第51回「小説でもどうぞ」選外佳作 To my brother 金森最中


第51回結果発表
課 題
寄生
※応募数339編
選外佳作
To my brother 金森最中
To my brother 金森最中
「そいつ」は、突然ぼくの家に入ってきた。入ってきたというよりもまるで最初からいたかのようだ。ぼくには「そいつ」が見えない。「そいつ」には名前すらないのだ。
お母さんは「そいつ」を昔から知っているらしい。朝起きると、お母さんはぼくよりも先に「そいつ」におはようとあいさつをする。ぼくにもあいさつをしなさいと言ってくるけれど、ぼくは顔も見えないようなやつにあいさつはしない。お母さんと「そいつ」がおしゃべりをしながら朝ごはんを食べるので、ぼくは仕方なく、自分の部屋に戻って、一人で食事をする。ぼくに対しては、食事をしながら会話をしてはいけません、とうるさく言うくせに。
ぼくには見えないので、お母さんにいろいろと質問してみた。「そいつ」の身長、体重、体重、性格、どんなことが好きなのか、どうして「そいつ」は見えないのか。
「そんなに気になるなら、直接聞いてみたら?」とお母さんが言った。
ぼくは勇気を出して、「そいつ」と向き合った。と言っても、そこにはただお母さんが一人でいるだけで、やっぱり「そいつ」の姿は見えない。
「おまえは誰なんだ? どうやってうちに入ってきた? そもそも、おまえは人間なのか?」
ぼくは自分の声がうわずっているのを感じた。
しばらく「そいつ」からの応答を待ったけれど、何も答えない。本当に存在しているのだろうか。お母さんがおかしくなって、存在しないものが見るようになったのでは、とぼくは考えた。それを証明するかのように、ぼくが「そいつ」に無視されているのに、お母さんも「そいつ」みたいに静かになったと思ったら、急に吹き出して、くすくすと笑ったりする。いったいどうしてしまったのだろう。なんだか怖くなって、その日はもう「そいつ」と話す気にはなれなかった。
また別の日、ぼくは「そいつ」の正体を確かめる方法を思いついた。ぼくが思うに、「そいつ」は幽霊だ。昨日のテレビ番組で、幽霊について解説していた。人によって、見えたり見えなかったりするのに、写真にはちゃっかり写ったりするらしい。これを真似して、「そいつ」を写真にとってやればいいのだ。その写真をお母さんやお父さん、ほかの大人に見せて、うちに幽霊がいることがわかれば、昨日の番組みたいに退治してくれるかもれしれない。
それに、ぼくは幽霊が怖くない。学校の友達は幽霊がいるとかいないとか、躍起になって話しているけど、どうして死んだ人が見えたら怖いのか、ぼくにはわからない。ぼくが小さいときに死んでしまったおじいちゃんと猫のぴー助に、今でも会いたいと思っている。昨日のテレビ番組では猫の幽霊はでてこなかったけれど、人間と猫とで、なんの違いがあるのだろう。どちらかといえば、ぴー助に会いたい。また、あのふさふさの毛に触れたい。
「そいつ」の写真を撮るために、お父さんが仕事で使っているカメラを持ち出した。ぼくがもっと大きくなった時に、このカメラをくれるとお父さんは言っていた。普段なら、カメラを持つことすらお父さんは許してくれないけれど、しばらく仕事で帰ってこないので、簡単にお父さんの部屋から持ってくることができた。しかし、ここでぼくは肝心なことを忘れていたのに気がついた。目に見えない「そいつ」に、どうやってカメラを向けたらいいのだろう。昨日の番組の幽霊写真は、どうやって撮ったのだろうか。
ぼくが首からカメラを下げて悩んでいると、早速、「そいつ」とお母さんがおしゃべりしながらリビングから出てきた。思えば、「そいつ」はいつもお母さんと一緒にいる。ぼくが思うに、お母さんは取り憑かれているのだ。写真を撮るなら、今がチャンスだ。
「それ、お父さんが大事にしてるんだから、もとの場所に戻してきなさい」
ぼくを見るなり、お母さんはちょっと怒ったような声で言った。
「写真を撮ってあげる」
ぼくはカメラを掲げて言った。
「どうしたの急に。うーん、そうだね、じゃあ、撮ってもらおうかな。せっかくだしね」
お母さんはなんだか少し嬉しそうな声を出して、僕の頭を撫でた。
お母さんがソファに座ったままポーズを取って、ぼくはお母さんの合図でシャッターを切った。ここでも、ぼくは大事なことを忘れていた。ぼくには「そいつ」が写真に写っているかどうかがわからない。そこでぼくは、ついにお母さんに「そいつ」について、「そいつ」の正体を知るために写真を撮ったことを話した。
「ほら、触ってみて。優しくね」
お母さんはぼくの手を取って、「そいつ」に触れさせた。お母さんは、ぼくが初めて知るものには、こうして手をとって教えてくれる。お母さんの匂いと、少し丸くて、あったかいものにぼくの手が触れた。
「これからもっと大きくなるよ。お母さんもたくさん食べないとなんだから」
「これって、お母さんにくっついてるの?」
「そう。残念だけど、名前はまだ考え中なの。お父さんが帰って来てからね」
(了)