕は祖母のいる病院へ向かった。 祖母は案外元気だった。僕は少し、心配しすぎていたようだった。祖母は僕に、いろいろ昔の話をしてくれた。その時初めて、祖父のことを知った。厳格な画家だったのだという。「手先はこれ以上ないくらい器用なのに、けっこう不器用なとこもあってねあ。一生かけて君を描くよって、分かりづらいけど、あの人らしいプロポーズの言葉だったのよ」 「画家ってみんなそうなのかな」 「さあ。けれど、描きたいっていうのは、見ていたいって意味でもあると思うから、好きの証拠なのかもしれないわねえ」 先輩もそうだったのだろうか。僕は、先輩の思いを無下にしたのだろうか。もしも、僕らふたりとも、ストレートに伝えたい気持ちを言うことができたのなら。「好き」という言葉が本当じゃなかったとき、その罪を背負うだけの覚悟と大胆さがあればよかったのに。潔癖すぎて、正直でいようとしすぎて、わからなくなった。 あれから二年。祖母はあれからまもなく退院したが、ある日ころりと亡くなった。先輩は、あれっきり所在がわからない。僕はというと涙はとっくに枯れてしまった。世界は思ったより、綺麗じゃなかった。絵だけは描き続けようと思う。過去の強烈な光が影として今を捉え続ける限り。あの人のいない世界が嫌いだからこそ、あの人と僕のシルエットを描こう。魚はまだ、水面の月を乱していた。