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アガサ・クリスティー賞 その1

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作文・エッセイ
作家デビュー

傾向と対策を立てにくい新人賞

今回は、アガサ・クリスティー賞について論じる。

応募規定枚数は400字詰の原稿用紙換算で300~800枚だが、40字×30行もしくは30字×40行で印字する(このフォーマットを3枚と見なす)ので、A4で100枚~267枚という計算になる。

さて、アガサ・クリスティー賞ほど“傾向と対策”を立てにくい新人賞もない。それというのも受賞作の傾向がバラバラだからだ。

どこかのビッグ・タイトル新人賞の馬鹿な選考委員が「傾向と対策など立ててはいけない」などと、ふざけた戯言をほざいたが、真に受けたらいけない。

人間は「これは自分独自のアイディアだ」と思いつつ、実は、他に全く同じアイディアを思いつく人間が大勢いる。

「世の中に自分と瓜二つの人間が2人は存在する」と俗に言われるが、物語の発想に関しても同じである。

電話のような超画期的な発明でさえ、発明者と認定されたベルの他に、発明王エジソンなど、ほとんどタッチの差で思いついた人間が他に2人いたほどである。

“傾向と対策”を立てて過去の受賞作を研究しなければ、ほぼ間違いなく、どこかの新人賞の受賞作に酷似した作品を書いてしまう。

まあ、選考委員からしてみれば、“傾向と対策”を立てていない応募作は「あ、これは**賞の受賞作の**に酷似している」で、そこから先は読まずに落とす横着な選考が可能になって、楽に選考謝礼を手に入れることができる。そこで、純粋なアマチュアを誑かそうと「傾向と対策など立ててはいけない」と腹黒い発言をしたのだろうが。

「一般人が知り得ない」がキーポイント

さて、今回、取り上げるのは、第4回の受賞作『しだれ桜恋心中』(松浦千恵美。応募時のタイトルは『傀儡呪』)である。この受賞作は、手に取った瞬間「これは、時代劇ミステリーだな」と直感した。

カバー・デザインが、どう見ても吉原の花魁だったからだが、物の見事に裏切られた。時代劇でもなければ、ミステリーでもなかった。

現代劇でホラーである。「ホラーも広義のミステリーに含まれる」と強弁すれば言えないこともないのだろうが、そのくらいアガサ・クリスティー賞は応募要項に謳っている「広義のミステリー」の範囲が広い。

過去の、ミステリーから程遠い受賞作とも読み比べてみれば「アガサ・クリスティー賞はミステリーであるとないとを問わない。何でも有りのノンジャンルの新人賞である」と表現したほうが正鵠を射ている気がする。

さて、『しだれ桜恋心中』は、古典芸能の人形浄瑠璃文楽の世界で起きる怪奇事件ものである。文楽の世界が非常に詳しく描かれているので、これが最大の得点源になったことは疑問の余地がない。

新人賞は「他の人には思いつかない物語を書ける新人を発掘する」ことに主眼を置いて選考が行われる。文楽などは、劇場やテレビで見ることはあっても、舞台裏の人間関係、師弟関係などは知り得ない。

そこが詳細に書かれている点で『しだれ桜恋心中』は、高評価ができる。アガサ・クリスティー賞に限らず、どの新人賞を狙う場合でも「一般人が知り得ない」はグランプリを射止めるキーポイントになる。

新人賞でやってはいけない欠点

さて、『しだれ桜恋心中』には多々、やってはいけない欠点がある。それを箇条書きしていくので、新人賞を狙っているアマチュアは心に留めてほしい。

①登場人物一覧が、ない。『しだれ桜恋心中』は文楽の世界なので、登場人物は本名と芸名を持っている。

芸名は、一門で一文字を共通させる特徴があるので(落語家や歌舞伎役者の世界を考えてみれば、容易に想像できる)酷似した名前の人物が大勢、出てくる。

物覚えの悪い人だったら、誰が誰やら分からなくなることは確実。冒頭に登場人物一覧があれば、それで確認できるのだが。

応募作品数が多い新人賞で、大量に応募作を読まなければならない立場に置かれた一次選考の下読み選者だと腹を立てて読まずに落としかねない。

②章立てがない。『しだれ桜恋心中』は、奇怪な殺人事件が起き、それを捜査する刑事と、過去にカットバックして、その事件で殺されることになる被害者の文楽の人形遣いの若者のW主人公の構成である。

この過去と現在を行ったり来たりする手法は前回、取り上げた『到達不能極』(斉藤詠一)と同じだが、更にわかりにくい。章立てされていないからだ。

これは絶対に、過去と現在で章立てし、しかも、冒頭に目次を付けて、明確に分かるようにしておかなければならない。

要するに、読者(選考委員)に対して極めて不親切な書き方(物語構成)で、これも応募作品数の多い新人賞なら読まずに落とされかねない重大な欠点である。

③過去と現在、どっちの主人公もキャラが立っていない。これは、読めば誰でも分かる。他に登場人物のキャラが立った競合作があったら、確実に二次選考か、最終選考止まり。受賞できたのは運が良かった。

キャラが立っているのは唯一、カバー・デザインの花魁の人形の桔梗だけである。

プロフィール

若桜木虔(わかさき・けん) 昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センターで小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。

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