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第51回「小説でもどうぞ」選外佳作 パラサイト・シスター 十六夜博士

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小説
小説でもどうぞ
第51回結果発表
課 題

寄生

※応募数339編
選外佳作 

パラサイト・シスター 
十六夜博士

 家の近くのファミレスで、なんか落ち着かん気持ちのまま、オレンジジュースをチューチューすすってたら、「アヤカ、お待たせ」って、隣に住んでるチャコねえがドンッと目の前に座った。
 チャコねえは「なんや、冴えへん顔してるやん」と第一声を上げると、横を通りかかったウェイトレスに向かって、「生ビール」と人差し指をピッと立てた。
「暑うてかなわんわ。仕事終わりはやっぱビールやな」と微笑んで、「あと二年したら、アヤカにもビールの味、教えたるわ」と続けた。
「ビール、舐めたことあるけど、めっちゃ苦いやん。なんで大人はあんなもん嬉しそうに飲むんか、ようわからん」
「それが大人の味っちゅうもんや。オムツしてるアヤカにはまだ早いわ」
「してへんし!」
 ほっぺを膨らましてたら、ウェイトレスさんがチャコねえの前に、ビール置いてった。チャコねえはすかさずグビグビ飲んで、半分以上飲んだとこで、「ああっ、生き返るわ」と息をついた。
「で、相談ってなんや?」グイッと顔を乗り出してきた。
 チャコねえは、うちの隣に住んでて、血の繋がりは全然ない。でも、うちが生まれてから十八年、なんやかんやでいろいろ相談してきた気がする。特にうちの両親が交通事故で亡くなった八年前からは……。
 あの時の記憶は、なんでか曖昧。心の整理がつかんままいろんなことが進んでって、気づいたら、大きくも小さくもない、綺麗やけどなんか縁起悪そうな、あらゆることが中途半端な箱に、二人して入っていた。たぶん、思い出したくないから、記憶を封印してるんかなと思う。ずっと抱きしめてくれてたチャコねえのぬくもりと、涙も見せんと棺を見つめてた、にいにの顔だけが記憶に残ってる。
「大学、どうしよかなって思ってて。就職した方がええんかなって」
 うちは話を切り出した。
「なんでや。アヤカ、勉強できるやん。学費気にしてるん? 国立行ったら安いやろ」
「今は国立でも高い。年で六十万近くかかるし」
「マジか。シュンにいは? 相談したん?」
「してへん」
「なんでよ?」
「せやから、今相談してるん」
「なるほど」
「大学行きたいって言うたら、学費なんか俺が稼ぐから気にすんなって、絶対言うと思う。私学でもどこでも行ったれって言うやろ、シュンにいなら」
 シュンにいは、両親が亡くなった時、ちょうど二十歳やった。頼れる親戚もおらんかったから、生活のために大学辞めて、二人きりの生活を支えてくれた。うちを育ててくれたって言ってもいい。チャコねえの両親にもようしてもらった。隣が優しい人らでほんま助かったと思ってる。シュンにいは給料安い言うて、夜はバイトまでして、この八年ずっと働き詰め。結構イケメンやと思うけど、彼女はおらん。高校卒業のタイミングで、うちも働くかと悩んでるのだ。
「なんか、自分が寄生虫みたいに思えてくる」
「寄生虫!?」
「そう。シュンにいの人生に寄生して、幸せ奪ってる気ぃする」
「アホか。考えすぎや」とチャコねえはビールをグビッと飲んだ。
「でもな、まだ寄生しとき。恩返しは大学出てからでもできるし、アヤカもバイトしたらええねん。アヤカの可能性が潰れることが、シュンにとって一番の苦痛や。それに、寄生虫かて、なんか役に立ってるんちゃう? そうでなかったら、寄生なんて続けられへんやろ」
「……せやな」
 寄生虫の例、悪かったかな――。納得はできへんけど、理屈は通ってるような気もするし、完全否定できなかった。なんか妙な気持ちになって、オレンジジュースをストローでくるくるかき混ぜた。
「じゃあ、もうひとつ相談」
 話題を変えた。
「シュンにいに、ええ人紹介してあげて。同級生のチャコねえなら、好みとかもわかるやろ?」
「なんでそんな心配してんの?」
「シュンにいは、絶対モテる。でも彼女おらん。これは間違いなく働きすぎや。そろそろ自分のこと考えてほしい。幸せになってほしい。そうでなかったら、どうしてもあたしのせいやと思ってしまうし、また寄生虫やって感じてしまう」
「また、寄生虫かい」とチャコねえは、苦笑いした。

 こんな日が来るなんて、思いもよらんかった。両親が亡くなったこともそうやけど、今日みたいな日が来るなんて。
 チャコねえの控え室にお邪魔したら、チャコねえは純白のウェディングドレス着てて、ビールが似合わへん別人みたいやった。
「綺麗……」ため息が出た。
 うちに気づくと、「なんか居心地悪いわ」ってチャコねえは照れた。
「ミイラ取りがミイラになった」と茶化すと、「ほんまや。恥ずかしいわ」ってチャコねえはおどけた。
 シュンにいに彼女候補を紹介してるうちに、チャコねえとシュンにいが結ばれてしまった。うちとしてはびっくりやけど、チャコねえが親戚になるなんて、最高やと思った。
「寄生虫も役に立つんやな」
(えっ!?)
 チャコねえが、ニヤッと笑った。
「昔、アヤカ、自分のこと寄生虫って言うてたやん」
 それは覚えてるし、今でもちょっと思ってる。
「シュンに惚れたんは、顔がええとかちゃう。アヤカを想う気持ちを知れば知るほど、こいつ最高やなって惚れてしもたんや」
 チャコねえの頬がちょっと赤い。照れ隠しか、窓の外に顔を向けた。
「寄生虫がおって良かったんや、シュンは。こんな別品と結婚できるんやもん」
 いろんなもんが胸に押し寄せてきて、息が詰まる。
「……うん」と頷いたら、ベルベットの床に涙がポトリと落ちた。
(了)