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日本ラブストーリー大賞

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作文・エッセイ
作家デビュー

文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。

多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。

日本ラブストーリー大賞

今回は、日本ラブストーリー大賞について論じる。募集要項には「時代や小説のジャンルは自由。ホラー、時代小説、SF、ミステリーなどの形式でも、ストーリーの中に素敵な恋愛の要素があれば、すべてが評価の対象」とあるが、典型的なラブストーリーを応募しても一次選考で落とされるという、ちょっと変わった新人賞でもある。


しかし、新人賞が「他の応募者とは変わった作品を書ける人」を求める以上は、当然のこととも言える。要するに日本ラブストーリー大賞を狙うには、広義のラブストーリーには該当するが、狭義のラブストーリー(男女の相思相愛)を書いてはいけないのである。


例えば第二回の受賞作『守護天使』(上村佑)など、「え? これの、どこがラブストーリー?」と疑問に思う人が多いだろうが、それは“狭義のラブストーリー”の観点から見たから当て嵌まらないのであって、中年のメタボ男が通勤電車で見かける清純な女子高生に一目惚れしてストーカーする展開は、広義のラブストーリーと言えないこともない。

要するにラブストーリーに該当するのか否か、際どい境界線上の物語を考えて応募すべき新人賞なのである。そこで、まず、第五回のエンタテインメント特別賞に選ばれた矢城潤一の『ふたたびswing me again』を取り上げる。主人公の貴島大翔は、学校に通えなくなった、テレビゲームばかりやっている引き籠もり学生で、窓から目撃した、夜中にゴミ出しする女性に一目惚れして盗撮、動画サイトにアップし……という冒頭から始まる。


この冒頭は、全くいただけない。未成年者の非行や引き籠もり、ストーカー、オタク、鬱病などは、あまりに大量に新人賞応募作で送られてくるので、下読み選者が真面目に読まない。気の短い下読み選者だったら、肝心のシーンに差し掛かる前に「こりゃ、駄目だ」と判定して落選にしていた可能性が高い。最初から二十ページほどはNG作品の典型であるから、新人賞に応募しようと考えている人は〝駄目作品の見本〟として読むこと。


が、そこを過ぎると一転して物語は佳境に入っていく。五十五年間、ハンセン病の療養施設に入っていた主人公の祖父が仮退所してきて、主人公の家に同居することになる。祖父は、発病したことで引き裂かれた最愛の人(主人公の祖母)を、どうにかして探そうと悪戦苦闘し、主人公は否応なしに祖母探しに付き合わされることになって、その過程で立ち直っていく。最後の最後で、探し当てるのだが、ほんの僅かの差で間に合わず、祖母は息を引き取った直後だった、という、涙もろい人なら確実に泣かされるような物語で、つまり主人公ではなく、祖父のラブストーリーなのである。主人公と、一目惚れしたゴミ出し女性との間にもラブストーリーらしきものはあるが、〝刺身のツマ〟程度に過ぎない。
『ふたたび』を読めば、「ああ、なるほど、こういう物語を狙えば良いのか」という発想のヒントになるはずである。


もう一つは、第六回の大賞受賞作『恋なんて贅沢が私に落ちてくるのだろうか?』(中居真麻)について論じる。これは、主人公が男性でなく女性になっている点を除けば、第二十三回の小説すばる新人賞受賞作『国道沿いのファミレス』(畑野智美)と同系統の作品で、ただ、中居作品のほうが畑野作品よりも二段階ぐらい上を行く。

中居作品の主人公の宝池青子は、それなりに魅力的らしいのだが、恋愛に関しては全く上手く行かず、二十六年間も「彼氏なし」で、物語の最後まで、とうとう恋人ができないままに終わる。その間、全く男性関係がないわけではなく、振ることも振られることもあるのだが、その間の生活の変化というか、周囲の人間との交流の描き方が実に巧い。

そこが、ステレオタイプの登場人物しか出てこない『ファミレス』との最大の相違点で、この二作品を読み比べて相違点を箇条書きに書き出してみれば、どういうふうに書いたら良いのか、また、どういうふうに書いてはいけないのかが自ずと見えてくるはずである。登場人物の台詞回しなども実に巧みで(地の文は、さほど巧くないが)さすが関西人という特徴が出ている。


中居は日本ラブストーリー大賞の第二回に『ハナビ』という作品を応募していて、これは二次選考は通過したものの、最終選考の五作には残れず、江國香織氏の作品に似た文体は、「読みやすい」と評価される一方、「それだけに、マーケットに出たときに差別化が難しい」との結論になり、「既存の作品を思わせるような作風を脱し、真のオリジナリティを追求した新作を読ませてほしい」という理由で落とされている。


しかし、これも宝島社から刊行されているので、読み比べてみると良いだろう。明らかに文章は下手だし、大賞受賞の最大要因となった感性も粗削りで磨かれていないことが分かる。


それだけに「この程度の作品が書ければ、日本ラブストーリー大賞では二次選考を通過し、運が良ければハードカバーで刊行してもらえる」という意味では、大いに参考になる。

若桜木先生が送り出した作家たち

小説現代長編新人賞

小島環(第9回)

仁志耕一郎(第7回)

田牧大和(第2回)

中路啓太(第1回奨励賞)

朝日時代小説大賞

仁志耕一郎(第4回)

平茂寛(第3回)

歴史群像大賞

山田剛(第17回佳作)

祝迫力(第20回佳作)

富士見新時代小説大賞

近藤五郎(第1回優秀賞)

電撃小説大賞

有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞)

『幽』怪談文学賞長編賞

風花千里(第9回佳作)

近藤五郎(第9回佳作)

藤原葉子(第4回佳作)

日本ミステリー文学大賞新人賞 石川渓月(第14回)
角川春樹小説賞

鳴神響一(第6回)

C★NOVELS大賞

松葉屋なつみ(第10回)

ゴールデン・エレファント賞

時武ぼたん(第4回)

わかたけまさこ(第3回特別賞)

日本文学館 自分史大賞 扇子忠(第4回)
その他の主な作家 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司
新人賞の最終候補に残った生徒 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞)

若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール

昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。

日本ラブストーリー大賞(2012年7月号)

文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。

多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。

日本ラブストーリー大賞

今回は、日本ラブストーリー大賞について論じる。募集要項には「時代や小説のジャンルは自由。ホラー、時代小説、SF、ミステリーなどの形式でも、ストーリーの中に素敵な恋愛の要素があれば、すべてが評価の対象」とあるが、典型的なラブストーリーを応募しても一次選考で落とされるという、ちょっと変わった新人賞でもある。


しかし、新人賞が「他の応募者とは変わった作品を書ける人」を求める以上は、当然のこととも言える。要するに日本ラブストーリー大賞を狙うには、広義のラブストーリーには該当するが、狭義のラブストーリー(男女の相思相愛)を書いてはいけないのである。


例えば第二回の受賞作『守護天使』(上村佑)など、「え? これの、どこがラブストーリー?」と疑問に思う人が多いだろうが、それは“狭義のラブストーリー”の観点から見たから当て嵌まらないのであって、中年のメタボ男が通勤電車で見かける清純な女子高生に一目惚れしてストーカーする展開は、広義のラブストーリーと言えないこともない。

要するにラブストーリーに該当するのか否か、際どい境界線上の物語を考えて応募すべき新人賞なのである。そこで、まず、第五回のエンタテインメント特別賞に選ばれた矢城潤一の『ふたたびswing me again』を取り上げる。主人公の貴島大翔は、学校に通えなくなった、テレビゲームばかりやっている引き籠もり学生で、窓から目撃した、夜中にゴミ出しする女性に一目惚れして盗撮、動画サイトにアップし……という冒頭から始まる。


この冒頭は、全くいただけない。未成年者の非行や引き籠もり、ストーカー、オタク、鬱病などは、あまりに大量に新人賞応募作で送られてくるので、下読み選者が真面目に読まない。気の短い下読み選者だったら、肝心のシーンに差し掛かる前に「こりゃ、駄目だ」と判定して落選にしていた可能性が高い。最初から二十ページほどはNG作品の典型であるから、新人賞に応募しようと考えている人は〝駄目作品の見本〟として読むこと。


が、そこを過ぎると一転して物語は佳境に入っていく。五十五年間、ハンセン病の療養施設に入っていた主人公の祖父が仮退所してきて、主人公の家に同居することになる。祖父は、発病したことで引き裂かれた最愛の人(主人公の祖母)を、どうにかして探そうと悪戦苦闘し、主人公は否応なしに祖母探しに付き合わされることになって、その過程で立ち直っていく。最後の最後で、探し当てるのだが、ほんの僅かの差で間に合わず、祖母は息を引き取った直後だった、という、涙もろい人なら確実に泣かされるような物語で、つまり主人公ではなく、祖父のラブストーリーなのである。主人公と、一目惚れしたゴミ出し女性との間にもラブストーリーらしきものはあるが、〝刺身のツマ〟程度に過ぎない。
『ふたたび』を読めば、「ああ、なるほど、こういう物語を狙えば良いのか」という発想のヒントになるはずである。


もう一つは、第六回の大賞受賞作『恋なんて贅沢が私に落ちてくるのだろうか?』(中居真麻)について論じる。これは、主人公が男性でなく女性になっている点を除けば、第二十三回の小説すばる新人賞受賞作『国道沿いのファミレス』(畑野智美)と同系統の作品で、ただ、中居作品のほうが畑野作品よりも二段階ぐらい上を行く。

中居作品の主人公の宝池青子は、それなりに魅力的らしいのだが、恋愛に関しては全く上手く行かず、二十六年間も「彼氏なし」で、物語の最後まで、とうとう恋人ができないままに終わる。その間、全く男性関係がないわけではなく、振ることも振られることもあるのだが、その間の生活の変化というか、周囲の人間との交流の描き方が実に巧い。

そこが、ステレオタイプの登場人物しか出てこない『ファミレス』との最大の相違点で、この二作品を読み比べて相違点を箇条書きに書き出してみれば、どういうふうに書いたら良いのか、また、どういうふうに書いてはいけないのかが自ずと見えてくるはずである。登場人物の台詞回しなども実に巧みで(地の文は、さほど巧くないが)さすが関西人という特徴が出ている。


中居は日本ラブストーリー大賞の第二回に『ハナビ』という作品を応募していて、これは二次選考は通過したものの、最終選考の五作には残れず、江國香織氏の作品に似た文体は、「読みやすい」と評価される一方、「それだけに、マーケットに出たときに差別化が難しい」との結論になり、「既存の作品を思わせるような作風を脱し、真のオリジナリティを追求した新作を読ませてほしい」という理由で落とされている。


しかし、これも宝島社から刊行されているので、読み比べてみると良いだろう。明らかに文章は下手だし、大賞受賞の最大要因となった感性も粗削りで磨かれていないことが分かる。


それだけに「この程度の作品が書ければ、日本ラブストーリー大賞では二次選考を通過し、運が良ければハードカバーで刊行してもらえる」という意味では、大いに参考になる。

若桜木先生が送り出した作家たち

小説現代長編新人賞

小島環(第9回)

仁志耕一郎(第7回)

田牧大和(第2回)

中路啓太(第1回奨励賞)

朝日時代小説大賞

仁志耕一郎(第4回)

平茂寛(第3回)

歴史群像大賞

山田剛(第17回佳作)

祝迫力(第20回佳作)

富士見新時代小説大賞

近藤五郎(第1回優秀賞)

電撃小説大賞

有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞)

『幽』怪談文学賞長編賞

風花千里(第9回佳作)

近藤五郎(第9回佳作)

藤原葉子(第4回佳作)

日本ミステリー文学大賞新人賞 石川渓月(第14回)
角川春樹小説賞

鳴神響一(第6回)

C★NOVELS大賞

松葉屋なつみ(第10回)

ゴールデン・エレファント賞

時武ぼたん(第4回)

わかたけまさこ(第3回特別賞)

日本文学館 自分史大賞 扇子忠(第4回)
その他の主な作家 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司
新人賞の最終候補に残った生徒 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞)

若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール

昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。