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リアリティ

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作文・エッセイ
作家デビュー

文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。

多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。

今回は、よく知られているようでいて、その実、誤解されている事例が極めて多いリアリティについて詳しく述べることにする。realityを英和辞典で引くと「現実、実在、迫真性」などと説明されているが、新人賞応募作を書くに当たっては①現実・実在と②迫真性とを明確に意識しておかなければならない。ここを曖昧にしておくと、いくら新人賞に応募しても上位に残れず、延々と予選で落とされる悲劇を繰り返す事態になりかねない。


リアリティ②は、執筆に際しては「物語世界における辻褄の整合性」と言い換えても良い。アクション・シーンなどをどれほど迫力があるように描いても、細部の辻褄が合っておらず、矛盾していたりすると、読んでいてシラケてしまうので、全く迫真性が読者(選考委員)に伝わっていかない。仮に矛盾点が小さく、幸いにして新人賞受賞が叶ったとしても、そういう細部に神経が行き届かない作家は、遠からず文壇から消えることになる。


リアリティ①を正面切って取り上げて「現実に存在しない」云々を論じる人は、今さら多くはいないと思う(それだとSFやファンタジーやホラーの大半は「リアリティがない」ことになってしまう)が、逆に、物語世界における整合性さえあれば許されるSFなどで、リアリティ①を無視するが故に、新人賞の大賞に届かないどころか、一次選考で撥ねられる可能性が極めて高い作品が、新人賞応募作の中に目立つようになってきた。


例えば近未来SF(書いている当人には、あまりSFという意識がないようだが)で、科学文明が現在より少しばかり発達していたり、手に負えない新種のウィルスが出現してバイオハザードが起きたり、世界的な経済恐慌が進行して世界中にテロや猟奇犯罪が多発したり……といった物語世界を新人賞応募作の題材として取り上げる人が、結構いる。


当講座でも何度か取り上げて論じたが、新聞やテレビで取り上げられるような話は全て〝時事ネタ〟で、必ず他に同じ、もしくは酷似した題材で書いている応募者がいるから、「オリジナリティなし」で一括りにして落とされる可能性が極めて高い。


ところが、こういう分野で、ある程度の知識がある人は、「他人には負けない」という自信があるのか、性懲りもなく(と私や選考委員の目には映る)挑戦してくる。


グーグルなどのネット検索をフル活用しているのだろうか。ネット検索で突き止められるレベル以下で応募作を書くのは論外で、ネット検索では知り得ない知識(蘊蓄)がどれだけ多く盛り込まれているかが、予選を突破して大賞まで届くか否かの鍵となるのだ。


例えば『このミステリーがすごい!』大賞受賞作の海堂尊『チーム・バチスタの栄光』のように。単純に言って、一流大学の博士課程修了レベルの知識がないのであれば、こういう分野には手を出さないほうが良い。一流大学の博士課程修了者が年々どのくらいの人数、世の中に出ているかを考えれば(新人賞を目指しているのが、その中の〇・一%程度の少数だとしても)巨大風車に挑んだドン・キホーテ並みに無謀なことが分かるだろう。


さて、問題は、ここまで読んで「それなら、俺は大丈夫だ。この分野では絶対の自信がある」と感じるような人である。世の中の全ての分野に精通している人など、いるものではない。例えば、医学の分野とか経済学の分野に関して専門知識を持っている人が、バイオハザード的な生物パニックとか、大恐慌経済パニックを書いたとする。当然、パニックに収拾をつけるのには、警察や自衛隊(舞台が外国ならば軍隊)の助けを借りなければならないのは、三・一一の東日本大震災後の状況を見れば明らかである。


しかし、警察や自衛隊の機構制度や人事システムには詳しくない。そこで、どういう手を使うかというと「パニックに対処するために内閣(首相)の密命で警察(自衛隊)内部に新たな機構・機関が設けられ、その一員として物語の主人公が抜擢された」というような設定である。これがとにかく呆れるほどに似通っている。全く取材せずに空想だけで何か新しいアイディアを考えようとすればするほど他人のアイディアと酷似してくる。いかに人間という生物が、お互いに似たようなことしか考えないかという証明である。


この部分に関しては、むしろリアリティ①を念頭に置いて、現実の警察や自衛隊がどう行動するかを書いたほうが遥かにオリジナリティを発揮できる。なぜなら、前述のようなタイプの近未来SFを書いてくるアマチュアに「警察や自衛隊は、きっちり考証して、現代と全く変更がない設定で書くように」と求めると、書き上がってくる警察や自衛隊は、ほぼ確実に考証が間違いだらけになるからだ。取材せずに書いたら間違いだらけになる=それだけオリジナリティを発揮しやすい――と考えておいたら、展望は開けるはずだ。


また、近未来SFを書く人は、とかく物語の中の警察や自衛隊にミスを犯させたがる傾向が顕著である。警察や自衛隊がミスを犯せば、それだけパニックが拡大するからだ。安直な方法でパニックを拡大させて物語をスリリングに展開させる手法は選考時の減点対象である。姑息な手は選考委員には通用しないと思っていたほうが良い。

若桜木先生が送り出した作家たち

小説現代長編新人賞

小島環(第9回)

仁志耕一郎(第7回)

田牧大和(第2回)

中路啓太(第1回奨励賞)

朝日時代小説大賞

仁志耕一郎(第4回)

平茂寛(第3回)

歴史群像大賞

山田剛(第17回佳作)

祝迫力(第20回佳作)

富士見新時代小説大賞

近藤五郎(第1回優秀賞)

電撃小説大賞

有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞)

『幽』怪談文学賞長編賞

風花千里(第9回佳作)

近藤五郎(第9回佳作)

藤原葉子(第4回佳作)

日本ミステリー文学大賞新人賞 石川渓月(第14回)
角川春樹小説賞

鳴神響一(第6回)

C★NOVELS大賞

松葉屋なつみ(第10回)

ゴールデン・エレファント賞

時武ぼたん(第4回)

わかたけまさこ(第3回特別賞)

日本文学館 自分史大賞 扇子忠(第4回)
その他の主な作家 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司
新人賞の最終候補に残った生徒 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞)

若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール

昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。

リアリティ(2011年9月号)

文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。

多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。

今回は、よく知られているようでいて、その実、誤解されている事例が極めて多いリアリティについて詳しく述べることにする。realityを英和辞典で引くと「現実、実在、迫真性」などと説明されているが、新人賞応募作を書くに当たっては①現実・実在と②迫真性とを明確に意識しておかなければならない。ここを曖昧にしておくと、いくら新人賞に応募しても上位に残れず、延々と予選で落とされる悲劇を繰り返す事態になりかねない。


リアリティ②は、執筆に際しては「物語世界における辻褄の整合性」と言い換えても良い。アクション・シーンなどをどれほど迫力があるように描いても、細部の辻褄が合っておらず、矛盾していたりすると、読んでいてシラケてしまうので、全く迫真性が読者(選考委員)に伝わっていかない。仮に矛盾点が小さく、幸いにして新人賞受賞が叶ったとしても、そういう細部に神経が行き届かない作家は、遠からず文壇から消えることになる。


リアリティ①を正面切って取り上げて「現実に存在しない」云々を論じる人は、今さら多くはいないと思う(それだとSFやファンタジーやホラーの大半は「リアリティがない」ことになってしまう)が、逆に、物語世界における整合性さえあれば許されるSFなどで、リアリティ①を無視するが故に、新人賞の大賞に届かないどころか、一次選考で撥ねられる可能性が極めて高い作品が、新人賞応募作の中に目立つようになってきた。


例えば近未来SF(書いている当人には、あまりSFという意識がないようだが)で、科学文明が現在より少しばかり発達していたり、手に負えない新種のウィルスが出現してバイオハザードが起きたり、世界的な経済恐慌が進行して世界中にテロや猟奇犯罪が多発したり……といった物語世界を新人賞応募作の題材として取り上げる人が、結構いる。


当講座でも何度か取り上げて論じたが、新聞やテレビで取り上げられるような話は全て〝時事ネタ〟で、必ず他に同じ、もしくは酷似した題材で書いている応募者がいるから、「オリジナリティなし」で一括りにして落とされる可能性が極めて高い。


ところが、こういう分野で、ある程度の知識がある人は、「他人には負けない」という自信があるのか、性懲りもなく(と私や選考委員の目には映る)挑戦してくる。


グーグルなどのネット検索をフル活用しているのだろうか。ネット検索で突き止められるレベル以下で応募作を書くのは論外で、ネット検索では知り得ない知識(蘊蓄)がどれだけ多く盛り込まれているかが、予選を突破して大賞まで届くか否かの鍵となるのだ。


例えば『このミステリーがすごい!』大賞受賞作の海堂尊『チーム・バチスタの栄光』のように。単純に言って、一流大学の博士課程修了レベルの知識がないのであれば、こういう分野には手を出さないほうが良い。一流大学の博士課程修了者が年々どのくらいの人数、世の中に出ているかを考えれば(新人賞を目指しているのが、その中の〇・一%程度の少数だとしても)巨大風車に挑んだドン・キホーテ並みに無謀なことが分かるだろう。


さて、問題は、ここまで読んで「それなら、俺は大丈夫だ。この分野では絶対の自信がある」と感じるような人である。世の中の全ての分野に精通している人など、いるものではない。例えば、医学の分野とか経済学の分野に関して専門知識を持っている人が、バイオハザード的な生物パニックとか、大恐慌経済パニックを書いたとする。当然、パニックに収拾をつけるのには、警察や自衛隊(舞台が外国ならば軍隊)の助けを借りなければならないのは、三・一一の東日本大震災後の状況を見れば明らかである。


しかし、警察や自衛隊の機構制度や人事システムには詳しくない。そこで、どういう手を使うかというと「パニックに対処するために内閣(首相)の密命で警察(自衛隊)内部に新たな機構・機関が設けられ、その一員として物語の主人公が抜擢された」というような設定である。これがとにかく呆れるほどに似通っている。全く取材せずに空想だけで何か新しいアイディアを考えようとすればするほど他人のアイディアと酷似してくる。いかに人間という生物が、お互いに似たようなことしか考えないかという証明である。


この部分に関しては、むしろリアリティ①を念頭に置いて、現実の警察や自衛隊がどう行動するかを書いたほうが遥かにオリジナリティを発揮できる。なぜなら、前述のようなタイプの近未来SFを書いてくるアマチュアに「警察や自衛隊は、きっちり考証して、現代と全く変更がない設定で書くように」と求めると、書き上がってくる警察や自衛隊は、ほぼ確実に考証が間違いだらけになるからだ。取材せずに書いたら間違いだらけになる=それだけオリジナリティを発揮しやすい――と考えておいたら、展望は開けるはずだ。


また、近未来SFを書く人は、とかく物語の中の警察や自衛隊にミスを犯させたがる傾向が顕著である。警察や自衛隊がミスを犯せば、それだけパニックが拡大するからだ。安直な方法でパニックを拡大させて物語をスリリングに展開させる手法は選考時の減点対象である。姑息な手は選考委員には通用しないと思っていたほうが良い。

若桜木先生が送り出した作家たち

小説現代長編新人賞

小島環(第9回)

仁志耕一郎(第7回)

田牧大和(第2回)

中路啓太(第1回奨励賞)

朝日時代小説大賞

仁志耕一郎(第4回)

平茂寛(第3回)

歴史群像大賞

山田剛(第17回佳作)

祝迫力(第20回佳作)

富士見新時代小説大賞

近藤五郎(第1回優秀賞)

電撃小説大賞

有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞)

『幽』怪談文学賞長編賞

風花千里(第9回佳作)

近藤五郎(第9回佳作)

藤原葉子(第4回佳作)

日本ミステリー文学大賞新人賞 石川渓月(第14回)
角川春樹小説賞

鳴神響一(第6回)

C★NOVELS大賞

松葉屋なつみ(第10回)

ゴールデン・エレファント賞

時武ぼたん(第4回)

わかたけまさこ(第3回特別賞)

日本文学館 自分史大賞 扇子忠(第4回)
その他の主な作家 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司
新人賞の最終候補に残った生徒 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞)

若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール

昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。