小説現代長編新人賞


文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。
多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。
小説現代長編新人賞
今回は、一月三十一日締切(当日消印有効)の小説現代長編新人賞(三十字×四十行で印字。手書き原稿は二百五十枚以上、五百枚まで)を取り上げることにして、第五回受賞作の塩田武士 『盤上のアルファ』と第七回受賞作の仁志耕一郎 『玉兎の望』について論ずる。この二つは、現代劇と時代劇という点を除いても、極端に違う作品だからである。
新人賞を射止めるためには、選考委員を唸らせ、感心させなければならない。これがキーポイントで、知識・蘊蓄で唸らせるか、創造力・想像力で唸らせるか、である。
両者が揃っていれば無論いうことはないわけだが、創造力・想像力には限界があって、無制限に捻り出せるものではない(無制限に捻り出せる天才もいるかも知れないが、それは数十年に一人といったスパンでしか出てこないので、当講座の読者には関係がない)。
つまり、創造力・想像力で新人賞を受賞できても、遠からず枯渇するから、応募作に取り組む時点で、選考委員を唸らせられるだけの知識・蘊蓄を蓄えておく必要がある。
それは、ひたすら取材(資料収集を含む)に拠るか、自分の経験を書くか。『玉兎』が前者タイプの作品で、『盤上』が後者タイプの作品である。『玉兎』を読めば、どれほど仁志が資料集めに奔走し、悪戦苦闘したかが、想像できる。時代劇では、いくら資料を大量に集めて読破したところで、それを選考委員も知っていたら、感心してもらえない。
例えば、織田信長に関して桶狭間の戦いや本能寺の変をどれほど詳しく書いたところで、誰でも知っている、歴史の教科書にも載っている史実だから、感心してはもらえない。
いくら書き手が「これは前例のない新説だ!」と意気込んでも、それはパロディのレベルにしかならない。時代劇で新人賞を狙う場合の難しさは、選考委員が全然もしくは、ほとんど知らない素材を掘り起こすか、第六回受賞作の長浦京『赤刃』のように史実は掘り起こさず、舞台だけ過去に求めて創造力・想像力で勝負するか。
だが、仁志が早くも受賞第一作が出ているのに対し、長浦が今もって受賞第一作が出ていない事実を見ても、創造力・想像力に頼るのがどれほど危険かは、歴然としている。
『盤上』の塩田は、元が神戸新聞の記者で、受賞作のW主人公の片方が記者である。つまり、自分の体験を書いているわけで、地方紙記者の生々しい生態が克明に描かれている。
新聞記者上がりのプロ作家は、たまにいるが、新聞によって、かなり内部事情が異なるらしい。かつて佐野洋(読売新聞社OB)が第二十七回江戸川乱歩賞受賞作の長井彬『原子炉の蟹』を評して「こんな新聞記者がいるか!」と扱き下ろしたところ当の長井が「現に、ここにいるじゃないか!」と開き直った(長井は毎日新聞社OB)という有名な逸話がある。大手新聞社にして、こうだから、地方紙となると、もっと大きく変わってくる。
地方紙記者では長井の翌年の江戸川乱歩賞受賞作『黄金流砂』の中津文彦が岩手日報の記者出身で、地方紙を舞台にしたミステリーを量産されたが、一年半前に亡くなられた。
地方紙記者が活躍する“ローカル・ミステリー”を好む人は多い。潜在需要が大きいから、版元としても、そういう作品は後押ししたくなる。また『盤上』はタイトルでも分かるように、将棋と組み合わせた物語である。近年の将棋を扱った作品には第二十四回小説すばる新人賞受賞作の橋本長道『サラの柔らかな香車』があるが、主人公の生活が生々しい分だけ『盤上』のほうが上を行く。橋本の受賞第一作が未刊なのを見ても、分かる。
『盤上』は第十二回横溝正史賞特別賞受賞作の亜木冬彦『殺人の駒音』と既視感があり、これは減点材料だが、主人公二人のアクの強さが弱点を吹っ飛ばした感がある。
強いて言えば『盤上』のW主人公の人物造型は悪党というか、アウトローのステレオ・タイプの描き方である。したがって、その手の物語を多読している読者には、ある程度まで展開が読める。実際、そのような流れになって終わるので、意外性は、それほどない。逆に言えば『水戸黄門』のようなエンディングとも言え、期待が裏切られない。
では、自分の体験を深く掘り下げて書けば新人賞が狙えるかというと、さにあらず。NGなのは教員と介護関係である。教員はテレビで『金八先生』を延々と放映したので、よほど変わった校風の教員でも設定しなければ既視感(どこかで見たような話)だらけで、あっさり一次選考で落とされる。また、なぜか介護関係の従事者は、自分の苦労話を小説に纏めたがる人が多い。苦労が多い職場であることは理解できるが、どれもこれも似たり寄ったりの話で、全くオリジナリティが感じられない。そもそも新聞テレビで報道される社会問題は、報道された事実だけで既視感を招いてしまうのだが、どうもアマチュアは「自分だけは特別」という意識で、客観的に自分の立ち位置が見られなくなるようだ。
体験でアピールできないのであれば、やはり『玉兎』の仁志のように資料収集に活路を見出す以外にない。
あなたの応募原稿、添削します! 受賞確立大幅UP! 若桜木先生が、小説現代長編新人賞を受賞するためのテクニックを教えます!
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受賞できるかどうかは、書く前から決まっていた! あらすじ・プロットの段階で添削するのが、受賞の近道!
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若桜木先生が送り出した作家たち
小説現代長編新人賞 |
小島環(第9回) 仁志耕一郎(第7回) 田牧大和(第2回) 中路啓太(第1回奨励賞) |
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朝日時代小説大賞 |
仁志耕一郎(第4回) 平茂寛(第3回) |
歴史群像大賞 |
山田剛(第17回佳作) 祝迫力(第20回佳作) |
富士見新時代小説大賞 |
近藤五郎(第1回優秀賞) |
電撃小説大賞 |
有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞) |
『幽』怪談文学賞長編賞 |
風花千里(第9回佳作) 近藤五郎(第9回佳作) 藤原葉子(第4回佳作) |
日本ミステリー文学大賞新人賞 | 石川渓月(第14回) |
角川春樹小説賞 |
鳴神響一(第6回) |
C★NOVELS大賞 |
松葉屋なつみ(第10回) |
ゴールデン・エレファント賞 |
時武ぼたん(第4回) わかたけまさこ(第3回特別賞) |
日本文学館 自分史大賞 | 扇子忠(第4回) |
その他の主な作家 | 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司 |
新人賞の最終候補に残った生徒 | 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞) |
若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール
昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。
文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。
多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。
小説現代長編新人賞
今回は、一月三十一日締切(当日消印有効)の小説現代長編新人賞(三十字×四十行で印字。手書き原稿は二百五十枚以上、五百枚まで)を取り上げることにして、第五回受賞作の塩田武士 『盤上のアルファ』と第七回受賞作の仁志耕一郎 『玉兎の望』について論ずる。この二つは、現代劇と時代劇という点を除いても、極端に違う作品だからである。
新人賞を射止めるためには、選考委員を唸らせ、感心させなければならない。これがキーポイントで、知識・蘊蓄で唸らせるか、創造力・想像力で唸らせるか、である。
両者が揃っていれば無論いうことはないわけだが、創造力・想像力には限界があって、無制限に捻り出せるものではない(無制限に捻り出せる天才もいるかも知れないが、それは数十年に一人といったスパンでしか出てこないので、当講座の読者には関係がない)。
つまり、創造力・想像力で新人賞を受賞できても、遠からず枯渇するから、応募作に取り組む時点で、選考委員を唸らせられるだけの知識・蘊蓄を蓄えておく必要がある。
それは、ひたすら取材(資料収集を含む)に拠るか、自分の経験を書くか。『玉兎』が前者タイプの作品で、『盤上』が後者タイプの作品である。『玉兎』を読めば、どれほど仁志が資料集めに奔走し、悪戦苦闘したかが、想像できる。時代劇では、いくら資料を大量に集めて読破したところで、それを選考委員も知っていたら、感心してもらえない。
例えば、織田信長に関して桶狭間の戦いや本能寺の変をどれほど詳しく書いたところで、誰でも知っている、歴史の教科書にも載っている史実だから、感心してはもらえない。
いくら書き手が「これは前例のない新説だ!」と意気込んでも、それはパロディのレベルにしかならない。時代劇で新人賞を狙う場合の難しさは、選考委員が全然もしくは、ほとんど知らない素材を掘り起こすか、第六回受賞作の長浦京『赤刃』のように史実は掘り起こさず、舞台だけ過去に求めて創造力・想像力で勝負するか。
だが、仁志が早くも受賞第一作が出ているのに対し、長浦が今もって受賞第一作が出ていない事実を見ても、創造力・想像力に頼るのがどれほど危険かは、歴然としている。
『盤上』の塩田は、元が神戸新聞の記者で、受賞作のW主人公の片方が記者である。つまり、自分の体験を書いているわけで、地方紙記者の生々しい生態が克明に描かれている。
新聞記者上がりのプロ作家は、たまにいるが、新聞によって、かなり内部事情が異なるらしい。かつて佐野洋(読売新聞社OB)が第二十七回江戸川乱歩賞受賞作の長井彬『原子炉の蟹』を評して「こんな新聞記者がいるか!」と扱き下ろしたところ当の長井が「現に、ここにいるじゃないか!」と開き直った(長井は毎日新聞社OB)という有名な逸話がある。大手新聞社にして、こうだから、地方紙となると、もっと大きく変わってくる。
地方紙記者では長井の翌年の江戸川乱歩賞受賞作『黄金流砂』の中津文彦が岩手日報の記者出身で、地方紙を舞台にしたミステリーを量産されたが、一年半前に亡くなられた。
地方紙記者が活躍する“ローカル・ミステリー”を好む人は多い。潜在需要が大きいから、版元としても、そういう作品は後押ししたくなる。また『盤上』はタイトルでも分かるように、将棋と組み合わせた物語である。近年の将棋を扱った作品には第二十四回小説すばる新人賞受賞作の橋本長道『サラの柔らかな香車』があるが、主人公の生活が生々しい分だけ『盤上』のほうが上を行く。橋本の受賞第一作が未刊なのを見ても、分かる。
『盤上』は第十二回横溝正史賞特別賞受賞作の亜木冬彦『殺人の駒音』と既視感があり、これは減点材料だが、主人公二人のアクの強さが弱点を吹っ飛ばした感がある。
強いて言えば『盤上』のW主人公の人物造型は悪党というか、アウトローのステレオ・タイプの描き方である。したがって、その手の物語を多読している読者には、ある程度まで展開が読める。実際、そのような流れになって終わるので、意外性は、それほどない。逆に言えば『水戸黄門』のようなエンディングとも言え、期待が裏切られない。
では、自分の体験を深く掘り下げて書けば新人賞が狙えるかというと、さにあらず。NGなのは教員と介護関係である。教員はテレビで『金八先生』を延々と放映したので、よほど変わった校風の教員でも設定しなければ既視感(どこかで見たような話)だらけで、あっさり一次選考で落とされる。また、なぜか介護関係の従事者は、自分の苦労話を小説に纏めたがる人が多い。苦労が多い職場であることは理解できるが、どれもこれも似たり寄ったりの話で、全くオリジナリティが感じられない。そもそも新聞テレビで報道される社会問題は、報道された事実だけで既視感を招いてしまうのだが、どうもアマチュアは「自分だけは特別」という意識で、客観的に自分の立ち位置が見られなくなるようだ。
体験でアピールできないのであれば、やはり『玉兎』の仁志のように資料収集に活路を見出す以外にない。
あなたの応募原稿、添削します! 受賞確立大幅UP! 若桜木先生が、小説現代長編新人賞を受賞するためのテクニックを教えます!
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受賞できるかどうかは、書く前から決まっていた! あらすじ・プロットの段階で添削するのが、受賞の近道!
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若桜木先生が送り出した作家たち
小説現代長編新人賞 |
小島環(第9回) 仁志耕一郎(第7回) 田牧大和(第2回) 中路啓太(第1回奨励賞) |
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朝日時代小説大賞 |
仁志耕一郎(第4回) 平茂寛(第3回) |
歴史群像大賞 |
山田剛(第17回佳作) 祝迫力(第20回佳作) |
富士見新時代小説大賞 |
近藤五郎(第1回優秀賞) |
電撃小説大賞 |
有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞) |
『幽』怪談文学賞長編賞 |
風花千里(第9回佳作) 近藤五郎(第9回佳作) 藤原葉子(第4回佳作) |
日本ミステリー文学大賞新人賞 | 石川渓月(第14回) |
角川春樹小説賞 |
鳴神響一(第6回) |
C★NOVELS大賞 |
松葉屋なつみ(第10回) |
ゴールデン・エレファント賞 |
時武ぼたん(第4回) わかたけまさこ(第3回特別賞) |
日本文学館 自分史大賞 | 扇子忠(第4回) |
その他の主な作家 | 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司 |
新人賞の最終候補に残った生徒 | 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞) |
若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール
昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。