【答えのない読書を楽しもう】行間を読む力が身につくスローリーディング実践法


実践! スローリーディング!
スローリーディングとは何か。ただゆっくり読むだけなのか? ここでは、スローリーディングを実践してみる。さらに、答えのないワークショップを用意。書かれていないことまで読みとろう!
下記の文章を読んで、気になる表現があれば、それを挙げてください。また、知らない言葉があれば調べてみてください。
一町ほどさびしいほうへゆくと木槿の生け垣をめぐらしたあき地に五、六羽の鶏を飼って駄菓子を売ってるじいさんばあさんがあった。私ははじめて見る藁屋根や、破れた土壁や、ぎりぎり音のするはね釣瓶などがひどく気にいって伯母さんとそこへ菓子を買いにゆくのが大きな楽しみのひとつになった。じいさんばあさんは耳が遠くて呼んでもなかなか出てこない。さんざ呼んでるとそのうちやっとこさ出てきてあっちこっち菓子箱のふたをあけてみせる。きんか糖、きんぎょく糖、てんもん糖、みじん棒。竹の羊羹は口にくわえると青竹のにおいがしてつるりと舌のうえにすべりだす。飴の中のおたさんは泣いたり笑ったりしていろんな向きに顔をみせる。青や赤の縞になったのをこっきり噛み折って吸ってみると鬆のなかから甘い風が出る。(中勘助『銀の匙)
『銀の匙』
茶箪笥から銀の匙が出てくる。それは母親の代わりに育ててくれた伯母が主人公に薬を飲ませるために使っていたもの。中勘助による自伝的小説。
中勘助
小説家。夏目漱石の弟子。大正元年に『銀の匙』前編を一高・東大時代の恩師、夏目漱石に見せたところ褒められ、東京朝日新聞に連載された。
疑問を持つというセンスを持とう
上記は、『銀の匙』前半部分の13章を引用したもの。
この中で、「何これ?」と思ったものはあるだろうか。
若い世代はとくに、「一町」「木槿」「はね釣瓶」などは絵が浮かばず、「きんか糖」「きんぎょく糖」「てんもん糖」「みじん棒」「竹の羊羹」「おたさん」についてもどんなお菓子かわかりにくいだろう。
表現的に気になった箇所はあっただろうか。
もっとも目立つのは、後半部分にある「こっきり」だろう。これは「ぽっきり」でも「ぽきん」でもいいが、「こっきり」を選び、それ以外を捨てた理由はなんだろうかと推測してみるのも面白い。
上記の引用文を読んで、なんの疑問も持たず、ただ読み流した人は効率主義におかされている。
文章力を上げたいなら、もっとじっくり読んで、「何これ?」と疑問を持とう。疑問が持てるというのも才能のうち。そういうセンスを持とう。
読書体験を実体験に
いきなり余談だが、上記の引用文には、〈じいさんばあさんがあった。〉とある。「ある」は無機物に使う言葉であって、有機物の場合、普通は「いる」を使う。
しかし、昔話などでは〈おじいさんとおばあさんがありました。〉と書かれていて、原文は〈翁と媼ありき。〉。答えを言えば、単純に存在だけを問題にする場合は、人であっても「ある」が使えるというわけだ。
さて、引用文を読んで、さまざまな疑問を持ったと思うが、ここではその答えを書かないでおく。
書けば皆さんは楽だが、それではスローリーディングには必須の〝調べる〞ことと〝楽しむ〞ことを奪ってしまうことになる。
ここはひとつ、「おたさんってなんだろう」と思ってほしい。思ったら調べてほしい。辞典でもインターネットでもいい。そんなには苦労せず答えに行きつくだろう。
そして、このあとが大事なのだが、「おたさん」の正体がわかったら、買いに行ってみよう。駄菓子屋がなければ、ネット通販という手もある。「おたさん」の現物がなければ、似たものでもいいだろう。
手に入ったら、こっきり噛み折って吸ってみて、鬆の中から甘い風が出るかどうか感じてみよう。
ここまで横道にそれると、それは読書体験ではなく、あなたの実体験だ。そうなれば、書くネタにもなってくれる。
ネタバレ注意! 答えのない問いに答えてみよう
ヘミングウェイ『雨のなかの猫』
あらすじ
夫婦は海に面したホテルの2階にいる。妻が外を見下ろすと、雨の中、窓の真下にテーブルがあり、その下に子猫がいる。妻は階下に行き、事務室の前でホテルの主に「猫を連れてくる」と言う。妻はどんな苦情にも真剣に耳を傾けるこの主が好きだ。
外に行ったが、子猫はいない。妻は部屋に戻り、「子猫を飼いたい。ほかに楽しいことがないんだったら、猫くらい飼っていいはずよ」と言う。読書中の夫は「黙れよ」。そこにメイドが大きな三毛猫を持って現れ、「これを奥さまにとのことです」。
設問
この夫婦はどんな関係で、妻はどんな気持ちか。
チェーホフ『犬を連れた奥さん』
あらすじ
舞台はヤルタ。モスクワから来たグーロフと、S市から保養に来たアンナは深い関係に。アンナは情事を悔いるが、不貞は今に始まったことではない。アンナはやがて病気の夫の要請でS市に帰り、二人の関係は終わるが、グーロフはアンナが忘れられず、S市まで行ってアンナを誘惑する。アンナは「忘れようと思っていたのに」と言い、以降はモスクワで密会を重ねる。2人は新生活を考えるが、作品は〈最も入り組んだむずかいところは今ようやく始まったばかりなのだった。〉という一文で終わっている。
設問
不倫関係にある2人は最終的にどうなったか。
モーパッサン『宝石』
あらすじ
夫は内務省の係長。美しい女性を妻にして6年が経つ。妻はイミテーションの宝石好き。収入が少なく本物は買えないので、妻は偽物の宝石で飾り立てる。その妻が、突然、肺炎で亡くなった。妻がいたときは極上の酒とご馳走を味わえたが、妻の死後はどうやりくりしても生活が苦しく、ついには一銭もなくなる。夫は妻の宝石を売るが、偽物と思っていた宝石はすべて本物。夫は3000万フランを得ると役所を辞め、半年後に再婚した。二度目の妻は貞淑だったが気難しく、夫は辟易とさせられた。
設問
最初の妻はなぜそんな贅沢ができたのか。
O・ヘンリー『警官と讃美歌』
あらすじ
ここ数年、男は越冬策として刑務所に行っている。今年も無銭飲食をしようとしたが、身なりが悪いのがバレて入れてもらえない。ショーウィンドウを石で割るが、警官は犯人が現場にいるはずがないと逮捕しない。女性につきまとい、通報されようとするが、女性は娼婦。傘を盗み、「ぼくの傘だ」と言うと、それは盗品で相手は「あなたの傘でしたか」。途方に暮れていると讃美歌が聞こえ、真面目に生きようと決心する。そこに警官が現れ、「こんなところで何をしているのだ。一緒に来い。禁固3カ月」。
設問
男と警官はどんな関係で、翌年、男はどうなったか。
正解は読者の数だけ存在する
上記では4つの作品のあらすじを紹介したが、できれば原作を読んでほしい。そのほうが行間が読め、想像もしやすい。
ただし、原作を読んでも、答えは明確には書かれていない。いかようにも解釈できるように読者に答えを預けている。想像する余地を与えている。
答えがないので解答しようがないが、ポイントを挙げてみよう。
ヘミングウェイ「雨のなかの猫」は、この夫婦の年齢、結婚年数、家庭環境などを想像してみると、いろいろ見えてきそうだ。
チェーホフ「犬を連れた奥さん」は、不倫でもしないとやってられない社会情勢や時代背景を想像してみるといいかもしれない。
モーパッサン「宝石」は、妻がどうやってお金を得ていたか、その方法を思いつく限り挙げてみよう。〈再婚相手は貞淑〉という記述が何やらにおう。
O・ヘンリー「警官と讃美歌」は、最後に警官の配慮で逮捕されるが、この警官はもともと男のことを知っていたのか、この配慮は男にとって正解だったのかと考えてみると面白いかもしれない。
※本記事は2020年1月号に掲載した記事を再掲載したものです。