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ミステリー系新人賞の傾向と対策 その3

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作文・エッセイ
作家デビュー

文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。

多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。

ミステリー系新人賞の〝傾向と対策〞 その3

前二回この講座で取り上げた『星宿る虫』『木足の猿』に続き第二十一回(二〇一八年)日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作『沸ボイルドフラワー点桜』(北原真理)について論ずる。

この作品はハードボイルドに属する、いわゆる〝広義のミステリ ー〞である。

帯のキャッチ・コピーにも「圧倒する熱量とスピード感。ハードボイルド史上最強の女」と書かれていて(私には史上最強とは思えなかったが)それなりに読ませた。

作家としての筆力は、前二回の、嶺里俊介や戸南浩平よりは、確実に上。

ただ『沸点桜』が受賞作として、果たして妥当なのか、という視点で分析すると、多々、問題点が見受けられる。

おそらくは、最終候補作に残った中で、北原に匹敵する筆力の応募者がいなかったのだろう。

同等の筆力の応募作と競合していたら、テーマの斬新さによっては、そっちにグランプリを持って行かれた可能性は充分考えられる。

とにかくテーマが陳腐で月並み。

幼児虐待、性的暴行、水商売(売春をメインとした風俗産業)と、応募落選作には大量に見られるテーマのオンパレード。

ちょっとでも筆力が弱ければ、冒頭の数枚で落選にされていただろう。

テーマの陳腐さを、アマチュアとは思えない筆力(腕力)で強行突破して弾き飛ばした印象。

この難点さえ「アマチュアの応募者には禁忌」と心得て読めば、『沸点桜』の採った手法は充分に新人賞狙いの〝傾向と対策〞のお手本になるように思う。

ミステリーは書きたい、でも、本格トリック(特に密室)は作れないし、警察考証にも自信がない(警察にアマチュアの身分で取材に行く度胸もない)と考えているアマチュアは真似して良いだろうと思われる(実際は四十七都道府県の警察本部は全て見学可能で、所轄署も頼めば見学させ、あれこれ教えてくれるところが相当数あるのだが)。

『星宿る虫』などと違って『沸点桜』は「私」を主人公とした、一人称の単独主人公で最初から最後まで押し通している。

『星宿る虫』と『沸点桜』を試みに読み比べてみると良い。『星宿る虫』はW主人公の物語で、その上に目撃者などの「使い捨て主人公」を何人か入れたことで「全ての登場人物のキャラが全く立って いない」という重大な欠点(プロ 作家として、固定ファンを得られない)を露呈してしまっている。

では『沸点桜』は「キャラ立て」に成功しているのか、と考えると、 若干の問題点がある。

「キャラが立っている」とは端的に言って読者が「自分も、こういうタイプの人間になってみたい」「この物語の主人公を疑似体験したい」と感じながら読むような作品になっていることである。

『沸点桜』の主人公の「私」は乱れた性生活(レイプ被害を含む)によってエイズに罹患し、いつ発症して死ぬかも知れない状態にある(結局、最後まで死なないのだが)。

そういう状況で、勤務先の風俗店では取り立て屋を兼ね、店の金を持ち逃げした(と思われたが実は違っていた)絶世の美少女のユコ(本名は岡崎唯子)を追って、いそうな家に乗り込むと、ユコは全裸で縛られており、三人の男に殺されそうになる。

主人公は、その三人を返り討ちに殺し、そこから主人公とユコが連れ立っての、ヤクザの追っ手から逃れるための逃避行が始まる。

この辺りが『沸点桜』の一番の見せ所なのだが、そこから物語は中弛み状態になる。

これも応募作としては、回避しなければならないキーポイントになる。

こまかいピンチは起きるのだが、それは、大抵がユコのドジが原因になっている。ユコは、馬鹿というほどではないが、いささか知恵が不足している。

これはNG。主人公を馬鹿・間抜けに設定してピンチを演出すると、選考委員は、スリルを感じるよりもシラケる。『沸点桜』の場合は主人公ではな いが、主人公と行動を共にしているユコが犯すミスだから同じこと。

ユコが、もうちょい馬鹿だったら致命的な欠点になるところだが、 時にユコは頭の良さの片鱗を見せる場面もあって、際どいボーダーラインをクリアーしている。

だが、これも、ハイレベルの競合作とカチ合ったら重大な減点材料になった可能性を否定できないので、新人賞を狙うアマチュアは要注意。

主人公とユコは追っ手を撒くために全国各地を放浪した末に、二人にとっての郷里である湘南の一角に居を落ち着ける。

ここからの主人公の懐古的な心理状態の描写は純文学的で巧みではあるのだが、ジェット・コースターに乗っているように疾風怒濤の勢いで展開させるのが生命線のハードボイルドとしては、弱い。エンディングも、いささかご都合主義。

選考委員によっては「首尾一貫していない」と大減点する可能性も、充分に考えられる。

ジェット・コースター・ハードボイルドとしては、やはり深町秋生の『八神瑛子』シリーズとか誉田哲也の『ジウ』(いずれも、文庫本で三冊)のように一貫性を持たせないと弱い。

 

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若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール

昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。