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時代小説の文学賞

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作文・エッセイ
作家デビュー

文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。

多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。

ここ数年、出版界は大不況で、ほとんどのジャンルが売れず、唯一、辛うじて売れているのが時代劇とあって、新人賞受賞作にも時代劇が多い。日本ラブストーリー大賞、松本清張賞、小説現代長編新人賞、小説すばる新人賞など〝何でもOKで、ジャンル問わず〟の新人賞にも、時代劇作品が目立つようになった。私が時代考証をある程度まで専門にしていることもあって、私が主催する小説講座の生徒も、時代劇を書く者が、かなり多い。


我田引水のようだが、去年は朝日時代小説大賞の最終候補三人の中に生徒が残り(受賞はできず。乾緑郎『忍び外伝』が受賞)、今年は最終候補四人のうちの半数の二人が私の生徒である(大賞決定は今夏)。また、歴史群像大賞で生徒が佳作を受賞し、第六回きらら文学賞でも最終候補八人の中に時代劇を書いた生徒が残った(受賞作なし。あまりに応募作品数が多くて今回で募集を中止)。こういう実績と経過から、見えてきたものがある。


ストーリーが面白くても、キャラクターがイマイチの作品は、やはり大賞に届かない。


生徒を教えていると、どうしても身贔屓の心情が生じて「ま、このくらいで良いか」と妥協した作品は、やはり佳作、最終選考、二次選考通過辺りで止まって大賞に届かない。


だからといって「これなら、かなりの高確率で受賞できるだろう」と私自身が思えるくらいにまで徹底して教えると、駄目出しして差し戻す場面ばかりになり、生徒がメゲてしまって挫折する。その辺りが小説作法を教えていて、最も匙加減の難しいところである。


また、時代考証を重視すると、どうしても考証が手枷足枷となって面白さが充分に展開できない事例も多々あるのだが、近年は編集者の質が低下し、選考委員も時代劇が専門ではない(時代考証知識がいい加減なまま、時代劇を書いている)人が増えて、時代考証間違いがあっても受賞できる実例が増えているから、面白さとキャラ立てのためには時代考証無視も一つの選択肢なのかな、と思えてくる。


現在、最も時代考証にうるさいのは朝日時代小説大賞である。他の新人賞と違って同賞では最終候補に残った段階で編集部の徹底改稿の指示が入り(他の新人賞は受賞決定後)二週間掛けて改稿した作品を対象に最終選考が行われるシステムである。


去年と今年と、合計三本の最終候補作で、どういう突っ込みと改稿指示が編集部から入ったかを私は幸いにして生徒から知り得たわけだが、実に微に入り細を穿つ指摘である。


となると、よほど時代考証に自信がなければ朝日時代小説大賞は狙えないということになる。また、小学館文庫小説賞も、かなり時代考証に詳しい作品が受賞しているが、この賞は編集部選考のために選考内容が不明なので、あいにくデータがない。


しかし、他の新人賞は、軒並みかなりお粗末。文藝春秋主催の新人賞では、まだ望遠鏡が発明される以前の時代に織田信長が望遠鏡で安土城の築城風景を眺めているシーンがある作品が受賞したし、角川春樹事務所主催の新人賞では、主人公が目当ての旗本屋敷を探し当てるのに、片っ端から表札を見て回る作品が受賞した(江戸時代は表札などなく、明治時代になって郵便制度が始まって表札が掲げられるようになった。それでも、大多数の家では表札など出さなかった)。また、新潮社や双葉社主催の新人賞では「さぼる」が出てきた。「さぼる」はフランス語「サボタージュする」からの外来語で、太平洋戦争以降に一般に流布したのであるから、時代劇に「さぼる」が出てくることなど有り得ない。


また、双葉社の受賞作には、大百姓が武士になりたくて、御家人になるために家屋敷を手放す羽目になる、というような、とんでもない話があった。実は私の家も大百姓だが、苗字帯刀で、江戸城への出入り自由、将軍にも対面できる御目見以上だった。それに対して御家人は、直参の幕臣ではあるが身分が低く、将軍に対面できない御目見以下である。


「士農工商」に、つい騙されるのだが、ここで言う「士」とは、領地を持っていて騎乗が許された「上級武士」を指すのであって、御家人や足軽のような低級武士は含まれない。


また、御家人は玄関を構えることしか許されない(玄関とは、現代とは異なり、駕籠が横付けできる式台という構造を持っているものを指す)。「江戸時代、一般庶民は玄関に施錠しなかった」と堂々と書いていたミステリーの大家がいたが、そもそも一般庶民は玄関付きの家を構えることが許されないのである。


とにかくもう、指摘し始めたら際限がないほど時代考証間違いだらけの時代劇が大量に横行しているのだが、選考委員や編集者に、それを苦々しく思っている者も少なからずいるのも現実であるから、時代劇で新人賞受賞作家を目指す者は、よくよく心して応募作を書かなければならない。選考委員を唸らせるには、ある程度まで奇を衒うことも必要になるが、奇を衒うことと時代考証が大間違いの応募作を送ることとは根本的に違う


九月一日が歴史群像大賞の締切で、ここは比較的「奇を衒った」作品が好まれるが、その辺りを勘違いしないで欲しいと願う。

若桜木先生が送り出した作家たち

小説現代長編新人賞

小島環(第9回)

仁志耕一郎(第7回)

田牧大和(第2回)

中路啓太(第1回奨励賞)

朝日時代小説大賞

仁志耕一郎(第4回)

平茂寛(第3回)

歴史群像大賞

山田剛(第17回佳作)

祝迫力(第20回佳作)

富士見新時代小説大賞

近藤五郎(第1回優秀賞)

電撃小説大賞

有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞)

『幽』怪談文学賞長編賞

風花千里(第9回佳作)

近藤五郎(第9回佳作)

藤原葉子(第4回佳作)

日本ミステリー文学大賞新人賞 石川渓月(第14回)
角川春樹小説賞

鳴神響一(第6回)

C★NOVELS大賞

松葉屋なつみ(第10回)

ゴールデン・エレファント賞

時武ぼたん(第4回)

わかたけまさこ(第3回特別賞)

日本文学館 自分史大賞 扇子忠(第4回)
その他の主な作家 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司
新人賞の最終候補に残った生徒 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞)

若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール

昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。

時代小説の文学賞(2011年8月号)

文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。

多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。

ここ数年、出版界は大不況で、ほとんどのジャンルが売れず、唯一、辛うじて売れているのが時代劇とあって、新人賞受賞作にも時代劇が多い。日本ラブストーリー大賞、松本清張賞、小説現代長編新人賞、小説すばる新人賞など〝何でもOKで、ジャンル問わず〟の新人賞にも、時代劇作品が目立つようになった。私が時代考証をある程度まで専門にしていることもあって、私が主催する小説講座の生徒も、時代劇を書く者が、かなり多い。


我田引水のようだが、去年は朝日時代小説大賞の最終候補三人の中に生徒が残り(受賞はできず。乾緑郎『忍び外伝』が受賞)、今年は最終候補四人のうちの半数の二人が私の生徒である(大賞決定は今夏)。また、歴史群像大賞で生徒が佳作を受賞し、第六回きらら文学賞でも最終候補八人の中に時代劇を書いた生徒が残った(受賞作なし。あまりに応募作品数が多くて今回で募集を中止)。こういう実績と経過から、見えてきたものがある。


ストーリーが面白くても、キャラクターがイマイチの作品は、やはり大賞に届かない。


生徒を教えていると、どうしても身贔屓の心情が生じて「ま、このくらいで良いか」と妥協した作品は、やはり佳作、最終選考、二次選考通過辺りで止まって大賞に届かない。


だからといって「これなら、かなりの高確率で受賞できるだろう」と私自身が思えるくらいにまで徹底して教えると、駄目出しして差し戻す場面ばかりになり、生徒がメゲてしまって挫折する。その辺りが小説作法を教えていて、最も匙加減の難しいところである。


また、時代考証を重視すると、どうしても考証が手枷足枷となって面白さが充分に展開できない事例も多々あるのだが、近年は編集者の質が低下し、選考委員も時代劇が専門ではない(時代考証知識がいい加減なまま、時代劇を書いている)人が増えて、時代考証間違いがあっても受賞できる実例が増えているから、面白さとキャラ立てのためには時代考証無視も一つの選択肢なのかな、と思えてくる。


現在、最も時代考証にうるさいのは朝日時代小説大賞である。他の新人賞と違って同賞では最終候補に残った段階で編集部の徹底改稿の指示が入り(他の新人賞は受賞決定後)二週間掛けて改稿した作品を対象に最終選考が行われるシステムである。


去年と今年と、合計三本の最終候補作で、どういう突っ込みと改稿指示が編集部から入ったかを私は幸いにして生徒から知り得たわけだが、実に微に入り細を穿つ指摘である。


となると、よほど時代考証に自信がなければ朝日時代小説大賞は狙えないということになる。また、小学館文庫小説賞も、かなり時代考証に詳しい作品が受賞しているが、この賞は編集部選考のために選考内容が不明なので、あいにくデータがない。


しかし、他の新人賞は、軒並みかなりお粗末。文藝春秋主催の新人賞では、まだ望遠鏡が発明される以前の時代に織田信長が望遠鏡で安土城の築城風景を眺めているシーンがある作品が受賞したし、角川春樹事務所主催の新人賞では、主人公が目当ての旗本屋敷を探し当てるのに、片っ端から表札を見て回る作品が受賞した(江戸時代は表札などなく、明治時代になって郵便制度が始まって表札が掲げられるようになった。それでも、大多数の家では表札など出さなかった)。また、新潮社や双葉社主催の新人賞では「さぼる」が出てきた。「さぼる」はフランス語「サボタージュする」からの外来語で、太平洋戦争以降に一般に流布したのであるから、時代劇に「さぼる」が出てくることなど有り得ない。


また、双葉社の受賞作には、大百姓が武士になりたくて、御家人になるために家屋敷を手放す羽目になる、というような、とんでもない話があった。実は私の家も大百姓だが、苗字帯刀で、江戸城への出入り自由、将軍にも対面できる御目見以上だった。それに対して御家人は、直参の幕臣ではあるが身分が低く、将軍に対面できない御目見以下である。


「士農工商」に、つい騙されるのだが、ここで言う「士」とは、領地を持っていて騎乗が許された「上級武士」を指すのであって、御家人や足軽のような低級武士は含まれない。


また、御家人は玄関を構えることしか許されない(玄関とは、現代とは異なり、駕籠が横付けできる式台という構造を持っているものを指す)。「江戸時代、一般庶民は玄関に施錠しなかった」と堂々と書いていたミステリーの大家がいたが、そもそも一般庶民は玄関付きの家を構えることが許されないのである。


とにかくもう、指摘し始めたら際限がないほど時代考証間違いだらけの時代劇が大量に横行しているのだが、選考委員や編集者に、それを苦々しく思っている者も少なからずいるのも現実であるから、時代劇で新人賞受賞作家を目指す者は、よくよく心して応募作を書かなければならない。選考委員を唸らせるには、ある程度まで奇を衒うことも必要になるが、奇を衒うことと時代考証が大間違いの応募作を送ることとは根本的に違う


九月一日が歴史群像大賞の締切で、ここは比較的「奇を衒った」作品が好まれるが、その辺りを勘違いしないで欲しいと願う。

若桜木先生が送り出した作家たち

小説現代長編新人賞

小島環(第9回)

仁志耕一郎(第7回)

田牧大和(第2回)

中路啓太(第1回奨励賞)

朝日時代小説大賞

仁志耕一郎(第4回)

平茂寛(第3回)

歴史群像大賞

山田剛(第17回佳作)

祝迫力(第20回佳作)

富士見新時代小説大賞

近藤五郎(第1回優秀賞)

電撃小説大賞

有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞)

『幽』怪談文学賞長編賞

風花千里(第9回佳作)

近藤五郎(第9回佳作)

藤原葉子(第4回佳作)

日本ミステリー文学大賞新人賞 石川渓月(第14回)
角川春樹小説賞

鳴神響一(第6回)

C★NOVELS大賞

松葉屋なつみ(第10回)

ゴールデン・エレファント賞

時武ぼたん(第4回)

わかたけまさこ(第3回特別賞)

日本文学館 自分史大賞 扇子忠(第4回)
その他の主な作家 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司
新人賞の最終候補に残った生徒 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞)

若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール

昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。