鮎川哲也賞


文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。
多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。
日本ホラー小説大賞
今回は鮎川哲也賞を取り上げることにする。第十九回と第二十二回で選考委員の入れ替わりがあったので、第十九回受賞作の相沢沙呼『午前零時のサンドリヨン』、第二十一回受賞作の山田彩人『眼鏡屋は消えた』、第二十二回の受賞作の青崎有吾『体育館の殺人』の三作について論ずる。この三作は、いずれも高校が舞台の学園ミステリーである。
三作も高校物が続いたことで「鮎川哲也賞は学園物が受賞しやすい」という大いなる勘違いをするアマチュアが続出しそうなので、敢えて注意する。「学園物」は書くな、と。
そもそも新人賞とは「他の人には書けない、前例のない作品を書ける書き手」を発掘するものである。ところが、今どき高校生活を経験していない者などいない(少なくとも選考委員や編集者に関しては)から、よほど切り口に工夫をしないと既視感(どこかで見たような話)が出てしまう。既視感は大きな減点材料になるから、学園物は避けたほうが賢明なのだ。それでも敢えて学園物で挑戦しようとしている人は三作を読んで「これは、よくあるエピソードだよな」という箇所と「こういうエピソードは初めてだぞ」という箇所を分類してみること。前者が多ければ予選落ちするし、後者が多ければ予選突破できる。
後者を多くする自信がなければ、潔く学園物は断念しないと、無駄働きに終わる。
鮎川哲也賞のキーポイントは密室トリックである。と書くと、ミステリー歴の浅いアマチュアは、すぐに物理トリックを考える。しかし、もう物理トリックは出尽くしている。よほどの天才でないと、新規の物理トリックは思いつけないだろう。「密室トリックなどいくらでも考え出せる」と豪語していた、亡き泡坂妻夫さんのような天才でない限り。
密室トリックと考えるべきは「衆人環視状態にあって誰も事件現場に入れたはずがない」という“開かれた密室”のバリエーションで、前述の三作も、この路線を狙っている。
また、最近は出版界の構造不況で、版元は受賞作の映像化を目論見、切望している。鮎川哲也賞も例外ではなく、どんどん“映像化されそうな登場人物のキャラが立った作品”に選考の基準が明らかにシフトしている。三作を読み比べてみると『サンドリヨン』→『眼鏡屋』→『体育館』と右肩上がりで登場人物のキャラが魅力的になっている。密室トリックは凄いが、キャラは全然ダメとか、どう読んでも金田一耕助のパロディとかいった作品が鮎川哲也賞を射止めていた時代と比較して見ると、昔日の感がある。三作で、どのくらいキャラが右肩上がりになっているかを分析すれば、どの程度のキャラが受賞の必須要件なのかは、自ずと見えてくるだろう。今後の鮎川哲也賞は“登場人物のキャラと密室トリックが二輪車の両輪”のような流れになっていくことは、ほぼ間違いない。
また、受賞作が売れなくては困るので、講評でボロクソに貶す選考委員は少なくなったが、三作とも文章力は目を覆いたくなるものがある。強調語を避けて淡々と書くほうが文章は読者に切実に伝わってくるのだが、『サンドリヨン』はヒドい。強調語の「しまう」を乱発する。単純に「する」と書けば良いのに、わざわざ「してしまう」と書く。作品全体で、おそらく「しまう」が三千個から四千個はあるだろう。これを二十分の一以下に削れば格段に良くなるし、代名詞の「彼女」の使用が多すぎる。ヒロインの酉乃初だけを受けるのであれば、まだ許せるのだが、登場人物の女性全員を「彼女」で受けるから、時として誰のことか分からなくなる。もちろん熟読すれば分かるが、下読み選者は熟読せず、斜めに読み飛ばすのが選考の基本ということを忘れてはいけない。
鮎川哲也賞は応募作品数が少ないので下読み選者が丁寧に読んでくれるが、応募作品数の多い賞なら、苛立って真面目に読んで貰えない危険性がある。
『眼鏡屋』は鸚鵡返しの台詞が異常に多い。映像脚本は重要なことは鸚鵡返しが基本(台詞は片端から消えていくため)だが、小説では反対に「芸がない」として選考時の減点対象になる。強調語の乱用と鸚鵡返しは、大減点する選考委員と、大して気にしない選考委員と、個人差が大きいので、新人賞を片端から狙っていくのであれば最も厳しい基準に合わせて書かないと、苦い思いをすることになる。また、全く同レベルの応募作が競合したら、文章力が上位の応募者に授賞されるのは当然だから、ここは注意しておくべき要点。
三作に共通するのは、相も変わらず台詞に続けて「そう言って」の多用。情感を込めて言ったのか、ぶっきらぼうに突き放したように言ったのか、そこを書けば、がらりと奥行きが出るのに、手抜きをしている。名文家で「そう言って」などと書く人はいない。
『体育館』は警察を間抜けに描きすぎ。警察を間抜けに描くことで探偵役を名探偵らしく見せる対比手法は、たいてい名探偵に見えないので、不可。幸い『体育館』の探偵役は紛れもない名探偵に描けているのでOKだが、技術のないアマチュアは参考にはしないほうが良い作品。
若桜木先生が送り出した作家たち
小説現代長編新人賞 |
小島環(第9回) 仁志耕一郎(第7回) 田牧大和(第2回) 中路啓太(第1回奨励賞) |
---|---|
朝日時代小説大賞 |
仁志耕一郎(第4回) 平茂寛(第3回) |
歴史群像大賞 |
山田剛(第17回佳作) 祝迫力(第20回佳作) |
富士見新時代小説大賞 |
近藤五郎(第1回優秀賞) |
電撃小説大賞 |
有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞) |
『幽』怪談文学賞長編賞 |
風花千里(第9回佳作) 近藤五郎(第9回佳作) 藤原葉子(第4回佳作) |
日本ミステリー文学大賞新人賞 | 石川渓月(第14回) |
角川春樹小説賞 |
鳴神響一(第6回) |
C★NOVELS大賞 |
松葉屋なつみ(第10回) |
ゴールデン・エレファント賞 |
時武ぼたん(第4回) わかたけまさこ(第3回特別賞) |
日本文学館 自分史大賞 | 扇子忠(第4回) |
その他の主な作家 | 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司 |
新人賞の最終候補に残った生徒 | 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞) |
若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール
昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。
文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。
多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。
日本ホラー小説大賞
今回は鮎川哲也賞を取り上げることにする。第十九回と第二十二回で選考委員の入れ替わりがあったので、第十九回受賞作の相沢沙呼『午前零時のサンドリヨン』、第二十一回受賞作の山田彩人『眼鏡屋は消えた』、第二十二回の受賞作の青崎有吾『体育館の殺人』の三作について論ずる。この三作は、いずれも高校が舞台の学園ミステリーである。
三作も高校物が続いたことで「鮎川哲也賞は学園物が受賞しやすい」という大いなる勘違いをするアマチュアが続出しそうなので、敢えて注意する。「学園物」は書くな、と。
そもそも新人賞とは「他の人には書けない、前例のない作品を書ける書き手」を発掘するものである。ところが、今どき高校生活を経験していない者などいない(少なくとも選考委員や編集者に関しては)から、よほど切り口に工夫をしないと既視感(どこかで見たような話)が出てしまう。既視感は大きな減点材料になるから、学園物は避けたほうが賢明なのだ。それでも敢えて学園物で挑戦しようとしている人は三作を読んで「これは、よくあるエピソードだよな」という箇所と「こういうエピソードは初めてだぞ」という箇所を分類してみること。前者が多ければ予選落ちするし、後者が多ければ予選突破できる。
後者を多くする自信がなければ、潔く学園物は断念しないと、無駄働きに終わる。
鮎川哲也賞のキーポイントは密室トリックである。と書くと、ミステリー歴の浅いアマチュアは、すぐに物理トリックを考える。しかし、もう物理トリックは出尽くしている。よほどの天才でないと、新規の物理トリックは思いつけないだろう。「密室トリックなどいくらでも考え出せる」と豪語していた、亡き泡坂妻夫さんのような天才でない限り。
密室トリックと考えるべきは「衆人環視状態にあって誰も事件現場に入れたはずがない」という“開かれた密室”のバリエーションで、前述の三作も、この路線を狙っている。
また、最近は出版界の構造不況で、版元は受賞作の映像化を目論見、切望している。鮎川哲也賞も例外ではなく、どんどん“映像化されそうな登場人物のキャラが立った作品”に選考の基準が明らかにシフトしている。三作を読み比べてみると『サンドリヨン』→『眼鏡屋』→『体育館』と右肩上がりで登場人物のキャラが魅力的になっている。密室トリックは凄いが、キャラは全然ダメとか、どう読んでも金田一耕助のパロディとかいった作品が鮎川哲也賞を射止めていた時代と比較して見ると、昔日の感がある。三作で、どのくらいキャラが右肩上がりになっているかを分析すれば、どの程度のキャラが受賞の必須要件なのかは、自ずと見えてくるだろう。今後の鮎川哲也賞は“登場人物のキャラと密室トリックが二輪車の両輪”のような流れになっていくことは、ほぼ間違いない。
また、受賞作が売れなくては困るので、講評でボロクソに貶す選考委員は少なくなったが、三作とも文章力は目を覆いたくなるものがある。強調語を避けて淡々と書くほうが文章は読者に切実に伝わってくるのだが、『サンドリヨン』はヒドい。強調語の「しまう」を乱発する。単純に「する」と書けば良いのに、わざわざ「してしまう」と書く。作品全体で、おそらく「しまう」が三千個から四千個はあるだろう。これを二十分の一以下に削れば格段に良くなるし、代名詞の「彼女」の使用が多すぎる。ヒロインの酉乃初だけを受けるのであれば、まだ許せるのだが、登場人物の女性全員を「彼女」で受けるから、時として誰のことか分からなくなる。もちろん熟読すれば分かるが、下読み選者は熟読せず、斜めに読み飛ばすのが選考の基本ということを忘れてはいけない。
鮎川哲也賞は応募作品数が少ないので下読み選者が丁寧に読んでくれるが、応募作品数の多い賞なら、苛立って真面目に読んで貰えない危険性がある。
『眼鏡屋』は鸚鵡返しの台詞が異常に多い。映像脚本は重要なことは鸚鵡返しが基本(台詞は片端から消えていくため)だが、小説では反対に「芸がない」として選考時の減点対象になる。強調語の乱用と鸚鵡返しは、大減点する選考委員と、大して気にしない選考委員と、個人差が大きいので、新人賞を片端から狙っていくのであれば最も厳しい基準に合わせて書かないと、苦い思いをすることになる。また、全く同レベルの応募作が競合したら、文章力が上位の応募者に授賞されるのは当然だから、ここは注意しておくべき要点。
三作に共通するのは、相も変わらず台詞に続けて「そう言って」の多用。情感を込めて言ったのか、ぶっきらぼうに突き放したように言ったのか、そこを書けば、がらりと奥行きが出るのに、手抜きをしている。名文家で「そう言って」などと書く人はいない。
『体育館』は警察を間抜けに描きすぎ。警察を間抜けに描くことで探偵役を名探偵らしく見せる対比手法は、たいてい名探偵に見えないので、不可。幸い『体育館』の探偵役は紛れもない名探偵に描けているのでOKだが、技術のないアマチュアは参考にはしないほうが良い作品。
若桜木先生が送り出した作家たち
小説現代長編新人賞 |
小島環(第9回) 仁志耕一郎(第7回) 田牧大和(第2回) 中路啓太(第1回奨励賞) |
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朝日時代小説大賞 |
仁志耕一郎(第4回) 平茂寛(第3回) |
歴史群像大賞 |
山田剛(第17回佳作) 祝迫力(第20回佳作) |
富士見新時代小説大賞 |
近藤五郎(第1回優秀賞) |
電撃小説大賞 |
有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞) |
『幽』怪談文学賞長編賞 |
風花千里(第9回佳作) 近藤五郎(第9回佳作) 藤原葉子(第4回佳作) |
日本ミステリー文学大賞新人賞 | 石川渓月(第14回) |
角川春樹小説賞 |
鳴神響一(第6回) |
C★NOVELS大賞 |
松葉屋なつみ(第10回) |
ゴールデン・エレファント賞 |
時武ぼたん(第4回) わかたけまさこ(第3回特別賞) |
日本文学館 自分史大賞 | 扇子忠(第4回) |
その他の主な作家 | 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司 |
新人賞の最終候補に残った生徒 | 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞) |
若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール
昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。