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【センスを磨く読書法】なぜこの一文は心に残るのか|スローリーディングで学ぶ作家の表現技法

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スローリーディングで名文採集

スローリーディングをしていると、「おっ!」と思う表現と出会う。純文学作品に多いが、ここではそんな文章をピックアップしてみた。皆さんも名文採集をしてみよう。文章表現力とセンスが磨かれる!

面白い表現を自分で採集してみよう!

戦後もある時期までは(あるいは今でも)、変に凝った言いまわしをして文章を飾るより、簡潔で平易な文章を書けと言われた。

そんな風潮の中、彗星のごとく現れたのが村上春樹で、人々は、〈眠りは浅く、いつも短かった。暖房がききすぎた歯医者の待合室のような眠りだった。〉( 村上春樹『1973年のピンボール』)のような表現に度肝を抜かれた。

スローリーディングをしていると、「面白い表現だな」と思うものが採集でき、学びになる。

もっとも多く見つかるのは村上春樹で、何ページかに1つはあるという感じだ。

また、村上春樹を読んで育ったような世代の純文学作家にも、凝った表現が多い。自分でも面白い表現を採集し、私家版表現辞典を作ってみよう。

スローリーディング向きの新感覚派

日本の近代文学史をひもとくと、写生文というものが出てきて、これが日本文学の伝統とある。

提唱したのは、写実主義の影響を受けた正岡子規で、いわく「ありのままに書け」。だから、写実主義やその後の自然主義では、あまり凝った表現はしない。

大正期になると、新しい表現を目指して、横光利一や川端康成の新感覚派が台頭する。この2人の作品は名文採集に向く。〈彼は小石を拾うと森の中へ投げ込んだ。森は数枚の柏の葉から月光を払い落して呟いた。〉(横光利一『日輪・春は馬車に乗って 他八篇』所収「日輪」)

普通に書けば、〈柏の葉に当たっていた月光が消えた。〉で済むところ、やりすぎと言ってもいいくらい凝った表現をしている。

〈国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。〉(川端康成『雪国』)

凝らずに書けば、〈大地は見渡す限り雪で白かった。〉でもいいところ、〈夜の底が白くなった。〉と書いている。横光利一と川端康成の小説は、面白い表現という意味では宝庫だ。

名文PICK UP

普段は開けることのない抽斗の奥からひっぱり出してきたような微笑みだった。

村上春樹『1Q84 BOOK 1』(新潮文庫)

誰もが誰かに対して、あるいはまた世界に対して何かを懸命に伝えたがっていた。それは僕に、段ボール箱にぎっしりと詰め込まれた猿の群れを思わせた。僕はそういった猿たちを一匹ずつ箱から取り出しては丁寧に埃を払い、尻をパンと叩いて草原に放してやった。

村上春樹『1973年のピンボール』(講談社文庫)

ユーモアを讃えるオホホ笑いの霧がたちこめる

島田雅彦『未確認尾行物体』(文春文庫)

私の名を呼ぶ彼女の声がした。少しくぐもった不思議な響きだった。ちょうど天国の雲の上から、下界にいる私に呼びかけたような感じだった。

吉本ばなな『とかげ』(新潮文庫)所収 「らせん」

出産直後の猫が子猫を見るときの本能的な、生々しい顔だ。

吉本ばなな『アムリタ(上)』(新潮文庫)

あまりにも静かな部屋だった。自分の唾を飲み込むことさえ慎重になるほどに。

中村文則『教団X』(集英社文庫)

それだけ話してしまうと、もう他には何の話題も見つけられなかった。沈黙が風のように流れ込んできた。

小川洋子『妊娠カレンダー』 (文春文庫)所収 「夕暮れの給食室と雨のプール」

ストーブの上でやかんがしゅんしゅん鳴っていた。

小川洋子『妊娠カレンダー』(文春文庫)

身体の内側から喉にむかって、すきま風の通り抜ける音が聞こえて、耳をすますとそれは風ではなく、私自身の泣く声でした。

綿矢りさ『しょうがの味は熱い』(文春文庫)所収 「自然に、とてもスムーズに」

ヒステリックさを感じるほどの元気な笑い声は教室中の窓ガラスをしびれさせている。

綿矢りさ『インストール』(河出文庫)

こわばった表情を見て、自分が一瞬借金取りにでもなった気がした。期日を守れず困窮している客のところへ押しかけてきた取立て屋。

綿矢りさ『かわいそうだね?』(文春文庫)所収 「かわいそうだね?」

青年の声は雫のようだった。滴り落ちるように、ぽつりぽつりと床に垂れる。

伊坂幸太郎『ラッシュライフ』(新潮文庫)

男は、そのあたりでようやく強張っていた顔を緩めた。背中に取り憑いていた、「逆上の神様」が剥がれたようだった。

伊坂幸太郎『陽気なギャングが地球を回す 』(祥伝社文庫)

にべもない、というコトバはこういうときに使うのです、というサンプルのような言い方

小池真理子『やさしい夜の殺意』(中公文庫)

八の字眉を極限まで下げてにやにやする

荻野アンナ『背負い水』(文春文庫)

不安。悲しみ。恐れ。そうした押し隠すことのできない幾つもの感情が混ぜこぜになって、べったりと顔に張りついていた。

横山秀夫『クライマーズ・ハイ』(文春文庫)

不意だったから、どんと心臓がバウンドして、痛いくらいだった。

朝井リョウ『もういちど生まれる』(幻冬舎文庫)所収 「もういちど生まれる」

そのたび、自分では見えない心の死角をつねられるような気持ちになるため、瀬古のSNSのアカウントはミュートした。

朝井リョウ『どうしても生きてる』(幻冬舎)所収 「流転」

出はじめると、とめどなく出た。さやさやという音をたてて、雨と一緒に葉をぬらした。目を閉じて、放尿した。

川上弘美『溺レる』(文春文庫)所収 「さやさや」

※本記事は2020年1月号に掲載した記事を再掲載したものです。