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松本清張賞

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作文・エッセイ
作家デビュー

文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。

多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。

十一月三十日が締切の松本清張賞は「ジャンルを問わぬ長篇エンターテインメント」と応募要項に銘打たれているが、実際には時代劇の受賞が多く、受賞作家の生存率も、時代劇作家のほうが高い


時代劇以外のジャンルで人気作家になったのは、警察小説の横山秀夫とホラー小説の明野照葉だけである。この十年間に絞ってみると、時代劇以外の受賞者は、第十三回の広川純『一応の推定』と、第十六回の牧村一人『アダマースの饗宴』の二人しかいない。


『一応の推定』のほうは小粒で、纏まってはいるが、華々しさに欠ける。案の定、広川は人気が出なかったと見えて、受賞後第一作までで止まっている。『アダマースの饗宴』のほうは、惨憺たる出来栄えだった。私は、なぜ受賞作に選ばれたのか、理解に苦しんだ。


ヤクザの世界を描いているのだが、全く取材せずに、せいぜいテレビドラマを見て想像を膨らませて書いたのが明白で、リアリティが全然なかった。読んでいて、シラケた。


おそらく賞を出している文藝春秋の経営状態が苦しく、その方面の専門家のチェックを得る経済的な余力がないのだろう。しかし、それは時代劇に関しても同じことが言える。


信長が望遠鏡を持っているシーンが描かれた応募作が、堂々と受賞したりする。望遠鏡がヨーロッパで発明されたのは、信長どころか、秀吉の死よりも更に後、関ヶ原合戦の八年後の出来事なのだ。更に、日本に渡来したのは、家康の駿府隠居後である。しかも、そんな〝トンデモ時代劇〟を書いた受賞作家が、今や選考委員に名前を連ねている有様。


現在、日本の出版界は絶不況で、唯一、時代劇のジャンルだけが売れているという理由で、それこそ猫も杓子も時代劇を書きたがるのだが、時代考証が間違いだらけの時代劇が横行するのも当然と言える。年末が朝日時代小説大賞の締切で、こっちは担当編集者が歴史オタクと言えるほど詳しく、最終候補に残った段階から重箱の隅を突っつくような細かい指摘をして応募者に改稿を求めるので、時代劇で新人賞を狙うアマチュア作家は、松本清張賞を狙うか朝日時代小説大賞を狙うか、自分の時代考証レベルを自問自答すると良い。


さて、ミステリー系新人賞やホラー系新人賞を狙う場合に求められるのは新奇のトリック、奇抜なアイディア、前代未聞の設定などだが、時代劇の場合には細かい歴史蘊蓄や新奇の歴史解釈ということになる。その点で第十七回受賞作の村木嵐『マルガリータ』を取り上げたい。『マルガリータ』は天正遣欧少年使節としてローマに派遣された四人の少年、伊東マンショ、千々石ミゲル、中浦ジュリアン、原マルチノの中で唯一、棄教したミゲルにスポットライトを当てて物語を構成している。ミゲルは他の三人と共に最後までキリスト教信仰を捨てなかったが、信仰を貫くために敢えて棄教したという、一種のパラドックスが作品のテーマとなっている。ミゲルの信念の凄まじさが縦糸、新約聖書に出てくるマリアとマルタをモデルにした伊奈姫と珠の交流が横糸になって物語が構成されている。


このパラドックスが「歴史の新奇解釈」に該当するので、参考にしてほしい。歴史知識が広く浅い読者(選考委員)だと「そうか! そういう解釈も成り立つのか!」と感心して高得点を付けるだろう。が、これが朝日時代小説大賞の応募作だったら、どうか。歴史オタク的に詳しい読者(選考委員&編集者)から見たら、さほどには映らない。取り上げられているのが、あまりに有名なエピソードだからである。それに、物語が一五八二年から一六三八年と、五十六年もの長きに亘っているのも、構成を難しくしている。


棄教後に清左衛門と名乗るミゲルと、その妻となる珠のW主人公構成も、上限六百枚という制約の中では、必ずしも成功しているとは言い難い。せめて八百枚あれば、もっと傑作にすることができただろう。途中が小説なのか、ミゲルに関して新説を述べる研究書なのか、どっちつかずの書き方になって、その分だけキャラも弱い。


おそらく作者は、上限六百枚の制約に振り回され、書いては削りを繰り返し、脱稿までに相当な時間を費やしたのではあるまいか。前半と後半で、微妙に文体が異なっている。


前半は、稚拙とまでは言わないが、決して上手とは言えない。多くのアマチュア作家が「この程度の文章なら、私にも書ける」と自信を持ったのではないだろうか。あちこち削った割には、無駄が多い。最初と最後を珠の回顧談のような形式にしたのも、失敗。


ここに枚数を費やすのなら、ミゲルの苦悩を深く掘り下げるべきだった。もう二段ぐらいミゲルの苦悩を掘り下げられれば、キャラの魅力を強化できて、最後の〝泣き〟の部分も、読者を号泣させられるほど密度の濃い演出ができたはずである。作者は女性であるから、珠に語らせたい、という心情は理解できるが、いささか空回りした。


『マルガリータ』は、このように欠点が随所に目立つ作品だけに、どういう箇所に力を入れ、また、どういう箇所からは力を抜くべきかのヒントが得やすい。松本清張賞を狙って〝傾向と対策〟を立てるには格好の教材と言える。

若桜木先生が送り出した作家たち

小説現代長編新人賞

小島環(第9回)

仁志耕一郎(第7回)

田牧大和(第2回)

中路啓太(第1回奨励賞)

朝日時代小説大賞

仁志耕一郎(第4回)

平茂寛(第3回)

歴史群像大賞

山田剛(第17回佳作)

祝迫力(第20回佳作)

富士見新時代小説大賞

近藤五郎(第1回優秀賞)

電撃小説大賞

有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞)

『幽』怪談文学賞長編賞

風花千里(第9回佳作)

近藤五郎(第9回佳作)

藤原葉子(第4回佳作)

日本ミステリー文学大賞新人賞 石川渓月(第14回)
角川春樹小説賞

鳴神響一(第6回)

C★NOVELS大賞

松葉屋なつみ(第10回)

ゴールデン・エレファント賞

時武ぼたん(第4回)

わかたけまさこ(第3回特別賞)

日本文学館 自分史大賞 扇子忠(第4回)
その他の主な作家 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司
新人賞の最終候補に残った生徒 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞)

若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール

昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。

松本清張賞(2011年12月号)

文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。

多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。

十一月三十日が締切の松本清張賞は「ジャンルを問わぬ長篇エンターテインメント」と応募要項に銘打たれているが、実際には時代劇の受賞が多く、受賞作家の生存率も、時代劇作家のほうが高い


時代劇以外のジャンルで人気作家になったのは、警察小説の横山秀夫とホラー小説の明野照葉だけである。この十年間に絞ってみると、時代劇以外の受賞者は、第十三回の広川純『一応の推定』と、第十六回の牧村一人『アダマースの饗宴』の二人しかいない。


『一応の推定』のほうは小粒で、纏まってはいるが、華々しさに欠ける。案の定、広川は人気が出なかったと見えて、受賞後第一作までで止まっている。『アダマースの饗宴』のほうは、惨憺たる出来栄えだった。私は、なぜ受賞作に選ばれたのか、理解に苦しんだ。


ヤクザの世界を描いているのだが、全く取材せずに、せいぜいテレビドラマを見て想像を膨らませて書いたのが明白で、リアリティが全然なかった。読んでいて、シラケた。


おそらく賞を出している文藝春秋の経営状態が苦しく、その方面の専門家のチェックを得る経済的な余力がないのだろう。しかし、それは時代劇に関しても同じことが言える。


信長が望遠鏡を持っているシーンが描かれた応募作が、堂々と受賞したりする。望遠鏡がヨーロッパで発明されたのは、信長どころか、秀吉の死よりも更に後、関ヶ原合戦の八年後の出来事なのだ。更に、日本に渡来したのは、家康の駿府隠居後である。しかも、そんな〝トンデモ時代劇〟を書いた受賞作家が、今や選考委員に名前を連ねている有様。


現在、日本の出版界は絶不況で、唯一、時代劇のジャンルだけが売れているという理由で、それこそ猫も杓子も時代劇を書きたがるのだが、時代考証が間違いだらけの時代劇が横行するのも当然と言える。年末が朝日時代小説大賞の締切で、こっちは担当編集者が歴史オタクと言えるほど詳しく、最終候補に残った段階から重箱の隅を突っつくような細かい指摘をして応募者に改稿を求めるので、時代劇で新人賞を狙うアマチュア作家は、松本清張賞を狙うか朝日時代小説大賞を狙うか、自分の時代考証レベルを自問自答すると良い。


さて、ミステリー系新人賞やホラー系新人賞を狙う場合に求められるのは新奇のトリック、奇抜なアイディア、前代未聞の設定などだが、時代劇の場合には細かい歴史蘊蓄や新奇の歴史解釈ということになる。その点で第十七回受賞作の村木嵐『マルガリータ』を取り上げたい。『マルガリータ』は天正遣欧少年使節としてローマに派遣された四人の少年、伊東マンショ、千々石ミゲル、中浦ジュリアン、原マルチノの中で唯一、棄教したミゲルにスポットライトを当てて物語を構成している。ミゲルは他の三人と共に最後までキリスト教信仰を捨てなかったが、信仰を貫くために敢えて棄教したという、一種のパラドックスが作品のテーマとなっている。ミゲルの信念の凄まじさが縦糸、新約聖書に出てくるマリアとマルタをモデルにした伊奈姫と珠の交流が横糸になって物語が構成されている。


このパラドックスが「歴史の新奇解釈」に該当するので、参考にしてほしい。歴史知識が広く浅い読者(選考委員)だと「そうか! そういう解釈も成り立つのか!」と感心して高得点を付けるだろう。が、これが朝日時代小説大賞の応募作だったら、どうか。歴史オタク的に詳しい読者(選考委員&編集者)から見たら、さほどには映らない。取り上げられているのが、あまりに有名なエピソードだからである。それに、物語が一五八二年から一六三八年と、五十六年もの長きに亘っているのも、構成を難しくしている。


棄教後に清左衛門と名乗るミゲルと、その妻となる珠のW主人公構成も、上限六百枚という制約の中では、必ずしも成功しているとは言い難い。せめて八百枚あれば、もっと傑作にすることができただろう。途中が小説なのか、ミゲルに関して新説を述べる研究書なのか、どっちつかずの書き方になって、その分だけキャラも弱い。


おそらく作者は、上限六百枚の制約に振り回され、書いては削りを繰り返し、脱稿までに相当な時間を費やしたのではあるまいか。前半と後半で、微妙に文体が異なっている。


前半は、稚拙とまでは言わないが、決して上手とは言えない。多くのアマチュア作家が「この程度の文章なら、私にも書ける」と自信を持ったのではないだろうか。あちこち削った割には、無駄が多い。最初と最後を珠の回顧談のような形式にしたのも、失敗。


ここに枚数を費やすのなら、ミゲルの苦悩を深く掘り下げるべきだった。もう二段ぐらいミゲルの苦悩を掘り下げられれば、キャラの魅力を強化できて、最後の〝泣き〟の部分も、読者を号泣させられるほど密度の濃い演出ができたはずである。作者は女性であるから、珠に語らせたい、という心情は理解できるが、いささか空回りした。


『マルガリータ』は、このように欠点が随所に目立つ作品だけに、どういう箇所に力を入れ、また、どういう箇所からは力を抜くべきかのヒントが得やすい。松本清張賞を狙って〝傾向と対策〟を立てるには格好の教材と言える。

若桜木先生が送り出した作家たち

小説現代長編新人賞

小島環(第9回)

仁志耕一郎(第7回)

田牧大和(第2回)

中路啓太(第1回奨励賞)

朝日時代小説大賞

仁志耕一郎(第4回)

平茂寛(第3回)

歴史群像大賞

山田剛(第17回佳作)

祝迫力(第20回佳作)

富士見新時代小説大賞

近藤五郎(第1回優秀賞)

電撃小説大賞

有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞)

『幽』怪談文学賞長編賞

風花千里(第9回佳作)

近藤五郎(第9回佳作)

藤原葉子(第4回佳作)

日本ミステリー文学大賞新人賞 石川渓月(第14回)
角川春樹小説賞

鳴神響一(第6回)

C★NOVELS大賞

松葉屋なつみ(第10回)

ゴールデン・エレファント賞

時武ぼたん(第4回)

わかたけまさこ(第3回特別賞)

日本文学館 自分史大賞 扇子忠(第4回)
その他の主な作家 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司
新人賞の最終候補に残った生徒 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞)

若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール

昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。