笑いを知れば、もっと小説は上手くなる①:笑いを小説にいかす
ここでは笑いの仕掛けを応用して小説に生かす方法と、笑いそのものを取り入れる方法を紹介します。
笑いそのものを入れて話にメリハリをつける
本記事は、笑える小説を書こうという趣旨ではありませんが、笑いそのものを入れることで得られる効用もあります。
たとえば、チェーンソーを持った狂人に追いまわされるといった緊張を強いられる小説があったとして、それが何十ページも続いたらさすがに疲れます。
そこで読者に一息つかせる。そういうときに笑いは最適で、緊張の中に笑いがあればメリハリがつくうえ、次の緊迫したシーンはさらに盛り上がります。
また、笑いとは別の要素と組み合わせて、涙なり深刻さなりを引き立てれば相乗効果が望めます。笑いは、笑いとは対極にあるものを生かすスパイスに最適です。
さらに言えば、笑える箇所があると、読者はもっと先を読みたいという気になります。読むための動力になります。
小説を読むという行為は面倒くさいもので、続けるためにはなんらかの動力が必要です。そのメインエンジンはこの先どう展開するのかという謎ですが、それだけではだめで、サブエンジンが必要です。その一つが笑いです。物語が停滞しかけたあたりに笑いを仕込むと、読者はずっと飽きずに読み続けられます。
面白い話の構成は口伝も文章も同じ
笑いを起こすためには話の順番が重要で、これは面白くするコツに通じます。
百田尚樹著『雑談力』(PHP新書)の中に、伊勢の漁労長に海女の苦労話を取材したときの話があります。
昔、すごく寒い冬があって、その年はなぜかアワビが全然獲れません。でも獲れないからといってあきらめていたら生活が成り立たないし、家族も飢えます。
ある日、一人の海女が息の続く限り深くもぐって、ついに海底に大きなアワビを見つけます。海女はそれをつかみましたが、そのとき、同時に別の手がそのアワビをつかみました。そしてお互いにアワビをつかんだまま海面に浮上し互いの顔を見たら、なんと二人は母娘でした――。
その話に感動した百田さんはカメラをまわしてもう一度語ってもらいます。
「ある寒い冬のことでした。二人の母娘の海女がいて」
百田さんは同書の中で、「もう全部ぶちこわしです」と書いています。
落ちなど話の急所はあとに残しておく。チラ見せしてもすべては見せない。こうしたテクニックは面白い話の鉄則ですから、大いに学ぶことができそうです。
笑いとはギャップ
笑い話が笑えるのは、きっとこうなるだろうという逆をつかれるからで、逆をつくためにはミスリード(勘違いさせること)が必要です。
このときの落差が大きければ大きいほど、意外などんでん返しになります。
笑いがスパイスとなった小説3選
笑いがもたらす小説の効用
笑いが生きた作例の一つ目は太宰治の『雀』。この中に友人と射的をやり、いつもは一発で仕留めるのにこの日は外してしまう、という場面があります。こんなとき、人はなんと言うでしょう。「『弘法も筆のあやまり』ってやつだ」でしょうか。太宰は主人公にこう言わせています。
「どうも東北人は、こんな時、猿も筆のあやまりなんて、おどけた軽い応酬が出来なくて困るよ。」
「猿も筆のあやまり」は、言うまでもなく「弘法も筆のあやまり」と「猿も木から落ちる」を合わせたものですが、お猿さんが書道をして漢字を間違い、「まさか俺としたことが」と驚いている図を想像すると笑えます。
小説としての効用は、ことわざをもじる機知がある人物であることと、「軽い応酬が出来なくて困るよ」と言いながら実はやっている二面性のある人物ということが示せること。笑いは、人物の性格の表現に活用できます。
二つ目は、伊坂幸太郎著『死神の精度』です。
この作品は死神が主人公の連作短編ですが、ところで、「雪男」とはどんなものだと思いますか。雪山にいるモンスターですね。
ところが、死神はそれがよくわからず、常々疑問に思っている。
そんなとき、ある女性に「雨男なんですね」と言われ、長年の疑問が解けます。そのときに出てくるのが以下のセリフ。
「雪男というのもそれか」(中略)
「何かするたびに、天気が雪になる男のことか?」
ハワイだろうと赤道直下だろうと、そいつが行くと雪になる……
そんなやついるか――っと笑ってしまいますが、こうした笑いがあると、がぜん読む気が増して、ページを繰る手が進みます。
三つ目は、米沢穂信著『インシテミル』。
同作には「時給――二〇百円」、つまり「時給11万2000円」と書かれた求人誌が出てきます。
おそらく、作者も似たような誤植を見かけ、実際に大笑いしたのではないでしょうか。
しかし、小説としての効用は笑いだけでなく、それが作中で使えたこと。笑い話は突飛であればあるほど、発想のもとになります。
笑いがスパイスとなった小説の好例はほかにも
『椿山課長の七日間』(浅田次郎著・朝日文庫)
『夫婦茶碗』(町田康著・新潮文庫)
※本記事は「公募ガイド2017年6月号」の記事を再掲載したものです。