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朝日時代小説大賞

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作文・エッセイ
作家デビュー

文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。

多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。

今回は、朝日時代小説大賞について触れることにする。


去年、今年と、私の生徒が三名、連続して最終候補に残ったこと(その内の一人が第三回受賞者の平茂寛さん)で、この賞に関しては、かなり詳しい情報が分かっている。


四月のゴールデン・ウィーク前に、最終候補作の三~四編が決定し、ゴールデン・ウィーク明けまでに編集部の要望に応じて改稿するように、極めて綿密な指示が来る。


これが他の新人賞と違うところ(朝日時代小説大賞以外の新人賞は、受賞決定後、刊行までの間に改稿指示が与えられる)で、最終選考は改稿作に対して行われるのである。


改稿猶予期間は約二週間だが、百枚前後の改稿を命じられる事例もあって、最終候補者はゴールデン・ウィーク返上で、中には徹夜までして仕上げなければならない者も出る。


新人賞に応募するアマチュア作家の中には、応募作がそのままの状態で刊行されるものと勘違いしている者が大勢いるのだが、百%そんなことはない。一千箇所くらいの修正の指示が来るのは当たり前で、中には「全没、書き直し」という極端な事例さえあった。


要するに、登場人物と物語設定、ストーリー展開の基本骨子は同じまま、全文を総取っ替えするわけである。歴史群像大賞佳作で、受賞作が十一月に刊行された山田剛さんも、約半分を書き換えるように編集部から指示され、捻り鉢巻で取り組む羽目になった。


しかし、受賞後の改稿は、時間を食っても刊行日を延ばせばよいだけの話であるから、大変とはいえ、多少は気楽(傍目にはそう映るが、当人にとっては、それどころではない)だが、候補作段階での改稿は短い設定が設けられているので、極めて大変である。


それというのも、朝日時代小説大賞は現在、日本で唯一、時代劇のジャンルに特化した新人賞(歴史群像大賞は、ややライトノベルっぽい作風が受賞する)だからで、時代考証に関して重箱の隅を突っついたような、他の新人賞なら確実に見逃されるような点に関しての改稿指示が来る。その点が、時代劇の受賞作が多い松本清張賞と決定的に違っている。


第三回を『隈取絵師・鍬形恵斎』で受賞した平茂さんは、最終候補段階と、受賞決定後の刊行前と、二段階に亘って徹底改稿を命じられ、普通なら十一月か十二月には刊行される受賞作の刊行が三月まで延びたのであるから、いかに微に入り細を穿った指示が来るか、想像がつく。その分、受賞作を読んで〝傾向と対策〟を立てたい応募者には、第二回受賞作の『忍び外伝』(乾緑郎)しか参考にする材料がないのが、いささか気の毒であるが。


受賞作の主人公・鍬形恵斎は津山藩松平家のお抱え絵師となった実在の人物だが、普通の人は知らないだろう。その点が松本清張賞受賞作の『マルガリータ』と根本的に違う。惜しくも受賞を逸したが、同時最終候補となった三笠咲さんが取り上げた五寸釘の寅吉(これも普通の人は知らないだろう)に関して「今やほとんど扱われなくなった実在の人物を、冒頭、紅葉=緋色の中に捉えたイメージが鮮烈な印象を残す」と高評価を与えている。


第二回の最終候補となった高田在子さんは、幕府の薬種御庭番を主人公に据えている。若干、主人公のキャラクターの弱さのために受賞を逸したが、「そんな役職があるのか?」と、時代考証には猛烈に詳しい朝日新聞出版の編集者を裏付けに走らせ、「確かに、実在した」とお墨付きを得たというエピソードを残している。要は〝ほとんど誰も知らない〟人物や役職を掘り起こせるか否かが、朝日時代小説大賞狙いのキーポイントとなる。


その代わり、朝日時代小説大賞の選考委員は、時代劇以外のジャンルには、かなり疎い。


第二回受賞作の『忍び外伝』が、アマゾンのレビューで好評と不評が相半ばしている点に如実に表れているのだが、時代劇しか読まない人が『忍び外伝』を見たら新鮮に感じるだろうが、SFを大量に読んだ者から見れば、アイディア的には、陳腐の極みである。


『忍び外伝』の登場人物は『鍬形恵斎』に比べれば遙かに有名どころばかり取り上げ、その弱点を、SFでは使い古されたアイディアの〝異次元〟を持ち込んでカバーしている。SF畑に精通した、例えばSF界の大御所の川又千秋さんが選考委員長を務める歴史群像大賞に応募していたら、この陳腐なSFアイディア部分が致命傷となった可能性が高い。


朝日時代小説大賞は、このように〝ほとんど誰も知らない人物や役職〟を掘り起こすことが最大の〝傾向と対策〟になるのだが、どうしても、そういう題材に行き当たらない人は〝朝日時代小説大賞の選考委員は、時代劇以外のジャンルには疎い〟が狙い目となる。


SFやホラーでは使い古された手法が選考委員に新鮮に映る、ということが往々にして起きるので、ジャンル横断的な時代劇を書いてみると、存外、朝日時代小説大賞は手の届くところにあるかもしれない。

若桜木先生が送り出した作家たち

小説現代長編新人賞

小島環(第9回)

仁志耕一郎(第7回)

田牧大和(第2回)

中路啓太(第1回奨励賞)

朝日時代小説大賞

仁志耕一郎(第4回)

平茂寛(第3回)

歴史群像大賞

山田剛(第17回佳作)

祝迫力(第20回佳作)

富士見新時代小説大賞

近藤五郎(第1回優秀賞)

電撃小説大賞

有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞)

『幽』怪談文学賞長編賞

風花千里(第9回佳作)

近藤五郎(第9回佳作)

藤原葉子(第4回佳作)

日本ミステリー文学大賞新人賞 石川渓月(第14回)
角川春樹小説賞

鳴神響一(第6回)

C★NOVELS大賞

松葉屋なつみ(第10回)

ゴールデン・エレファント賞

時武ぼたん(第4回)

わかたけまさこ(第3回特別賞)

日本文学館 自分史大賞 扇子忠(第4回)
その他の主な作家 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司
新人賞の最終候補に残った生徒 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞)

若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール

昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。

朝日時代小説大賞(2012年1月号)

文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。

多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。

今回は、朝日時代小説大賞について触れることにする。


去年、今年と、私の生徒が三名、連続して最終候補に残ったこと(その内の一人が第三回受賞者の平茂寛さん)で、この賞に関しては、かなり詳しい情報が分かっている。


四月のゴールデン・ウィーク前に、最終候補作の三~四編が決定し、ゴールデン・ウィーク明けまでに編集部の要望に応じて改稿するように、極めて綿密な指示が来る。


これが他の新人賞と違うところ(朝日時代小説大賞以外の新人賞は、受賞決定後、刊行までの間に改稿指示が与えられる)で、最終選考は改稿作に対して行われるのである。


改稿猶予期間は約二週間だが、百枚前後の改稿を命じられる事例もあって、最終候補者はゴールデン・ウィーク返上で、中には徹夜までして仕上げなければならない者も出る。


新人賞に応募するアマチュア作家の中には、応募作がそのままの状態で刊行されるものと勘違いしている者が大勢いるのだが、百%そんなことはない。一千箇所くらいの修正の指示が来るのは当たり前で、中には「全没、書き直し」という極端な事例さえあった。


要するに、登場人物と物語設定、ストーリー展開の基本骨子は同じまま、全文を総取っ替えするわけである。歴史群像大賞佳作で、受賞作が十一月に刊行された山田剛さんも、約半分を書き換えるように編集部から指示され、捻り鉢巻で取り組む羽目になった。


しかし、受賞後の改稿は、時間を食っても刊行日を延ばせばよいだけの話であるから、大変とはいえ、多少は気楽(傍目にはそう映るが、当人にとっては、それどころではない)だが、候補作段階での改稿は短い設定が設けられているので、極めて大変である。


それというのも、朝日時代小説大賞は現在、日本で唯一、時代劇のジャンルに特化した新人賞(歴史群像大賞は、ややライトノベルっぽい作風が受賞する)だからで、時代考証に関して重箱の隅を突っついたような、他の新人賞なら確実に見逃されるような点に関しての改稿指示が来る。その点が、時代劇の受賞作が多い松本清張賞と決定的に違っている。


第三回を『隈取絵師・鍬形恵斎』で受賞した平茂さんは、最終候補段階と、受賞決定後の刊行前と、二段階に亘って徹底改稿を命じられ、普通なら十一月か十二月には刊行される受賞作の刊行が三月まで延びたのであるから、いかに微に入り細を穿った指示が来るか、想像がつく。その分、受賞作を読んで〝傾向と対策〟を立てたい応募者には、第二回受賞作の『忍び外伝』(乾緑郎)しか参考にする材料がないのが、いささか気の毒であるが。


受賞作の主人公・鍬形恵斎は津山藩松平家のお抱え絵師となった実在の人物だが、普通の人は知らないだろう。その点が松本清張賞受賞作の『マルガリータ』と根本的に違う。惜しくも受賞を逸したが、同時最終候補となった三笠咲さんが取り上げた五寸釘の寅吉(これも普通の人は知らないだろう)に関して「今やほとんど扱われなくなった実在の人物を、冒頭、紅葉=緋色の中に捉えたイメージが鮮烈な印象を残す」と高評価を与えている。


第二回の最終候補となった高田在子さんは、幕府の薬種御庭番を主人公に据えている。若干、主人公のキャラクターの弱さのために受賞を逸したが、「そんな役職があるのか?」と、時代考証には猛烈に詳しい朝日新聞出版の編集者を裏付けに走らせ、「確かに、実在した」とお墨付きを得たというエピソードを残している。要は〝ほとんど誰も知らない〟人物や役職を掘り起こせるか否かが、朝日時代小説大賞狙いのキーポイントとなる。


その代わり、朝日時代小説大賞の選考委員は、時代劇以外のジャンルには、かなり疎い。


第二回受賞作の『忍び外伝』が、アマゾンのレビューで好評と不評が相半ばしている点に如実に表れているのだが、時代劇しか読まない人が『忍び外伝』を見たら新鮮に感じるだろうが、SFを大量に読んだ者から見れば、アイディア的には、陳腐の極みである。


『忍び外伝』の登場人物は『鍬形恵斎』に比べれば遙かに有名どころばかり取り上げ、その弱点を、SFでは使い古されたアイディアの〝異次元〟を持ち込んでカバーしている。SF畑に精通した、例えばSF界の大御所の川又千秋さんが選考委員長を務める歴史群像大賞に応募していたら、この陳腐なSFアイディア部分が致命傷となった可能性が高い。


朝日時代小説大賞は、このように〝ほとんど誰も知らない人物や役職〟を掘り起こすことが最大の〝傾向と対策〟になるのだが、どうしても、そういう題材に行き当たらない人は〝朝日時代小説大賞の選考委員は、時代劇以外のジャンルには疎い〟が狙い目となる。


SFやホラーでは使い古された手法が選考委員に新鮮に映る、ということが往々にして起きるので、ジャンル横断的な時代劇を書いてみると、存外、朝日時代小説大賞は手の届くところにあるかもしれない。

若桜木先生が送り出した作家たち

小説現代長編新人賞

小島環(第9回)

仁志耕一郎(第7回)

田牧大和(第2回)

中路啓太(第1回奨励賞)

朝日時代小説大賞

仁志耕一郎(第4回)

平茂寛(第3回)

歴史群像大賞

山田剛(第17回佳作)

祝迫力(第20回佳作)

富士見新時代小説大賞

近藤五郎(第1回優秀賞)

電撃小説大賞

有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞)

『幽』怪談文学賞長編賞

風花千里(第9回佳作)

近藤五郎(第9回佳作)

藤原葉子(第4回佳作)

日本ミステリー文学大賞新人賞 石川渓月(第14回)
角川春樹小説賞

鳴神響一(第6回)

C★NOVELS大賞

松葉屋なつみ(第10回)

ゴールデン・エレファント賞

時武ぼたん(第4回)

わかたけまさこ(第3回特別賞)

日本文学館 自分史大賞 扇子忠(第4回)
その他の主な作家 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司
新人賞の最終候補に残った生徒 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞)

若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール

昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。