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第51回「小説でもどうぞ」選外佳作 冷蔵庫の中身を論理的に考えた結果 桝田耕司

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小説
小説でもどうぞ
第51回結果発表
課 題

寄生

※応募数339編
選外佳作 

冷蔵庫の中身を論理的に考えた結果 
桝田耕司

「引っ越しをして、一か月か。そろそろ俺が世話を焼いてやるかな」
 頼まれなくても押しかけるのが、親友というものだ。彼が喜べば、俺も嬉しい。ウインウインの関係だ。
「……まぁ、うん。入れ」
 予想外の渋顔だ。先に連絡をすればよかった。
 俺の知識を総動員すれば、招き入れてよかったと、涙を流すだろう。建物をチェックしながら階段を上る。一度下に降りてから、エレベーターの動きを確認した。
「オートロック、監視カメラ、モニター付きインターホン、セキュリティーは悪くない。エレベーターは外国製だな。悪天候の際には使うべきじゃない」
「まぁ……それなりの値段だからな」
 ぶっきらぼうなのは、照れ隠しと受け取っておく。次は、内観を分析する。
「日当たり良好、五階だから不審者も侵入しにくい。いい条件だ。収納は少なめだが、男ならストレスを感じない程度かな。風呂とトイレは平均的か。キッチンは狭いが、まぁ、料理下手の男なら問題はないだろう。テレビがないのは最近の傾向か。スマホがあればいいというのは、個人主義の極みということだな」
 ソファーに並んで座る彼女がいない。親友とよべる存在は俺くらいだろう。
「お前と違って、忙しいからな」
 あぁ、言えば、こういう。忌憚なく議論を尽くせるのが、親友の条件だ。
「俺の頭は、常にフル回転だ。論理的に考えたら、一番の働き者と言えるのではないかな」
「それで、なんのようだ?」
「まぁ、まぁ、そう焦るな。俺には誰にも負けない知識がある。引っ越し経験も豊富だ。生活の質を上げるための一助となってあげようではないか」
「それで? いちゃもんをつけにきただけなのか」
 言葉にトゲがある。鋭い指摘をされたことに腹が立っているようだ。1LDKのマンションは、彼の給料で借りることができる限界なのだろう。
 悩んで、悩んで、悩み抜き、妥協を繰り返した結果であるなら、駅へのアクセスが悪いことや、バス亭の中間点という指摘はしないほうがいい。
 グー。
 腹の音で返事をし、次のアドバイスへ移る。
「この冷蔵庫は、新品なのか。日本メーカーを選ぶ当たりが通だな」
「まぁな。火事とか怖いし、長持ちしそうな気がする」
「安物買いの銭失い。損して得を取れ。ことわざ通りに動いたということか」
 時々は褒める。飴とアドバイスを使い分けるのが、言語のプロたるゆえんだ。
「ちゃんと比較したぞ。電気代も安い」
「ふむ。君が理論派か否かは、中身で判断しようではないか」
 料理しているか否かを判断してやろう。論理的に節約するなら、自炊の一択になる。
「高級プリンはやらんぞ」
「定番ネタには従っておこう。まずは野菜室だ」
 引き出しを開けて、肩をすくめる。
「最大の問題は、半分ずつしか残っていないパプリカだな。合計で一個分しか使わないのに、なぜ赤色と黄色を買ったんだ。色彩のバランスか? それとも、味の違いを考慮したのかな?」
「傷む前に使えばいいだろ。赤だけだと、何か物足りないんだ」
「つまり、君は『物足りなさ』という曖昧な感覚に基づいて選択した。ロジカルなようでいて、実は感情に支配されている。遠回しに言えば、君は『見栄』をはるタイプということになる」
 常に理論を優先する俺との違いだ。お互いの欠点を補うことで生活が豊かになる。相性は悪くないということだ。
「だったら、お前はどうなんだよ」
「俺ならブロッコリーを欠くという失態はおかさない。『特定野菜』から『指定野菜』に格上げされたという話題だけでも、三十分は語り合うことができる。タンパク質が豊富だから、筋トレだけでなく、高齢者にも有用だ。また鮮やかな緑色は精神に安らぎをもたらす。独特の食感も好きな人間にはたまらないだろ。選ぶ理由が何重にもある最高の野菜だ」
 ぐうの音も出ない親友を鼻で笑い、観音ドアを開く。
「やれやれ。本当に料理をしているのかね。チルド室の充実具合から推測するに、冷凍室にも加工食品が詰め込まれているのだろうな」
 調味料は少ない。無駄を省いたというよりも、レパートリーが少ないのだろう。
 ハムの賞味期限が迫っている。買い物は上手ではないようだ。加工食品は、そのつど買ったほうがいい。うまくいけば、値引きシール商品もゲットできる。
 冷凍室には、電子レンジ商品が詰まっていた。俺が大好きなアイスクリームはない。
「やはり、俺の見立ては正しかったな。塩分の取りすぎには気をつけるように」
 ドヤ顔を披露する。
「それで、お前の冷蔵庫には何が入っているんだ」
「……空だ。冷蔵庫の中身を論理的に考えた結果、今週は君の家で食べるのが、最も効率的だと判断したということになる」
「……つまり、財布の中も、空ということか」
「遠回しに言えば、君のほうが豊かな生活を送っているということだ」
 フッと息をはき、ニヒルに笑う。
「論理的に考えて、お前のような人間をなんて言うか、知っているか?」
「ズバリ、清貧なる哲学者といったところだな」
「黙れ、この寄生虫が!」
「頼む。一週間でいい。食べさせてくれ」
 床に頭を擦り付ける。
「これで三回目だぞ。出て行け! 二度とくるな!」
(了)