若桜木虔先生による文学賞指南。「知ると読書が楽しくなる! 江戸時代の裏事情」
花を描いた浮世絵に着目する
これは、幕末から明治中期にかけて活躍した浮世絵師の、月岡芳年(天保十年(一八三九)~明治二十五年(一八九二)が描いた、『東京自慢十二ヶ月』の内の一枚『六月 入谷の朝顔』である。
江戸時代は平和だったこともあって、観賞用植物の品種改良が盛んであった(もちろん、稲の品種改良もあって、江戸時代末期の米の生産高は初期の倍近くにまで増大し、百姓の生活が豊かになっている)。
百姓が極貧生活に喘いでいて、自分で生産した米を食べることができなかった、などは真っ赤な大嘘(江戸時代がどれほど劣っていたかを、失政の誤魔化しのために庶民の頭に刷り込もうとした、明治政府のデッチ上げ洗脳)。
品評会が行われて、優秀なものは、とんでもない高額取引がされ、中でも、菊と朝顔が有名であった。
朝顔の品種改良を取り上げた時代小説には、梶よう子の松本清張賞受賞作『一朝の夢』がある。
菊だと、葛飾北斎(宝暦十年(一七六〇)~嘉永二年(一八四九)が描いた『菊図』が有名。
酒井抱一(宝暦十一年(一七六一)~文政十二年(一八二九)が描いた、『桐菊流水図』も、有名。
『画狂人』と言われた葛飾北斎の波瀾万丈の人生は周知のところだが、酒井抱一の人生も、なかなかのもの。
姫路十五万石の酒井雅楽頭家の次男に生まれ、長男で家督を継いだ兄の忠以に何かあった場合の保険(領主が跡継ぎなく死亡した場合には領地没収とか半減などの厳しい処分が幕府から下された)として、忠以が参勤交代で国元の姫路に戻る際には、江戸留守居(領主の正室と嫡男は、〝人質〟として江戸の上屋敷在住が義務づけられていた)として、嫡男の忠道が寛政二年(一七九〇)に生まれるまで、その都度、養子に立てられているほど。
また、諸大名は、待遇を良くするために幕閣(老中や若年寄)に賄賂を贈るのが常識だったが、姫路酒井家は、この時代の超人気画家であった抱一の絵を贈ることで経費の節減ができている。
こういった〝江戸時代の裏事情〟を頭に入れつつ時代小説を読むと、より深く楽しむことができる。
プロフィール
若桜木虔(わかさき・けん) 昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センターで小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。