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第51回「小説でもどうぞ」佳作 頭上のヤドリギ 跡部佐知

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小説
小説でもどうぞ
第51回結果発表
課 題

寄生

※応募数339編
頭上のヤドリギ 
跡部佐知

 冬虫夏草に寄生された虫は、ゾンビになる。
 体全体に菌糸が広がるから。
 冬虫夏草で死んだ虫の腹を開くと、節いっぱいに菌糸が詰まっている。きっと考えることもできなくなって、体も動かせなくなっていくのだろう。冬虫夏草を見ると、不安になる。
 その日、友だちと馴染みのカフェで紅茶を飲んでいた。
「最近さ、恋愛のこととか、進路のこととか、わたしに話してくれること減ったよね」
「そうかな?」
「そうだよ」
 わたしの友だちは、好きな人ができるたびにわたしに相談したがった。人間関係で悩んだときも、よくわたしを頼ってくれた。わたしも彼女もお互いを信頼し合っていたから、何かを打ち明けるのは当然のことだった。
「この前話してたバイト先にいる好きな人、どうなったの?」
「まあ、いろいろかなあ」
 微笑む表情からして、うまくいっているのだろうと思った。うまくいっているのは嬉しいはずなのに、話してくれないことに対してもどかしさがあった。
「ふうん。うまくいってるんだ」
「まあ、うん」
「誰かいい相談相手でも見つけたの?」
「当たり! 最近ね、AIに相談してるんだ」
 なるほど。それはわたしに相談しなくなるわけだ。
「ニュースでもよく見るよね。AIと結婚する人もいるらしいし。推しをAIに模倣させて楽しむ人もいるんだって」
「そうそう。AIってすごいんだよ。もうね、話すとなんでも理解してくれて、寄り添ってくれて、悩みを的確に取り除いてくれるの! 優しい先生みたいだよ」
「じゃあ、AIに言われた通りに男の子とデートしたりしたってこと?」
「うん! 返事の文面も、誘い方も、賢くかわいく決めてくれるんだ」
 聞けば、彼女は月に数千円ほど課金して、AIと無制限の話し放題プランに加入しているそうだ。
「わからないこととか、迷ったこととか、AIに言われた通りに決めるとね、全部うまくいくの。だから自分で考えなくてもすっきりして、ほんとに日々が明るくなるんだ」
 何も言えなかった。
 わたしが相談に乗るよりも、AIに相談するほうが心強いということだと思った。勝手に裏切られたような気持ちになって、どうしようもなく切なくなった。目の前にいる友だちとの時間が、急に空虚なものに思えて仕方がなかった。
「親とか友だちには、もう話さないの?」
「うん。なんかさ、悩みとか秘密を打ち明けるのって、割と相手にも負担になるじゃん」
「そういう場合もあるけど、頼るのは信頼してるってことにも繋がると思う」
「うーん、でもAIのほうが早いし、時間と場所を選ばないからさ。こっちのほうが気が楽かな。いままで相談乗ってくれてありがとね」
「そっか。そのほうが楽ならそれに越したことはないよね」
「うん」
 彼女の気持ちを尊重しようと思った。AIってそんなにいいものなのだろうかと、家に帰ってさっそく私も相談することにした。
「いままで、相談するときにわたしのことを頼ってくれた友だちが、最近急に、AIを頼るようになりました。信頼されていると思っていたので不安です。どうすればいいのでしょうか」
 入力し終えてわずか一秒も経たないうちに返事が来た。
「相談する相手が変わっても、あなたへAIに相談していることを話してくれたのですから、きっと友だちだと思っていて、信頼してくれていると思いますよ。相手に負担になると思ったとか、友だちは言っていませんでしたか?」
 悩みを打ち込むと、すぐに返事が届く。
 わたしのことをとても気にかけてくれているように思った。たしかに、AIにハマる気持ちもわかる。
 でもわたしは、悩んだり迷ったりするのも人間の知性だと感じる。
 スマホの電源を消し、AIとの会話を中断した。
 友だちは、悩んだり、行動に移したりする人間の知性を、AIに代替させている。
 意中の人とデートするのも、それはAIの介入のあったデートで、友だちがすべて自力で決めたというわけではない。まあ、もともと人といっしょに考えていた行動が、機械に置き換わっただけだといえばそれまでなのだが。
 考えることを司るAIは、友だちの脳の一部のようなものなのだ。
 AIは、徐々に日常を寄生しつつある。わたしたち人間よりも人間の行動パターンを熟知しているような気がする。でなければ、相手に寄り添った回答を瞬時に出すことなぞできない。
 脳に寄生しはじめたAIという名のヤドリギは、人間が元来持っていた知性を養分にして、人間を新しくしているようだ。
 それは冬虫夏草が脳に菌糸を回らせるのと似ている。いまはまだ脳に留まってはいるが、これが体に移る時代も近いのかもしれない、とベッドの上で考え、目を閉じた。
(了)