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新潮エンターテインメント大賞

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作文・エッセイ
作家デビュー

文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。

多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。

新潮エンターテインメント大賞

今回は二月二十八日が締切(消印有効)の新潮エンターテインメント大賞について述べることにする。一月末が締切の江戸川乱歩賞および小説現代長編新人賞、三月末が締切の小説すばる新人賞の狭間にあるし、賞金も少ないという理由でか、あるいは毎回、最終選考委員が交代する単独選考という選考方法のせいで敬遠されたのか、あまり傑作が出なかったが、衰退ぶりが著しい江戸川乱歩賞に比して徐々に受賞作のレベルが上がってきた。そういう点では難関になりつつあるのだが、新人賞を狙うアマチュアには参考になる受賞作が続いたので、その内の二作を取り上げる。


第六回受賞作の神田茜『女子芸人』(選考委員は三浦しをん)と第七回受賞作の水沢秋生『ゴールデンラッキービートルの伝説』(選考委員は恩田陸)は極めて好対照ながら、どちらも秀作と言える。まず『女子芸人』だが、著者が現役の女性講談師で、夫君が現役の落語家という経歴を頭に入れて読むと、取り上げられているエピソードが小説なのか、実話で随筆なのか、判然としない。登場人物全員が個性的でキャラが立っていて、全て実在のモデルをそのまま引き写したのではないか、とさえ思えてくる。随筆のように思えてしまう原因は、主人公の琴音の回想が頻繁に入る(つまり物語中のエピソードの時系列が乱れている)のが理由で、これは通常、選考時の減点対象となるから、新人賞を射止めようと志すアマチュアは、やってはいけない。そこを頭の隅に留めて読むこと。


しかし、おそらく一般読者として読む場合には、この欠点は、ほとんど気にならない。ぐいぐい腕力で作中世界に引きずり込まれていくからで、まさに「登場人物のキャラが巧いは七難隠す」の典型例と言える。いかに主人公と周囲の主要登場人物のキャラを立てるかが重要であるかの好見本。自分および身近に極端にキャラが立った人物が大勢いる場合には、その人々をモデルに〝随筆風の小説〟に仕上げれば良いわけで、どういう作品を書けばエンターテインメント系のビッグ・タイトル新人賞が狙えるかに頭を悩ませている人にとっては絶好のお手本となるだろう(但し、回想の多用による時系列の乱れはNG)。


随筆風に思いつくまま一気呵成に書き上げた、という雰囲気の『女子芸人』に対し『ゴールデン』のほうは物語の隅々まで緻密な計算と設計が行き届いた作品。登場人物は全員が某小学校の六年三組の生徒と担任で、六年生時代のエピソードと、およそ二十数年後の彼らのエピソードが錯綜する。六年生時代は明朝体で、二十数年後はゴシック体で印刷されているので、時系列の乱れによってストーリー展開が訳が分からなくなることはない。


主人公は羽吹潤平と津田陽太の男子二人と、水沢日菜という転校生の女子で〝その他〟の登場人物が八人ほど。この、その他の八人も視点人物として描かれるので、典型的な群像小説と言える。これだけ大勢の視点人物を登場させると、上限が五百枚という限られた枚数では九分九厘、大失敗する(登場人物のキャラを立てられない)のだが、『ゴールデン』は見事にその難点をクリアして、ミステリーでありながら青春感動物語でもある、という作品を組み立て上げる企てに成功している。エクセルのような表ソフトを上手く用いて縦軸と横軸に登場人物と時系列を配置し、綿密に創作設計図を作成したと思われる。


学園物など、必然的に大勢の登場人物が出てこざるを得ないエンターテインメントで新人賞を狙うアマチュアは、「どういう創作設計図を執筆前に制作したのか?」にチェック・ポイントを置いて、何度か『ゴールデン』を再読、三読、四読してみることを勧める。


また、『ゴールデン』は物語の主体が六年生時代にあって、その当時の様々なエピソードと謎(伏線)が二十数年を経て複雑に絡み合った末に一点に集約していく(伏線が閉じられる)という、かなり高度なミステリー手法が採られている。この場合、小学生たちの台詞回しや心理描写にリアリティがないと「こんなこと、あるわけがない」とシラケてしまうのだが、読んでいて「うん、確かに、こういう小学生は、少数派だけれど、いるだろうな。いても不思議じゃないよな」と感じさせる説得力がある。成人してから青少年時代を振り返って物語を書こうとすると、どうしても精神まで往時に戻ることができず、ついついリアリティに欠如したストーリーになりがちである。理由は、青少年の精神状態になりきれないために、作中の登場人物を作者の都合で操り人形のように動かしてしまうからで、そうなると「登場人物が生きていない=リアリティがない」という読後感になる。


そういった難点に挑戦している分だけ『ゴールデン』の登場人物のキャラ立ちは『女子芸人』と比較して若干は見劣りがするものの、大賞受賞に相応しいレベルに達している。


『女子芸人』と『ゴールデン』は、いずれも克明にメモを取りながら読む価値のある作品と言えるだろう。

若桜木先生が送り出した作家たち

小説現代長編新人賞

小島環(第9回)

仁志耕一郎(第7回)

田牧大和(第2回)

中路啓太(第1回奨励賞)

朝日時代小説大賞

仁志耕一郎(第4回)

平茂寛(第3回)

歴史群像大賞

山田剛(第17回佳作)

祝迫力(第20回佳作)

富士見新時代小説大賞

近藤五郎(第1回優秀賞)

電撃小説大賞

有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞)

『幽』怪談文学賞長編賞

風花千里(第9回佳作)

近藤五郎(第9回佳作)

藤原葉子(第4回佳作)

日本ミステリー文学大賞新人賞 石川渓月(第14回)
角川春樹小説賞

鳴神響一(第6回)

C★NOVELS大賞

松葉屋なつみ(第10回)

ゴールデン・エレファント賞

時武ぼたん(第4回)

わかたけまさこ(第3回特別賞)

日本文学館 自分史大賞 扇子忠(第4回)
その他の主な作家 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司
新人賞の最終候補に残った生徒 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞)

若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール

昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。

新潮エンターテインメント大賞(2013年3月号)

文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。

多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。

新潮エンターテインメント大賞

今回は二月二十八日が締切(消印有効)の新潮エンターテインメント大賞について述べることにする。一月末が締切の江戸川乱歩賞および小説現代長編新人賞、三月末が締切の小説すばる新人賞の狭間にあるし、賞金も少ないという理由でか、あるいは毎回、最終選考委員が交代する単独選考という選考方法のせいで敬遠されたのか、あまり傑作が出なかったが、衰退ぶりが著しい江戸川乱歩賞に比して徐々に受賞作のレベルが上がってきた。そういう点では難関になりつつあるのだが、新人賞を狙うアマチュアには参考になる受賞作が続いたので、その内の二作を取り上げる。


第六回受賞作の神田茜『女子芸人』(選考委員は三浦しをん)と第七回受賞作の水沢秋生『ゴールデンラッキービートルの伝説』(選考委員は恩田陸)は極めて好対照ながら、どちらも秀作と言える。まず『女子芸人』だが、著者が現役の女性講談師で、夫君が現役の落語家という経歴を頭に入れて読むと、取り上げられているエピソードが小説なのか、実話で随筆なのか、判然としない。登場人物全員が個性的でキャラが立っていて、全て実在のモデルをそのまま引き写したのではないか、とさえ思えてくる。随筆のように思えてしまう原因は、主人公の琴音の回想が頻繁に入る(つまり物語中のエピソードの時系列が乱れている)のが理由で、これは通常、選考時の減点対象となるから、新人賞を射止めようと志すアマチュアは、やってはいけない。そこを頭の隅に留めて読むこと。


しかし、おそらく一般読者として読む場合には、この欠点は、ほとんど気にならない。ぐいぐい腕力で作中世界に引きずり込まれていくからで、まさに「登場人物のキャラが巧いは七難隠す」の典型例と言える。いかに主人公と周囲の主要登場人物のキャラを立てるかが重要であるかの好見本。自分および身近に極端にキャラが立った人物が大勢いる場合には、その人々をモデルに〝随筆風の小説〟に仕上げれば良いわけで、どういう作品を書けばエンターテインメント系のビッグ・タイトル新人賞が狙えるかに頭を悩ませている人にとっては絶好のお手本となるだろう(但し、回想の多用による時系列の乱れはNG)。


随筆風に思いつくまま一気呵成に書き上げた、という雰囲気の『女子芸人』に対し『ゴールデン』のほうは物語の隅々まで緻密な計算と設計が行き届いた作品。登場人物は全員が某小学校の六年三組の生徒と担任で、六年生時代のエピソードと、およそ二十数年後の彼らのエピソードが錯綜する。六年生時代は明朝体で、二十数年後はゴシック体で印刷されているので、時系列の乱れによってストーリー展開が訳が分からなくなることはない。


主人公は羽吹潤平と津田陽太の男子二人と、水沢日菜という転校生の女子で〝その他〟の登場人物が八人ほど。この、その他の八人も視点人物として描かれるので、典型的な群像小説と言える。これだけ大勢の視点人物を登場させると、上限が五百枚という限られた枚数では九分九厘、大失敗する(登場人物のキャラを立てられない)のだが、『ゴールデン』は見事にその難点をクリアして、ミステリーでありながら青春感動物語でもある、という作品を組み立て上げる企てに成功している。エクセルのような表ソフトを上手く用いて縦軸と横軸に登場人物と時系列を配置し、綿密に創作設計図を作成したと思われる。


学園物など、必然的に大勢の登場人物が出てこざるを得ないエンターテインメントで新人賞を狙うアマチュアは、「どういう創作設計図を執筆前に制作したのか?」にチェック・ポイントを置いて、何度か『ゴールデン』を再読、三読、四読してみることを勧める。


また、『ゴールデン』は物語の主体が六年生時代にあって、その当時の様々なエピソードと謎(伏線)が二十数年を経て複雑に絡み合った末に一点に集約していく(伏線が閉じられる)という、かなり高度なミステリー手法が採られている。この場合、小学生たちの台詞回しや心理描写にリアリティがないと「こんなこと、あるわけがない」とシラケてしまうのだが、読んでいて「うん、確かに、こういう小学生は、少数派だけれど、いるだろうな。いても不思議じゃないよな」と感じさせる説得力がある。成人してから青少年時代を振り返って物語を書こうとすると、どうしても精神まで往時に戻ることができず、ついついリアリティに欠如したストーリーになりがちである。理由は、青少年の精神状態になりきれないために、作中の登場人物を作者の都合で操り人形のように動かしてしまうからで、そうなると「登場人物が生きていない=リアリティがない」という読後感になる。


そういった難点に挑戦している分だけ『ゴールデン』の登場人物のキャラ立ちは『女子芸人』と比較して若干は見劣りがするものの、大賞受賞に相応しいレベルに達している。


『女子芸人』と『ゴールデン』は、いずれも克明にメモを取りながら読む価値のある作品と言えるだろう。

若桜木先生が送り出した作家たち

小説現代長編新人賞

小島環(第9回)

仁志耕一郎(第7回)

田牧大和(第2回)

中路啓太(第1回奨励賞)

朝日時代小説大賞

仁志耕一郎(第4回)

平茂寛(第3回)

歴史群像大賞

山田剛(第17回佳作)

祝迫力(第20回佳作)

富士見新時代小説大賞

近藤五郎(第1回優秀賞)

電撃小説大賞

有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞)

『幽』怪談文学賞長編賞

風花千里(第9回佳作)

近藤五郎(第9回佳作)

藤原葉子(第4回佳作)

日本ミステリー文学大賞新人賞 石川渓月(第14回)
角川春樹小説賞

鳴神響一(第6回)

C★NOVELS大賞

松葉屋なつみ(第10回)

ゴールデン・エレファント賞

時武ぼたん(第4回)

わかたけまさこ(第3回特別賞)

日本文学館 自分史大賞 扇子忠(第4回)
その他の主な作家 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司
新人賞の最終候補に残った生徒 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞)

若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール

昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。